愚かな竜
女の子は、身長130センチくらいだろうか。その体形は勿論、顔も幼く見える。でも髪の毛は長くて、私と同じような長い黒髪だ。角が生えている場所も形も違うけど、額に2本の角が生えているのも私と被っている。服装はどこかの民族衣装を思わせるような、色合い鮮やかな服だ。目は他の竜族の男達と同じく、赤く輝く瞳の中に、細長い黒目がある。口から覗く牙が八重歯のようで、可愛い。
「ご苦労である。しかしちと派手すぎやせんか?下手をすれば妾も今の攻撃に巻き込まれていたぞ。というかどうやって神聖な魔法で護られている監獄を破壊したのじゃ。訳が分からんぞ」
「……切れちゃいました」
「まぁどうでもよい」
私が素直に答えると、興味なさそうに目を逸らして切り捨てた。
聞かれたから答えたのに、酷い扱いである。
「しかし助けに来たのが人間と、魔族と、エルフとはのう。他種族との交流と嫌う母と、一体どういう経緯で知り合ったのじゃ?」
「……?」
幼女に尋ねられ、私達は首を傾げた。すると幼女も首を傾げる。お互いに意味が分からず、困惑するばかりだ。
「私達はランギヴェロン様に用があり、竜族の町を訪れた者です。ランギヴェロン様とはまだ対面を果たせておりません」
「冗談はよせ。お主らは母に頼まれ、妾を助けにここに来たのであろう?」
「……とりあえず確認したいことがあります。貴方はユリエスティ様ですね?」
竜族の男達の話によると、彼らの仲間に女はいない。男だけのむさ苦しい集団で、だから私達に救いようのない目的をもって襲い掛かって来た。
彼らの中に唯一いる女性は、ユリエスティという女の子。しかし幼くて男達が手を出すのもはばかれるという。その情報と、この子の見た目は一致する。
「その通りじゃ。妾はランギヴェロンが娘、ユリエスティ・エギラグラン。誇り高き竜族の次期王である」
腰に手をあて、胸を張る姿は背伸びをして自分を凄く見せようとしている幼女そのものだ。
全く怖くないし、偉くも凄くも見えない。その代わり、微笑ましい。
「成り行きでユリエスティ様を助けには来ましたが、私達にランギヴェロン様の息はかかっておらず、むしろユリエスティ様を利用してランギヴェロン様にお願いを聞いてもらおうという思惑でやってきました」
「どういう事じゃ?お主ら、母の知り合いではないのか?」
「はい」
「……つまりなんじゃ。お主らは、妾を利用して母と交渉するつもりで妾を分派の連中から助けたのか?」
「そういう事になります」
リズが笑顔で幼女に答えると、幼女の顔が青ざめた。
リズの言う事は、決して間違っていない。けどなんか人聞きが悪いというか……その言い方だと私達がまるで悪者のように聞こえてしまう。
「わ、妾に手を出したら、凄い事になるぞ。竜族が一斉に町を襲うからなっ。竜族は強いんだぞ!災厄に襲われて大勢死んじゃったけど……でも竜族は強いんだからな!覚悟しとけよ、ゴミどもぉ!」
「あ?ゴミって、オレの事か?」
「ひぃ!ち、違う。違います。ゴミはコイツじゃ」
ルレイちゃんが、ゴミと呼ばれて幼女を睨みつけた。すると慌てた幼女が、私を指さして言ってくる。
ゴミ、かぁ。この世界に来る前は、偽物の家族によくそう言われる事があったっけ。なんだか懐かしい気持ちになってしまう。
「シズは、ゴミなんかじゃありません。変な事を言うと、角をへし折りますよ?」
「ひぃ!ご、ごめんなさい!」
私は怒っていないけど、リズが笑顔のまま怒って怖い事を言い、幼女が震え出してしまった。
「気を付けた方がいいぜ、ガキ。そこの姉ちゃんは、見た目は可愛いけど竜族の男どもをたったの一撃で殺しながらここへやってきたんだ。変な事言ったら……お前も殺されちまうぜ?」
「う、うぅあぁぁ!言う事聞くから、殺さないでほしいのじゃ。角も折らないでほしいのじゃあー」
「あ、ああ……」
幼女がルレイちゃんに脅されて、泣き出してしまった。
よく見れば、幼女の服は少し汚れている。今の建物の崩壊のせいかもしれないけど、でも彼女はこれで、囚われの身だったのだ。その生活の中であまり良い扱いを受ける事が出来なかった可能性もある。この年で囚われの生活は、辛かっただろう。
「だ、大丈夫。殺さないし、角も折らないから。だから、泣かないで」
「ぐすっ。本当か?」
「本当、です」
「嘘じゃないな?嘘はいけないんだぞ。嘘だったら竜にロープで繋いで飛び回ってやる。だから、約束だぞ?」
