囚われの竜
降伏の意志を示した竜族の男に、ルレイちゃんが掴みかかった。怪我をしている男に容赦をする様子もなく、胸倉を掴んで乱暴の起き上がらせると、風を纏う短剣を彼の首に突き付けて近距離でガンを飛ばす。
「てめぇらのボスは誰だ?それと仲間の竜はあと何匹いる?」
「む、群れの長は、ルンリロンド。数は外に出ている者も合わせて二十名程だ」
「それはここに転がってる連中も合わせてか?」
ルレイちゃんは近辺に転がる死体を顎で指しながら、男に尋ねた。
それを見て、ただでさえ青ざめていた竜族の男の顔が更に青く染まる。
彼も、一歩間違えたらああなっていた。それもあと一秒以下の時間内で降伏の意志を示さなければ、全てが遅くなっていた。
「ひっ……!そ、そうだ!外に出ている者も全て合わせてだ!」
男はすぐに吐いた。
自分はああはなりたくないという様子が見て伺える。だけどそんなに簡単に仲間を売るのもどうかと思う。逆に、簡単に教えてくれすぎて嘘だと疑ってしまう。
「嘘じゃねぇだろうなぁ?」
「ほ、本当だ。だから、殺さないでくれ……!」
「……けっ」
泣きながら命乞いをする竜族の男を、ルレイちゃんは悪態をつきながら解放した。
手を離された男は地面に叩きつけられる事になる。この怪我ではしばらく動く事も出来ないだろうし、まぁ放っておいても問題はないだろう。
「で、そのボスはどこにいる。ルンリララ?とかって奴」
「ルンリロンドですよ、ルレイさん」
「なんでもいい。そいつをぶっ殺せばコイツらはおしまいって訳だろ」
「……ルンリロンドは、監獄にいる。あそこの、大きな建物だ。オレ達はランギヴェロン様の下を離れ、そこを根城にして生活している」
男が指さしたのは、一際背の大きな建物だ。大きいけど、何のデザイン性も感じられない。長方形の大きな建物には飾り気が全くなく、ただ背の大きな四角が地面から生えているだけ。そこには窓もない。
「あそこかぁ。どうする、シズ。当然、かちこみに行くよな?」
外の村長さん達が心配だ。
でもこの男の情報を信じるなら、相手は大した数ではない。このままやれなくはないだろうけど、一度皆と合流した方がいいだろうか。
「お、お前達の目的は、一体なんなんだ……?」
「私達は貴方達を倒し、それを手土産にランギヴェロン様と交渉をしたいだけです。竜族を混乱に陥れた貴方達を倒せば、それなりの功績になるでしょう?」
「……そうだな。オレ達を倒せば、お前達はそれなりの待遇を受ける事になるだろう。けど気をつけろ。お前達の勝手な行動で、ランギヴェロン様の一人娘、ユリエスティ様が傷つく事になれば逆効果となる」
「ユリエスティ様?その方もランギヴェロン様を裏切ったのですか?」
「まさか。ユリエスティ様は、ランギヴェロン様に対する抑止力だ。混乱に乗じて浚い、監獄に捕らえて厳重に見張られている。そのおかげでランギヴェロン様はオレ達に手を出せずにいるんだよ」
つまりは人質、いや竜質という訳だ。
「お前ら、メスがいないんじゃなかったか?転がってる連中が、オレ達に卵を産ませるとかなんとか言って襲い掛かって来たぜ?」
「王族と無理矢理契る勇気のある者は、オレ達の中にはいない。……しかし何よりも、ユリエスティ様はさすがに幼すぎる」
「なるほどな」
そんな子供のような子を人質にとり、立てこもっているのかコイツらは。
ペラペラと仲間の事を喋るし、情けがない。
「んじゃ、その子供を助け出す事が出来れば、オレ達の更なる功績になるって訳だ!」
「そうですね。しかしこれだけの騒ぎになってしまった今、外部からの攻撃を受けたと判断されるとユリエスティ様の身が危ぶまれます。やはりここは、進みましょう。私達の目的は敵の壊滅と、ユリエスティ様の救出です」
一旦皆と合流しようか迷っていたけど、それは後回しだ。皆の方はたぶん大丈夫。あの強烈な一撃を放つ事が出来る村長さんと、ハルエッキもいるんだから。
私達は監獄へと突っ込んで、人質を解放する。今優先すべきは、危機的な状況にあると思われる人質だ。
「……」
私はリズとルレイちゃんに、頷いて答えた。
