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御者の実力


 ちなみに荷馬車の中では、ルレイちゃんが殺気立った目で貧乏ゆすりをしている。外の人達の対応にイライラし始めていて、今にも斬りかかってしまいそう。

 なので、つい先ほどまではルレイちゃんに抱かれていた腕を、逆に私が彼女の腕を抱いて下手な行動をとらないように押さえつけている。


「分からないね。何故ルウェンの兵士が、領地から離れたこんな場所で竜族に会いにいく者を拒んでいるんだい」

「……先日、竜族の住まうヴィレンビー山が、災厄に襲われた」


 それを聞いて、私達に緊張が走った。今から私達が向かおうとしていた場所に、先に災厄が訪れてしまった。そしてかつて私が経験したような大虐殺が繰り広げられてしまったと思うと、ちょっと身震いしてしまう。

 それぞれの想いはちょっと違うだろうけど、災厄に襲われたというワードは容赦のない強烈なパンチを放ってくる。


「それとアタシ達を通さない事と何が関係あるっていうんだい」

「災厄に襲われて以降、竜族の動きが活発なんだ。災厄が落としていった魔物を退治して回ったり、山の上を常に竜が飛んでいたり……。その辺りは普通と言えば普通なんだが、毎日竜の咆哮が轟き、山も落ち着いていない。形容しがたいが、殺気立っているというのが一番しっくりくる。今奴らを刺激すれば、周辺の者達にも危害が加えられるかもしれない。そうなれば一番の被害を受けるのは、ルウェンだ。今竜族に、人族や、ガランド・ムーンなどという無法者が近づけば竜族の怒りを買う事になるのは明白だからな。だから、帰ってくれ」


 山が落ち着いていないっていうのがよく分からない。山っていつもは落ち着いているものなのだろうか。


「山の事を一番よく知っているアンタ達が言うなら、そうなんだろう。でもアタシ達を止める理由にはならないね。こんな自分達の領地でもない場所までしゃしゃり出て来て、何をしてんだい。とっととお家に帰って災厄と竜に怯えてな」