「……」
それはそれで楽しそうだと思ったけど、私は幼女を安心させるために努めて笑顔で頷いた。
約束をすると幼女は泣き止んで、笑った。この子、幼いのは幼いんだけど、凄く可愛い。幸いにも竜族の中に幼女趣味の男がいなかったようだけど、その手の趣味の男がいたらこの子の身が危うかったかもしれない。
『グオオオオォォォォォ!』
突然、崩れた瓦礫の中から地を這うような不気味な鳴き声が聞こえ、次の瞬間勢いよく瓦礫が吹き飛ばされた。
飛んで行った瓦礫の下から現れたのは、竜だ。それも、ここまで遭遇した竜達よりも体が大きい。
大きさは先程までの竜の倍。鱗は艶やかで、赤く輝いている。手足の爪も長く、表情も牙がマシマシで狂暴そうだ。
「なんだなんだ?何か強そうなのが出て来たぞ?」
その竜を前に、ルレイちゃんは呑気に笑いながら呟いた。
笑ってはいるものの、弓を構えて戦闘態勢を取って油断した様子は見せない。リズも杖を構えて、いつでも魔法を使える準備を整えた。
「奴はルンリロンド。母上を裏切り、群れを離れて新たな群れを創設した愚か者じゃ。が、所詮はオス竜。大した力は持っておらん」
『愚か者とはよく言う。ランギヴェロンこそ、竜族の威信を失墜させた愚かな王だ』
「何度も言うが、そう感じるのはお主の視野が狭いからじゃ。大勢を率いる者は、大局的な観点から物を見る必要がある。お主にはそれが出来ておらん」
『生意気な口をきくな、ユリエスティ。お前が今日まで生きて来られたのは、ランギヴェロンに対する抑止力。所詮は盾としての役割しかない貴様に説教を垂れる資格はない。本来であれば、ランギヴェロンの目の前で八つ裂きにしてやりたい所だ。お前が殺され、奴がどのような顔をするのか見てみたい』
笑いながらそう言う竜は、不気味だった。良い意味の不気味ではなくて、悪い意味でだ。
なんか、竜が笑うのって気持ちが悪くて。
「はぁ……だから愚か者だというのじゃ」
先程は殺さないでと泣きだしてしまった幼女だけど、竜に言われても泣き出しはしない。何か、この竜には殺されないという確信があるように見える。
『それより貴様らはなんだ!この神聖な魔法による保護を受けし監獄をどうやって破壊した!いや、それよりも貴様らの雇い主は誰だ!誰に頼まれてここへ来た!事と場合によっては、ユリエスティも含めて一匹残らず食い殺してやる!』
「……私達は誰に頼まれてここへやって来た訳ではありません。が、ユリエスティ様を救出に来た者です。ついでに竜族の裏切り者である貴方達を倒し、ランギヴェロン様に恩を売れたらいいなと思っています」
『ハハハハハ!』
リズが笑顔で説明すると、竜が高笑いをあげた。その笑い声で地面が揺れる。あと、うるさい。
『ランギヴェロンは他種族と交渉をしない!貴様らもランギヴェロンの前に立てば、即刻殺される事になるだろう!それよりどうだ!オレの子を産まないか?そうすれば命は助けてやる。オレと一緒に、新たな竜の群れを作るのだ』
「竜族の誇りだのと言う奴が、他種族と交配し子を作ろうとするとは……だから愚かだと言うのじゃ」
「お断りします。というか、貴方の言動には女として嫌悪感を抱かずにはいられません。他種族と交わろうとする前に、もう少し同種族にモテる努力すべきかと」
「ぷっ」
リズの辛辣な評価を聞き、幼女が笑った。
『ならば死ねええぇぇ!』
竜が大口を開き、リズを狙って襲い掛かって来た。
喉の奥からは炎が溢れ出ており、火で炙りながらその鋭い歯で体を貫くつもりだ。
同時に私も刀を抜いて、リズの前に立った。そして襲い来る竜にめがけて刀を振りぬく。
けど、竜は直前で飛びのいて刀を回避した。結果として、私の刀は竜の顔面付近に僅かな傷をつけただけで、真っ二つにする事は出来なかった。
『……なんだ、その刀は』
竜は忌々し気に私の方を見て、呟く。私というより、刀を見ているようだ。
それにしてもこの竜さん、ちょっと勘がいい。あのまま突っ込んできていたら私の刀で真っ二つだったのに、何かを察して急に引き下がるとか、中々出来る事じゃないと思う。
「ふはは!やってしまえ、お前達!もしルンリロンドを倒せたら、その暁には妾が母上との間を取り持ってやろう!」
偉そうに言われる筋合いはない。
けど、そうしてくれるのなら私達の目的通りとなって助かる。だから、倒してみよう。