与えられた罰
その竜は、美しかった。黄金色の鱗に覆われ、日の光に当たって輝いている。大きさも、これまで遭遇してきた竜と比べて一回りも二回りも大きい。
私はここまで遭遇してきた竜を見て、恐怖を感じる事はなかった。あの竜を目にしても恐怖は感じる事はないけど、でもあの竜は違う。空の覇者と呼ばれるのに相応しい、まるで空から世界を週末へと導くための、恐怖の大王でもふってきたかのような、そんな空気をまとっている。
そういう意味では、まるで災厄がやって来たかのようだ。
でもあの竜もまた、災厄によって町を壊滅させられた被害者でもある。あの黄金色に輝く竜の王ですら、災厄には適わないのだ。
それを思えば、少しは可愛く見えてくる。気がする。
黄金色の竜は、こちらを睨みつけながらもとりあえずは攻撃を仕掛けてくる様子はない。私達が集まっている場所にやってきて、着地し、上体を起こして私達を睨みつけてくる。
私はリズを背に庇って身構えておいたんだけど、いきなり攻撃されない事にちょっと安心した。
竜族の男達はそんな黄金色の竜を、両膝をついた上で頭を少し下げた状態で迎え入れた。
「……ここからは、本当に下手な行動は慎みな。アレを怒らせたら、厄介な事になる」
「言われなくても、さすがにアレを前にすれば分かる。アレが、竜の王か。こえー……」
ルレイちゃんも、足が少し震えている。よく見れば、ハルエッキやサンちゃんもそう。グヴェイルはよく分からない。
あの竜から溢れ出る力が、自然と私達を威圧しているのかな。
「は、母上。お久しぶりです」
「……久しぶりだな、ユリエスティ。それで貴様、一体何をしていた?」
低い、ハスキーな女性の声が、黄金色の竜から出て来た。
「不覚をとり、ルンリロンドの手によって監獄に閉じ込められておりました」
「知っている。我が聞きたいのは、囚われて何をしていたのかだ。何故さっさと監獄を破壊して出て来なかった?何故、裏切り者達をさっさと殲滅しなかった?」
「か、監獄の檻の中には、竜族の力を封じ込める神聖なる魔法がかけれています。母上もそれはご存じのはずかと……」
「だから、なんだ。誇り高き竜の王。ランギヴェロンの娘であるなら、そのような檻くらい破壊してみせなくてどうする。貴様が囚われている事により、この山の監視というくだらない仕事が増えた。もし仮に本当にこの檻から出る事が叶わぬのなら、何故さっさと自害しなかった」
「っ……!も、申し訳、なかったのじゃ……!」
それはあまりにも酷い言い草だ。仮にも自分の娘に対して自害しろなんて、どうしてそんな事を言えるの?
……いや、普通か。
これが家族という物だ。最近、リズのお母さんや、ルレイちゃんとサリアさんといった暖かい家族しか見ていないので、ちょっと感覚が麻痺していた。
どうやらこの黄金色の竜と、ユリエスティは、あまり仲がよろしくないようだ。家族と仲がよろしくないのを見ると、ユリエスティとちょっと親近感がわいてしまう。
「お、お言葉ですがランギヴェロン様!ユリエスティ様は、ランギヴェロン様にご迷惑をかけないようルンリロンドに働きかけ、また解放されるように努力をしていました!じ、自害しろなどとは……あまりにも酷な発言です!」
「や、ヤクシー……」
黄金色の竜の発言に対し、そう発言したのは怪我をしているヤクシーだ。勇気を振り絞り、相手と顔を合わせない事によって早口でそう叫ぶように言った。
「努力していたとして、結果は実らなかった。そうだな?」
「しかし──!」
「それ以前に、お前は勘違いしているようだ。お前は、ルンリロンドと共に我を裏切った。今命がある事すら奇跡であることを、理解しているか?理解したうえで、我の許可なく発言し、我に異を唱えるのか?」
「っ……!」
黄金色の竜がヤクシーに向かって言い放つと、ヤクシーの身体が震え出した。恐怖のあまり、もう言葉も出せないようだ。ただただ震えて、怪我をして不自由な体で頭を下げ続ける。
「や、ヤクシーは、妾の身を案じてルンリロンドに従うふりをし、妾について来てくれたのじゃ……。決して母上を裏切ったわけではなく、むしろその忠義に我は感謝したいと思っています!」
「ほう。我が娘のために群れを出て、我が娘を守るためにルンリロンドに従うふりをしていたというのか」
「そ、そのとおりじゃ……」
「では協力者がいてなお、貴様は檻から出る事も出来なかったという事だな?」
「……そう、です」
ヤクシーを庇ったユリエスティだけど、そのせいで再びユリエスティに牙が向けられる事になる。
それを察して、ユリエスティは冷や汗をかきながら自分の非を再び認めた。
「今回の一件で、貴様は我の顔に泥を塗った。貴様のせいで、我はルンリロンドに手を出す事が出来ず、ただ監視するだけでこの山を自由にする権利を与えてしまった。全ては貴様のせいだ。貴様が囚われたままのうのうと生きていたせいである。相応の罰が必要だ。分かるな?」
「……はい。妾はどのような罰も、謹んで受けます。しかしどうかヤクシーに罪を問うのはやめてほしいのじゃ」
「罪ある者には、しかるべき罰が与えられる。貴様がどう言おうとそれは変えられぬ」
