出会い
私は捕まった。両腕と両足を鎖で拘束され、身動きがとれない状態にされて馬車の荷台に設置された檻に突っ込まれて運ばれていく。
どうやらこの世界の人間は、魔族を見ると剣で襲う習性があるらしい。でも私は弱ったフリをして、しかもただのいたいけな少女だ。加えて泣いたフリをしてどうにか許しを請う事により、攻撃されずに済んだ。
そして現在に至る。
町の中は、いーい匂いだぁ。家の中で料理して、これから家族でご飯といった感じの時間だろうか。
「お腹減った……」
出来れば私も食卓に混ぜてほしい。でも檻に入れられて運ばれていくだけで、ご飯にはありつけない。
でもさ。よく考えてよ。いくらなんでもご飯くらいはくれるでしょ。運ばれた先でご飯にありつけることを期待し、こんな奴隷みたいな扱いを受けながらも私はおとなしくしているのだよ。
続策略家。
私を運ぶ馬車は、お城の方へと向かっているようだ。町の中を突っ切る大通りを、檻の中の私は見世物のように晒されながら運ばれていく。私の姿を見た人々が、何やら興味深げに指さしてくるのは何か嫌な気持ちになる。けど、ガマンガマン。
お城を囲む壁の中に通された私は、お城の裏側の地下へと続く階段へと連れていかれた。手錠に手綱を繋がれ、さながら犬の散歩のよう。屈辱だ。でもコレもご飯のため。
階段を下りた先は岩で囲まれたじめじめとした廊下だった。薄暗い不気味な空間は、空気が流れる音が響いてちょっとうるさい。日の光なんて、一切入ってこないだろうね。全てが岩で囲まれていて、頼りの光源は所々に設置されたランタンの明かりだけ。廊下の左右には鉄の檻が設置されていて、それがここが監獄であることを物語っている。
見張りの男に連れられて廊下を歩きだすと、檻の中に入っている人がたまにこちらを睨んだり、笑いかけたりしてくる。怖っ。みんな目がイッちゃってるよ。
「さて、ここがお前の檻だが……へへっ」
私をここまで連れてきた見張りの男が、とある檻の前で止まった。そして私の身体を嘗め回すように見つめてくる。
いやらしい視線に、彼が何を考えているのかを私はすぐさま悟った。
少し前なら、こんな状況に陥ったら私はパニックで動けなくなっていただろう。でも今はなんだかよく分からない力を授かっていて、こんな男に負ける気がしない。自衛の手段がある。その自信が私にパニックをおこさせず、冷静でいられる。
「……わ、私に指一本でも触れたら……殺す」
「は?」
私に向かって手を伸ばした見張りの男に、私は警告した。そして睨みつける。
構わず手を伸ばそうとする男を、じっとみつめる。私は触れられた瞬間、たぶん本当に殺すだろう。
構えていたら、ふと男の手が止まった。そして男が私の目を見て、なにやら怯えだす。更には手を引っ込めて、慌てて後ずさると私と距離をとった。
ほんの数秒だけ、男との睨めっこをする事になる。その数秒で、男の額から汗が流れ落ちて床に落ちるに至った。
「こ……ここに入れ!おとなしくしとけよ!?いいな!」
そして当初の予定とは違う檻のカギを開くと、そこに私に入るように促してきたので、私はおとなしく従って檻に入る。そして扉は閉じられ、カギがしめられると男は足早に去って行ってしまった。
檻に閉じ込められると、暇になる。
「ごはん……」
しかもご飯を貰う前に行ってしまったので、空腹は満たされない。檻から手を伸ばすも、もう誰もいない。
何をそんなに慌てているのか知らないけど、せめてごはんくらいは置いていってほしかった。そのために私はおとなしくしていたんだから……。
「はぁ……」
諦めてため息を吐き、檻の中を見渡す。そこはひどい環境だった。簡素すぎるベッドが置かれ、薄っぺらいボロボロの布が敷かれている。端っこにぽっかりとあいた穴があるけど、そこは多分トイレだ。異臭を放っており、鼻が曲がりそう。本来はそこに蓋をするのだろうけど、傍に置かれている蓋は壊れている。
控えめにいって、酷い環境だ。こんな所でご飯を食べたくない。ご飯をくれないならさっさと出よう。
「……どうして魔族がこんな所に?」
実は、この牢獄の中には先住民が存在していた。
