モテない男達
災厄の殺戮を思い出すと、ちょっと怖い。
それはリズも同じなのかもしれない。私の隣に立つと、そっと手を握って来たから。私もその手を握り返し、互いの恐怖心を打ち消し合うと楽になる。
「災厄、本当に倒せるんすかね……」
サンちゃんがこの光景を前に、そう呟いた。
けど失言だと思ったのか、すぐに口を塞いで不安げな表情を浮かべる。
災厄は、目で見た事はないけど本物の化け物だ。こんな光景を作り出してしまう災厄を、本当に倒せるのかと疑問を抱いてしまうのは無理もない事だ。
「倒すために、自分たちは活動しているんです。ここへも、災厄を倒すためのやって来ました。サリア様は、きっとやりのけてくれると自分は信じてついています」
「そ、そうっすね!サリア様ならきっとやりのけてくれるっす!」
「そう。だから、そんな不安な顔をしないで。サンちゃん」
「っ!」
ハルエッキに指摘されたサンちゃんが、嬉しそうな表情を浮かべつつ顔を赤く染めた。
好きな人の言葉で、この目の前の絶望的な状況を前にして笑顔に変わる。それはなんか……素敵な事だと思った。
ハルエッキは男だけど、見た目は小さくて中性的だから、その光景は受け入れやすくはある。
女装して、男の娘になってくれないかな。それだともっと受け入れやすくなると思う。
「この状況、どうしたもんかねぇ……」
村長さんが頭を抱えている。
せっかく町を訪れたというのに、竜族が町からいなくなってしまった。状況的に全滅と言う事はないだろうけど、町に竜はいない。
というかこの町、人サイズだけどどういう事だろう。竜って、もっと大きいよね?自由に空を飛ぶんだよね?こんな人サイズようの町で収まりきるのだろうか。
「災厄にやられて、竜族は全滅ってか?」
「全滅はしていませんよ。スウェンの方々は、災厄に襲われた後の竜族の行動を恐れていました。それはつまり、竜族はどこかで生きているという事です」
ルレイちゃんの感想を、すぐさまリズが否定した。
「リズリーシャの言う通りだ。竜族は生きている。ただ、この様子だと生きる場所を変えてしまったようだね。ん?」
「……」
その時、ルレイちゃんが何かに気付いたかのように、弓に手をかけた。私も気づいて拳を構えようとしたけど、よく考えたら武器を持っているので、刀に手をかける。
この中で気づいたのは、私とルレイちゃん。そして村長さんだけのようだ。相手は、複数人。少しずつ近づいて来ており、それで気づくことが出来た。
私はリズと手を繋ぐのをやめると、抱き寄せて警戒態勢をとる。
「──気づいたか。勘の良い人間と、魔族……それにエルフだな」
「ひっ!?」
建物の中から男が姿を現した。細長い顔の男で、いわゆる馬顔だ。眉毛がなく、かなりいかつい顔をしている。髪は長くて少しウォーレンに似ている所もあるけど、なんか男としての格が全く違うように見える。
サンちゃんが突然の男の登場と声に驚いて声をあげ、ハルエッキの後ろに隠れた。
「竜族だね?」
「ああ。その通りだ」
男の服装は上半身ほぼ裸で、その肌には所々鱗のような物がある。そもそも額に角が生えており、口から覗く牙も人ではない。何より長く太い尻尾がはえていて、地面を引きずっている。
竜族。コレが?
