コイバナ
ラーデシュで、大勢の魔族に見送られて私達は再び旅に出る事となった。思えば、この世界に来てから色々な事があったな。そしてこれからまた、更なる色々な事が起きようとしている。
不安がないと言えば嘘になるけど、でもリズとなら私はどこへだって行ける。馬車に揺られながら、リズと手を繋いで座っているだけで、そんな気になれる。
「じー……」
私とリズは、隣り合って座っているだけだ。そんな私達を、正面に座るサンちゃんがじっと見つめて来ている。
「どうかしましたか、サンリエフさん」
「い、いや。お二人が、すっごく仲良さそうに見えるので……」
「ふふ。そう見えますか?」
サンちゃんに指摘されると、リズは嬉しそうに笑った。そしてもっと私に身体をくっつけてくる。腕にリズの腕が絡まって、おっぱいも触れて来て良い匂いも間近に感じる事になる。
おおう……いきなりのリズのスキンシップに、私は自然と笑みが溢れてしまう。
「ふおお……!」
くっつく私達を見て、サンちゃんが顔を少し赤くして、鼻息を荒くし出した。
もしかして、サンちゃんも女の子が好きなのだろうか。だとしたら仲間が増えたみたいでちょっと嬉しい。
「黒王族と人間のカップルなんて、世界中探したってこの二人しかいないよ。珍しい物だから、興味があるなら目に焼き付けておきな」
「そもそも黒王族自体が、この世界でシズさんしか存在してませんからね……」
「ま、そうだね。ところでアンタは、黒王族が怖くないのかい?」
「うーん……昨日シズさんが黒王族って聞いたときは驚いて、ちょっと怖く感じたけど……こうして目の前にいるシズさんを見てると、なんか平気っすね。黒王族って、こんなに可愛い種族なんだなって感じで、拍子抜けしたというか……」
「あはは!そうかい、拍子抜けかい!まぁそうだね。こんなに声が小さくて、可愛い子が黒王族なんて誰も思いもしないだろうよ」
「ですね」
サンちゃんと村長さんが、私をネタにして笑いだす。
私はその会話を、リズに隠れるように身を縮めて聞いている。だって、なんか恥ずかしいから。私は陰キャで、性格も悪くて魅力がない。唯一のとりえの容姿は、リズの方が断然上だ。サンちゃんも可愛い。
なので可愛いと言われても、どう反応したらいいか分からない。
「ぐがー……」
「それで、ルレイは出発早々ご覧のあり様だけど、コイツはいつもこうなのかい」
村長さんにそう指摘されたのは、荷馬車の隅っこで仰向けになって眠っているルレイちゃんだ。
ビキニ姿だというのに大胆に仰向けになっているので、何か色々と危うい。色々な所が見えそうで見えなくて、見入ってしまう。
「シズ?」
「はっ……」
腕にくっついているリズに名を呼ばれ、私は慌ててルレイちゃんから目を逸らした。最近、リズの視線がちょっと怖い。ちょっと他の女の子を見ているだけで、天使のように優しい眼差しが堕天使のような眼差しとなってしまう。
これってもしかして、嫉妬?リズが、私に?そう考えると、ちょっと可愛い。ただでさえ私にとって愛しい存在のリズが、更に愛しくなってしまう。
「ルレイさんは大体いつもこんな感じっす。マイペースで、だけど強くていざという時は頼りになる存在っす。相談にも気軽にのってくれるので、皆大好きっすよ」
「他の連中は?グヴェイルと、ハルエッキの事だ」
「グヴェイルにーちゃんは、ああ見えて優しいっすよ。ただ口数が少なくて、オマケに不器用だから誤解はされやすいっす。だけどやる時はやる男で、どこに出しても恥ずかしくない自慢の兄貴っす。出来れば生暖かく見守ってあげてもらえると、うちも嬉しいっすね」
「にーちゃん?アンタ達は兄妹なのかい」
「そうっす!にーちゃんはうちの五歳年上のにーちゃんで、うちとすっごく仲がいいんすよ!えへへ!」
サンちゃんはグヴェイルの事を聞かれると、嬉しそうにそう言った。
今の会話、奥の方にいるグヴェイルも聞こえているはずだ。私はそっと視線をグヴェイルに向けると、グヴェイルは腕を組んだまま俯いて、ラーデシュを発った時と全く同じポーズをしている。
コレは……寝ているのだろうか?元々目が細いので、目が開いているのか閉じているのかも分からない。そして寝ているのかどうかも分からない。
「ハルエッキは?」
「ハル君はー……見ての通り、可愛い男の子っす」
ん?サンちゃんが、頬を赤く染めながら、恥ずかし気に言う様子を見て私は違和感を覚えた。
先程の、グヴェイルの紹介とは明らかに違う。そう、コレは、恋する乙女の表情だ。
「ハルエッキさんとのご関係は?」
その様子を見て、リズが面白そうに笑いながら尋ねた。
この子は案外、こういう事をズバズバと切り込んで聞く。
「う、うちとハル君は、幼馴染で、昔からずっと一緒の仲良し……みたいな感じっす。時々凄く頼りになって、いつも優しくて、傍にいて欲しい時はいつも傍にいてくれるっすね。あ、そ、それ以上の事はなんもないんすよ!?本当っす!」