隅っこに座り込み、生気を感じさせない虚ろ気な目をしてい少女。本来なら美しいはずの長い銀髪は薄汚れていて、身体も酷く汚れている。そこは今の私も似たようなものだけど、この子はそれよりも酷い。顔立ちは凄く整った子だ。可愛くて、見惚れてしまいそうになる。けど今の彼女は本来持つべき魅力を半分以下にまで下げている。原因はあまりにも生気を感じさせない、不気味さにある。動くのも億劫なのか、壁に背を預けた状態で目だけを動かしてこちらを見る彼女は、たぶんろくに食べ物を食べていない。肌色が悪くなり、唇の色も悪い。でもボロボロな薄い布に包まれて隠された肢体はセクシーで、目のやり場に困ってしまう。けど私は女なので凝視させてもらう。
そんな女の子が、か細い声でそう尋ねて来た。
「ま、魔族……?」
「おかしな事を聞きましたか?」
確かに私は頭に角が生えている。そういえば見張りの男も、私の頭を見て魔族と言っていた。つまりコレは、魔族の証という事か。
「じ、自分ではよく分からないので……貴女がそう思うなら、そうなのかも……」
「自分ではよく分からない?面白い事を言いますね」
そういうと、少女は少しだけ笑った。
その瞬間、ほんの少しだけ生気が戻ったけど、次の瞬間には元に戻ってしまう。
あまりにも儚げな様子に胸が痛む。彼女は深く傷ついているようだ。何があって彼女をこんな風に傷つけたのかは知らないけど、本来キレイで活発であるべき女の子がこんな風になっている姿は、あまり見たくないものだ。
「あ、貴女はここで……何をしている、んですか?」
「檻の中で何をしているかと聞く意味なんてありますか?」
そりゃそうだ。檻の中に入っているという事は、何かをしたという事だ。
いや待て。私は何もしていないよ。よく考えれば何もしてないのに檻の中に入れるとか、酷い。あの警備の男に対しては、口汚く罵っておこう。心の中で。
「じゃ、じゃあ、何故檻の中に?」
「私は……『災厄の欠片』を呼び寄せ、大勢を殺した犯人として明日処刑される予定の、虜囚です。王都を危険に晒し、国王を暗殺しようとした罪も言い渡されました」
「災厄の欠片……?」
聞いたことのない単語が出てきた。
「そうですよ。恐ろしいですか?」
「……」
私は分からないという意味で、首を横に振った。
「そうですか」
でも少女は興味なさげに目を逸らしてしまった。
よく見れば、少女は片耳に赤いピアスをつけているのだけど、もう片方の耳にはそれがついていない。代わりに耳に血と傷がついていて、無理矢理引っ張って取られたことを物語っている。
更によく見れば、少女の前にお皿が置かれていて、その上に簡素なパンが置かれていた。
私はパンに誘われるように、女の子の前に座った。
「……」
「……いいですよ」
すがるような目で見つめていると、女の子がそう言ってくれたのでパンに手を伸ばす。そしてかぶりついた。硬く味気のないパンだけど、久々の炭水化物に胃が歓喜の声をあげる。
「……ふふ」
「……な、何?」
食べているのをじっと見られているなと思ったら、少女が笑った。笑っているその瞬間は、生気が戻って胸が高鳴るほどに美しい。
「美味しそうに食べますね。素材は粗悪で、しかも作られてからかなりの時間が経過している、安物のパンなのに。硬いでしょう?」
確かに、硬いと思った。味もなく、どちらかといえば不味い寄り。でもお腹が空いていた上に久しぶりのまともなご飯だったから、ありがたく思ってしまうのだ。
「お、お腹が減ってたので……美味しい、です」
「そう、ですか。きっと私が想像も出来ないような、大変な目に合ってきたのでしょうね」
「そ、それなりに……」
「名前を聞いても良いですか?ちなみに私は、リズリーシャ・ユーリストと申します」
「わ、私はー……」
ここでフルネームを名乗っても良いものかと考えた。本名は『天神 静』だけど、この世界の名前的にフルネームで名乗る必要もないだろう。余計な混乱を招きそうだから。
「シズ」
「シズ、ですか。同じ牢獄にいれられた仲間として、よろしくお願いしますね」
「……」
少しだけ、女の子に元気が宿った気がする。
気のせいかもしれないけど、でももしそうなら嬉しい。やっぱり女の子には元気でいてほしいから。