「な、なんだと……!」


 兵士達の一人が、村長さんの発言に対して怒るような仕草を見せる。

 そうもなるだろう。村長さんは今、明らかに喧嘩を売りに行った。いや、いつも通りといえばいつも通りなんだけど、そんな事を彼らは知る由もない。


「よせ!ガランド・ムーンに喧嘩を売る気か!?」


 年長者の男が怒り出そうとした兵士をなだめると、彼の怒りは一旦は納められた。


「気がたってるのは竜じゃなくて、アンタ達じゃないのかい。とにかく、アタシ達は行かせてもらうよ」

「し、しかし──」

「止めようだなんて思わない方がいいよ。アタシ達の戦力は、アンタ達を遥かに凌ぐ。こうしておとなしく話を聞いてもらっただけ、ありがたいと思いな」

「っ……!」


 村長さんが凄んで、今度は本気で喧嘩を売った。

 空気が、ピリつく。ピリついた空気に当てられ、私達は自然と武器に手を伸ばす。


「……どうせ、ガランド・ムーンていうのは嘘だ。ガランド・ムーンに人間はいない」


 兵士の1人がそう呟くと、兵士達が一斉に剣を抜いた。どうやら、本気で私達を止めるつもりらしい。


「やめといた方がいいと思うけどねぇ。でもまぁ、アンタらがやる気だってならアタシは構わないよ。全員この場で砕いてやる」

「……こ、ここは自分が。皆さんは動かず待っていてください」


 そう呟いてハルエッキが馬車から降りた。それから両手にグローブを装着して拳をにぎにぎする。

 自信なさげな顔とは裏腹に、随分と自信満々な行動だ。顔とは関係ないか。


「殺すんじゃないよ?」

「分かっています」


 砕いてやると脅した割に、村長さんは殺すなと命じた。その命令は周囲のやる気満々な兵士達の耳にも届いており、彼らに殺されないという安心感を与えてしまう。

 と、1人の兵士がハルエッキに襲い掛かった。


 しかしハルエッキは素早く反応し、体を反転。小さな体を活かして兵士の懐に入り込むと、アッパー気味に拳を繰り出して兵士の顎に強烈な一撃を放った。

 兵士はその衝撃で体が浮き上がり、後ろに飛んで地面に倒れこんで動かなくなった。死んではいないと思うけど、キレイに入ったその一撃を見てちょっと心配になってしまう。


 ハルエッキの戦闘スタイルは、どうやら格闘術のようだ。小さな身体に見合わない、やんちゃな戦闘スタイルである。

 私も一時期己の拳を武器に戦っていたけど、その時の動きと彼を比べると、全然違う。なんていうか、ハルエッキの動きは洗練されていて、とてもキレイ。それを見ていると自分のつたない動きが恥ずかしくなってきてしまう。


「はあぁ!」


 更に別の兵士が、ハルエッキの背後から斬りかかった。正面からも、別の兵士が斬りかかる。

 それに対してハルエッキは身体を横向きにし、襲い来る兵士を両サイドに置くと両方の剣に対して拳を放った。ハルエッキの拳に当たった瞬間、兵士達の剣は呆気なく砕け、砕けた先端がクルクルと回りながら宙を飛んでから地面に突き刺さる。

 手ぶらになった兵士のお腹に、ハルエッキの拳がめり込んだ。鎧の上からの拳だけど、鎧が凹んで兵士が口から体液を吐きながら後方に飛んでいく。もう一方の兵士には回し蹴りで横っ腹に足がめり込んで、こちらも飛んで行った。

 あっという間に、3名の兵士が戦闘不能となる。他の兵士達はそれを見て、ハルエッキに襲い掛かるのをやめた。


「……もう、終わりでありますか?」


 ファイティングポーズをとり、軽やかなステップを見せるハルエッキが挑発するものの、男達は一歩引きさがって彼と距離をとる。今の一瞬の出来事で、彼らはハルエッキに勝てない事を悟ったのだ。


「これ以上はやめてくれ!」

「襲い掛かって来たのは、そちらからであります」

「分かってる!だけどどうか、これ以上はやめてくれ!こちらからも、もう手は出さない!そうだな!?」

「……」


 年長の男に怒鳴られて、他の兵士達は渋々と言った様子で手にした武器を下げた。

 この人達、指揮が低すぎる気がする。普通は隊長の命令があって初めて戦いになるものじゃない?命令されずに攻撃してくるとか、この年長の男の求心力が低いか、命令なんてどうでもいいヤンチャな集団かのどちらかだ。

 武器が納められたのを見て、ハルエッキもその構えを解いた。


「ほわああぁぁー……!」


 今の一連の戦いを見ていたサンちゃんが、馬車の中で目を輝かせて変な声をあげている。ハルエッキの戦う姿を見て、興奮しているようだ。

 カッコよく敵を倒す姿が、彼女の心を益々虜にしてしまったようだ。


「こちらは通してさえくれれば問題ないよ」

「わ、分かった。好きにしてくれ。ただし、くれぐれも竜族を刺激するのはよしてくれ。もしスウェンに被害が出たら、スウェンはお前たちを許さない」

「しかし、隊長……!」

「無理に引き止めれば、オレ達は全滅するぞ。この人達の強さは本物だ。ただの御者でさえこの強さだと言う事を考えれば分かるだろう……!」

「っ……!」


 兵士達が村長さんに目を向け、荷馬車の中にいる私達も見てまた一歩引き下がった。

 ハルエッキは確かに御者だけど、別に強さ順で決まった訳ではない。けど、勘違いしてくれるなら別にいいだろう。

 あと、村長さんが注目を浴びてウィンクをし返したけど相変わらず下手くそなウィンクだった。


「相手の強さを見極めて、強者に下手に喧嘩を売らない。部隊の連中の命を守るための行動を弁えてる、いい男じゃないか。アンタらは運がいいよ。ハルエッキ。馬車に戻りな。先へ進むよ」

「了解であります」


 実力を見せたハルエッキが、村長さんの命令を受けて馬車に戻って来た。そして手綱を握ると、再び馬車が進みだす。


 兵士達は、もうそれ以上は何もしてこなかった。ただ黙って私達を見送るだけで、出来るだけ平和に事は進める事が出来たようだ。それはハルエッキの功績である。


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