その男に続いて、他に3名程の男が姿を現した。
「その様子では、ここが竜の住処と知っていて訪れたのだろう?見ての通り、ヴィレンビーは災厄によって襲撃され、為す術もなく壊滅状態へと追い込まれた。何もなくなってしまったが……よければ少し寄っていくか?」
おお。警戒してたけど、思ったよりも話が通じそうな人達じゃないか。
「……アンタ達は本当に竜族かい?」
「というと?」
「アタシが知ってる竜族は、無暗にその姿で人前に現れない。何よりよそ者を歓迎など絶対にしない。そうだねぇ。アタシの知っている竜族なら、まずは竜の姿になって上からアタシ達を見下ろし、こう言う。──立ち去れ。さもなければ食い殺す。てね」
せっかく歓迎してくれようとしているけど、村長さんはその厚意を無下にして、知っている竜と違うと言い放って見せる。
私は歓迎してくれるというなら、黙っておくべきだと思う。時代はいつでも移り変わり、村長さんの知っている竜族ではなくなっただけかおもしれないし。
「ふ。正に、我々の知っている竜族もそういった反応を取るだろう。しかし我々は間違いなく竜族である。ただ、竜族が王の『ランギヴェロン』とは別の群れだ」
「別の群れ?おかしいね。竜族の群れはこの世界でたった一つだけのはずだ」
「今回の災厄の襲撃により、我らは王に愛想をつかした一派である。この町を捨て、新たな根城へと旅立った王を捨て、我らはここで新たなる竜族の群れを作ろうとしているのだ」
「その新しい群れが、アタシ達を歓迎する理由は?」
「繁殖のためだ。メスには我らの卵を産んでもらい、オスには餌となってもらう」
あまりにもろくでもない目的であった。そんなろくでもない目的をベラベラと喋って教えてくれるという事は、私達を逃がさない自信があるという事だろう。
「繁殖、ねぇ。その様子だと、アンタ達に賛同するメスの竜族はいなかったってことかい。よっぽどモテない、かわいそうな男達なんだねアンタらは」
「繁殖さえ出来れば、竜族のメスでなくても問題ない。手近な人間の町でも襲撃してメスをさらって来ようと思っていたが、その必要はお前達のおかげでなくなった。感謝するぞ」
「……はぁ」
この男達は、本当にろくでもない。
私は過去に男の欲望のはけ口にされそうになった事があるから、本当にろくでもないと思ってしまう。
一時期はそのトラウマによって、男が怖くなった。でも今は、怖さよりも虚しさが先にやってくる。
だから思わずため息を吐いてしまった。
「……メスは、捕まえた者が最初に孕ませる。そういうルールでいいな?」
「安心しろ。メスは五匹……いや、四匹いる。我らが一匹ずつ種付けするのに問題はない」
「オレはあの、杖を持ってる人間のメスをいただく。あのメスが一番良い子供を産みそうだ」
「オレは魔族だ。肉付きが良さそうだ」
「それじゃあオレはもう一匹の、黒髪の魔族をもらう。お前はエルフだ」
「いいだろう。エルフを孕ませるのは面白そうだ」
竜族達が、勝手な事を言って私達に狙いを定めている。そんな会話を聞き、ハルエッキは怒り気味に、グローブをはめた拳を構えてサンちゃんの前に立つ。
「アタシの相手はどいつがしてくれるんだい?」
女だというのに、唯一指名の入らなかった村長さんが不満げに竜族達に尋ねた。こちらも、ちょっと怒っている。
そして私も、怒っている。この男達の目的と、リズに対しての失礼な発言に対してだ。
コイツらに、リズを好きにさせてやる訳にはいかない。リズには触れるだけでももったいないくらいの連中だ。
「婆さんは殺していい。どうせ役にはたたん」
最初に登場した長髪の男が、そう言い捨てると同時に彼に変化が表れた。その体が変化して巨大化していき、やがて大きな竜の姿へと変貌を遂げたのだ。
巨大な竜は、全身を鱗に覆われた化け物だ。魔物達もなかなか化け物ではあるけど、竜も負けていない。頭から尻尾までの長さはゆうに十メートルは超えていると思う。太くたくましい足で体を起こすと、身長もそれくらいになる。大きな口からは牙と、炎を溢れ出しながら赤い瞳がこちらを見降ろして来る。
これは、人々から恐れられるはずだ。普通なら、こんなのに対峙した時点で己の命が失われた事を悟る。
最初の人の姿は仮の姿で、こちらが本当の姿という訳だ。人の姿にも、竜の姿にもなれるなんて、器用だな。
『ガアアアァァァァァ!』
竜が咆哮すると、大地が揺れる。その咆哮は耳から入り込むと、心を揺らしてして一瞬身体が震えた。
震えたのは、本当に一瞬だけ。
次の瞬間には竜の首が身体から離れ、地面に落ちた。
やったのは、私。呑気に声をあげている内に駆け出し、刀を抜いて、その首の根元を切り落とした上で、地面に落ちた顔面を更に真っ二つに切り裂いておいた。
「な、何がおきたっすか!?今の、シズさんがやったっすか!?」
「ははは!さすが、シズだぜ!竜の頑丈な鱗もおかまいなしかよ!」
いや、今のはこの刀、千切千鬼が凄いのだ。素手ではこうはいかなかったという確信がある。竜の鱗は、それほどまでに頑丈そう。けどそれをいとも簡単に切ってしまったこの刀は、凄い。
「……ま、ランギヴェロンとは別の群れだって言うならいいだろう。コイツらは殺して良い。少し遅いけどね」
村長さんの許可が出たので、私の目は他の竜族達にも向く。彼らは慌てて竜へと姿を変えようとしたけど、全てが遅すぎる。
私は、悪の組織の魔人が、変身を終えるのを待ってあげるようなお人よしではない。