建物への道は、建物がデカイので迷う事はない。私はリズを抱き、建物から建物へと飛び移りながら近づいていく。
ルレイちゃんもそんな私についてきている。ルレイちゃんの運動神経なら、余裕だ。
竜族の男は、あのまま放っておく事にした。怪我をしているし、あの様子ではもう私達の脅威にはならないだろうから。
監獄だという建物へと到着すると、その入り口には一人の男が立っていた。ぱっと見た感じ、他に入り口はない。どうやらここが唯一の出入り口のようだ。
「な、なんだてめぇら!?人間と、魔族と、エルフ!?外の騒ぎはてめぇらの仕業か!」
間髪入れずに、ルレイちゃんが男に短剣で斬りかかった。ルレイちゃんの風を纏う短剣が、激しい風を巻き起こしながら男に突き出される。
しかし男はそれをかわしてみせた。ルレイちゃんの動きを見極め、横に飛びのく事で回避してみせたのだ。
でもその短剣は避けるだけではダメだ。激しい風が、横に飛んで避けたはずの男を巻き込んで吹き飛ばす。
「がはっ!?」
持ち上げられた男は、まるで布切れのように飛んで監獄の壁に打ち付けられた。かなり強めに打ち付けられる事により、男が口から体液を吐き出した。
そして壁に打ち付けられた男の額に、矢が突き刺さった。のだけど、その矢は額を貫く事はなく、少しの傷をつけただけでポロリと地面に落ちた。
「さすがに竜族なだけあって、かてぇな。ただの矢じゃ歯がたたねぇ」
ルレイちゃんは悔し気に言うも、男はもう戦えそうにない。いくら身体が頑丈とは言え、あの速度で吹き飛ばされて壁に打ち付けられれば、タダじゃすまないだろう。
というか男が壁にぶつかった時、凄い音がした。頑丈な物がもっと頑丈な物と激しくぶつかり合って、片方が砕けたかのような音だ。
たぶん監獄の壁が、凄く頑丈なんだと思う。壁に近づいて触りながら軽く拳をいれてみたけど、壁はビクともしない。普通の壁とぶつかっただけなら、男に対してここまでのダメージは入らないだろう。
壁に背を預け、座り込んだ男の様子を見る限りもうトドメをさす必要もなさそうだ。普通の人なら骨が砕けて死んでいる。
「中へ入りましょう」
「おう」
男へのトドメは諦めて、ルレイちゃんが堂々と監獄の中へと入っていく。
私とリズも続いて中へと入ろうとしたけど、そこへ座り込んで気を失ったはずの男の手が、リズに向かって伸びてきている事に気が付いた。その手は人の手ではなく、竜の手だ。鋭い爪の生えた4つ指の手で、その爪でリズを切り裂くつもりだ。
よく考えれば、男は人ではない。竜族は体が多少砕けても、問題なく動く事が出来るようだ。
でもこの男、リズを狙ってきやがった。そんなの絶対にダメな事で、許せない。許すわけにはいかない。
私は鞘から刀を抜くと、向かい来る巨大な手と、その手が生えている竜族の男に向かって刀を振りぬいた。
刀は手を切り、竜族の男も切り、勢い余って建物にも切り目が入った。
かつて、リズに襲い掛かろうとした魔物に入った時と同じように、私の一振りが斬撃を生み出して建物を切り裂いたのだ。
それからすぐにリズを抱き寄せると、リズを守る事に成功した。
男は真っ二つとなり、死んでいる。
「おいおい……崩れるぞ!」
建物の中へと入っていったはずのルレイちゃんが、すぐに出て来た。
直後に私が作った切れ目にそって監獄がズレて、滑り台を滑るかのように建物が崩れていく。3人で慌ててその場を離れると、たくさんの土煙があがって周辺は酷い状況となった。
「……えーっと」
「……」
崩れた監獄を前に、リズが戸惑っている。ルレイちゃんも何も言わず、若干ひきつった表情を浮かべている。ルレイちゃんにまでこんな顔をされると、心が痛む。
でもまだ分からないじゃん。崩れたのは建物の3分の1くらいだし、人質は無事かもしれない。だから2人とも、そんな顔をしないでほしい。
「──騒がしいのう。昼寝中だったというのに、起きてしまったではないか」
瓦礫の中から、そんな呑気な声が聞こえて来た。直後に建物が崩れて出来上がった瓦礫が吹き飛ばされて、とある人物が姿を現す。
それは、女の子だった。