「なるほど、なるほど」
リズは二度頷いてから、私から離れるとサンちゃんの下へと歩み寄り、その耳元に口を近づけた。
「……ハルエッキさんの事、好きなんですね」
「……」
小さな声でリズに尋ねられると、サンちゃんの顔が耳まで真っ赤に染まる。そして、素直に小さく頷いた。
相手が男というのがアレだけど、恋する乙女は見ていて癒やされる。というかサンちゃんの反応が可愛い。この子には是非とも幸せになってもらいたい。
でも私とリズの関係を見て興奮してたから、てっきり女の子好きかと思ったけど違ったみたいだ。ちょっと残念。
「わぁ!いいですね、恋。私、サンリエフさんを応援します!シズも一緒に。ね!」
サンちゃんの恋を聞き、リズが目を輝かせながらテンションをあげた。リズは恋バナも好きなんだ。なんかこう、年頃の女の子っぽくて、また一つ彼女の事が知る事が出来た気がして嬉しくなる。
「は、はい。応援、します」
「あ、ありがたいっすけど、大丈夫っす。自分の事は、自分でなんとかしますから。それに、えと……なんというか……」
「大丈夫です!邪魔はしませんし、悪いようにしませんよ!」
「……っすぅ」
目を輝かせるリズに、サンちゃんが困っている。
「よしな、リズリーシャ。サンリエフは今の状況を楽しんでいるのさ。物事は目標に向かって進むことも必要だが、その過程も大切になる。余計な事をするのは、野暮ってもんだ」
そこへ助け舟を出したのは、村長さんだ。まるで全てを理解し、見通しているような言い方である。
もしかして村長さん、恋愛についてかなり詳しいのだろうか。だとしたらちょっと……いやかなり意外だ。
「なるほど。恋が実るか実らないかの状況を、もうちょっと楽しんでいたいという事ですか。だったら、ささやかに応援します!」
「う、うちの事ばっかりズルいっす!リズリーシャさんとシズさんはどうなんすか!」
「私とシズは、先程ウプラさんが言った通り、仲の良いカップルですよ。ね」
「っ……!」
リズが私の傍に戻ってくると、腕に抱き着きながら耳元で囁いてきた。
私とリズは、どちらかが愛の告白をして受け入れられた訳ではない。でもいつの間にか、友達以上の関係にはなっていると思う。村長さんがいなければ、肉体関係もあったかもしれない。カップルという響きはなんだか恥ずかしけれど、リズがそう思ってくれているなら私も嬉しくて、それを拒否する理由がない。
だから、小さく頷いて肯定した。
「ふふふ」
肯定すると、リズが優しく笑いかけながら頭を優しく撫でてくれた。嬉しくて、心が温まり、リズの事をもっと愛おしく感じてしまう。
「ふわー……!」
私達を見て、サンちゃんが目を輝かせている。羨みながら、仲の良い私達の行動を楽しんでくれているようだ。
でも彼女の心はとある男の手中に囚われている。この馬車を操る、魔族の男にだ。見た目は小さくとも立派な男である。
こんなに可愛い女の子に想われるなんて、罪な男だ。さっさとくっついちゃえよ。どうせサンちゃんみたいな可愛い女の子に告白されたら、男なんて誰も断らない。男とはそういう生き物だ。
いや、でもサンちゃんが今のままでいたいんだっけ。恋する時間を楽しみたいのだろうか。私にはよく分からない。好きならさっさとくっついちゃった方がいいと思うんだけど。
くっついたら、こうしてちょっと激しめのスキンシップもとれてしまうだろうに。キスだって……。
「──ひっ!?」
いつの間にか、私とリズの目の前にグヴェイルが立っていた。そして私達2人を見降ろして来る。細い目は確かに開いており、私達を睨みつけているようだ。
それに驚いて、リズが可愛い悲鳴をあげた。
「……サンの教育に悪い事、しないで」
「は、はい」
リズが思わず返事をすると、グヴェイルは満足げに頷いて元の位置へと戻っていった。
どうやら、起きていたらしい。そして会話を聞いていたらしい。
しかしサンちゃんの教育に悪い事とはなんだ。私とリズがくっついてイチャイチャしていた事だろうか。だとしたら、過保護すぎやしないだろうか。
「す、すみません、リズリーシャさん、シズさん!あまり気にしないでください。にーちゃんはうちの事を、よく子ども扱いしてくるんです。もう大人なのに、困った兄っす」
サンちゃんも、子供扱いされた事を不満に思っているようだ。恥ずかしそうに言うものの、嫌という訳ではなさそう。
「大切にされているのですね」
「ま、まぁ、そうかもしれないっす。にーちゃん、うちの事大好きなので」
「どこの兄貴も変わらないね」
村長さんは呆れ気味に呟きながら、ため息を吐いた。他に似たような兄貴を見た事があるらしい。
私は家族を信じないクチなので、どうでもいい。特に男は更にどうでもよくて、何も知りたくはない。
けどまぁ……グヴェイルとサンちゃんの兄妹は、なんとなく嫌ではないかな。