「は、母上……!」
「ユリエスティに罰を与えるその前に、裏切り者達へ罰を与えよう。ルンリロンドに従い我が群れを出た者達は我の前に立て」
「──待ちな」
その指示を、村長さんが遮って止めた。
下手な行動を慎むようにと私達に言った割に、ランギヴェロンの話を遮って間に入るという下手な行動をした。
「……」
ランギヴェロンが、村長さんを鋭く睨みつける。その目にはとても強い圧がこめられていて、その目で睨まれるだけでも体が委縮してしまう。
蛇に睨まれた蛙って、きっとこんな気持ちなんだろうなと思う。
「その竜族達は、もうアタシん所の仲間だ。アンタに好き勝手やられる筋合いはない」
しかし村長さんはそんな威圧をもろともせず、普通に、あまりにもいつも通りに堂々と言って返してみせた。
「何を言っている、人間。竜が、仲間?寝言は寝て言うものだ」
「恐れながら、真実じゃ。ここにいる魔族と人間、それにエルフ達は、災厄を倒すために竜の力を借りに来た者達……。その想いに賛同し、ここにいる者達はガランド・ムーンに入る事を決心した」
「ガランド・ムーン……。そういえば、ガランド・ムーンのリーダーを名乗る物から文が届いていたな。随分前の話になるが」
「どうやら災厄を倒すのに、竜の咆哮が必要らしい。災厄に近づいた者への精神攻撃を、無効にする効果があるとかでね」
「確かに、竜の咆哮には他の精神に干渉しようとする物をかき消す力があると言われている。……話を戻すが、貴様等は我を裏切ったと思えば次は竜族の誇りを捨て、ガランド・ムーンなどという訳の分からん組織に入ると言うのか?不愉快だ。全くもって、不愉快だ。大体にして、竜族の聖地に土足で無断に立ち入った貴様等も気に入らん。全員、我が炎で消し炭にしてやろうか」
そう言うと、ランギヴェロンの口の中から炎が溢れ出て来た。溢れ出て来る炎はまだ少なく、それが脅しだという事はすぐに理解した。
もし本気なら、そんな事を事前に言う必要はない。でも念のためリズだけはいつでも庇えるように構えてはいる。いつあの炎が襲い掛かって来ても、不思議ではない空気の中に私達はいる。
「貴方達も、災厄に襲われるというその意味を身をもって経験したはずです。災厄なんかいなければいいのにと、そう思いませんでしたか?」
ランギヴェロンに対し、リズが問いかけた。
「アレに、この世界の生物は太刀打ちする事は出来ん」
「だから諦めるのですか?逃げ回ってこそこそと暮らして偽りの平和を享受するのですか?」
「この山は、竜族の聖地である。先祖から受け継いだ、大切な地だ。この山を出る事がどれだけの苦渋の選択であったか、貴様には到底理解する事が出来まい。……そのせいで、群れから離反者も出てしまった」
「私の故郷も、災厄によって滅茶苦茶にされました。多くの人が死に、建物はほぼ全てが崩れ去ってなにもかもがなくなってしまいました。でも私はそんな事をした災厄を倒すために前を向いています。災厄から逃げる事を選択した貴方よりも、誇り高い選択をしたと胸を張って言えます」
「我を愚弄するのか?」
「今の所、愚弄はしません。しかしせめて、私達の邪魔はしないでいただきたい。災厄を倒す事を諦めた上に、災厄討伐を目指す者達の邪魔をするなど、愚の骨頂。その時こそ、私は貴方を本気で愚弄します。そして世界中の人々も続くでしょう。誇り高き竜族は、実は腰抜けで弱者の集まりだという話が世界中に流れるのです」
これは、ギリギリセーフなのだろうか。
リズの邪魔をすれば思い切りバカにしてやる宣言は、ランギヴェロンを怒らせる要素を秘めている。相手の捉え方次第で、怒って襲われても仕方がない。
「……大した自信だな」
「自信を持てるだけの戦力を、私達は有しています。ここにあとは竜族が加われば、勝つ事が出来ます」
「……」
「……」
リズとランギヴェロンが睨み合う。そこに口を挟む者は誰もおらず、両者が口を開くのを待つだけの時間となる。
「──いいだろう。この者達を連れていけ。災厄の討伐。それが貴様等に課せられた罰だ。見事に災厄を討伐したその暁には、群れに戻る事を許可する。お前もだぞ、ユリエスティ。この裏切り者達は貴様が統べろ」
「……ご英断、感謝するのじゃ」
「貴様に感謝される筋合いはない。たまたま、災厄が我ら共通の敵であったというだけだ。そしてここにいる者達は、これから死地に赴く事となる。確実なる罰の執行だ」
そう言うと、ランギヴェロンは羽ばたいて宙に浮かび上がった。その巨体から出される強風に飛ばされそうになるも、どうにか踏ん張ってその姿を見つめていると、遠ざかっていくランギヴェロンが最後に名残惜しそうにユリエスティの方を見た気がする。でもそれは気がするだけで、気のせいかもしれない。
ランギヴェロンが去った後の私達は、緊張が解れたように胸をなでおろした。しばらく誰も喋る事も無く、無言で回復の時間を要したのは、それだけランギヴェロンとの対峙が私達に精神的な負荷をかけていたという事だ。
でも、リズのおかげで交渉がうまくいった。ねぎらうようにリズの手を握ると、リズが笑いかけてくれる。その手は震えていたけど、私の手を握り返すと震えは収まった。