昔の夢
おじさんの壮絶な過去の経験が明らかになり、その過去でおじさんの仲間を殺した犯人を殺したと言い放ったサリアさん。
おじさんと、サリアさんの偶然の関係が見えてきた。私とリズがこの世界で偶然出会ったように、2人にも何か接点があるようだ。
「そのマーティス・ガルビーとは……!?」
「慌てんでも教えたるよ。マーティス・ガルビーは魔族の大犯罪人で、当初の様々な種族の村々を襲っては残虐な殺害を楽しんでいた男や。最初魔族の領内で事件を起こして、その時は指を二本切り落とされた上に牢屋に入れられとったんやけど、脱獄して自由の身になって魔族の領内外で残虐な事件をおこすようになったんや。エルフも何人か奴に殺されとるんやで。それから竜族に、人族も殺されとったんやね。昔うちの仲間がマーティス・ガルビーに殺されてしもて、うちが仇討ちで奴を殺してやったんや」
「さ、サリア様が、あの魔族を殺した、のか……」
「そうやで。実力だけみれば仲間に欲しい男やったけど、あんさんが言う通りあまりにも血の臭いが濃すぎた。数えきれないくらいの命を奪い、数えきれないくらいの恨みを背負った男は仲間にいらん。仲間の命を奪った者はもっといらん。だから殺した」
「あんたが……サリア様が、仲間の仇を打ってくれたのか……」
おじさんはそう呟くと、目から涙を零した。慌てて袖で拭うも、涙は確かに見えた。
「成り行きで、そういう事にはなるなぁ」
「……魔族は、まだ嫌いだ。オレの仲間の命を、あんな形で奪った奴らは赦せない。だがサリア様は別だ。オレが成しえなかった、仲間の仇をうってくれたあんたにならついていける。……だからどうか、オレもガランド・ムーンの一員にしてくれ!」
「ええよー」
おじさんが一大決心を口にして、サリアさんはそれを優しく、軽く受け入れた。
過去のしがらみがおじさんの決心を鈍らせていたのに、過去のしがらみがおじさんの決心を促した。なんとも不思議な現象を前にして、場が盛り上がる。
「よっしゃー!よろしくな、おっさん!」
「やっと吹っ切れたかい、カークス坊や!めでたいねぇ!がんがん飲みな!」
盛り上がってるのは、主にルレイちゃんと村長さんだ。おじさんに絡んで、おじさんのコップに勢いよくお酒を注いでいく。
その日はいつまでも皆で笑って語り合い、時間が過ぎていく事になる。そこに男はいるけど、でも何故か悪い気分じゃない。こんな気持ちは初めてで、忘れられない一夜となった。
特に、隣で微笑みかけてくれるリズの存在が大きい。とても心地の良い場所だ。
こうして私達は、ガランド・ムーンの一員となったのだった。
その日は懐かしい夢を見た。まだ私が男嫌いではなく、家族もいて、家族を愛し愛されていた頃の記憶にそった夢だ。
『シズは大きくなったら、何になりたい?』
とても優しくて、大好きな声の持ち主。顔が霞んでよく分からないけど、当時の私が世界で一番大好きな人に、優しく頭を撫でられながら尋ねられた。
『んーとねー……ヒーロー!』
『そりゃ凄いな!ヒーローになって、町の皆を悪者から守ってくれるのか!』
私の返答に、同じように顔が霞んだ男の人が喜んでくれた。
更には私を抱っこして、力強く抱きしめてくる。
今の私なら、嫌悪感でいっぱいになって殴り飛ばす所だ。でもその抱擁はとても心地が良くて、殴る気にもなれない。むしろ幸福に包まれて、どこまでも幸せな気持ちになれる。
『ううん、違うよ!世界中の皆を、守るの!』
『あははは!世界中か!』
『うん!だからハイパーメガソード買って!』
『うっ!?』
『あなたがよく見てる、男の子向きのアニメの影響ね。自分で見せたんだから、責任をもって買ってあげてよ。もちろん自分のお小遣いで』
『そんなぁ!』
『……ダメなの?』
『……ダメじゃないぞ。よし、買ってやる!』
上目遣いでお願いをすると、顔が霞んだ男は高らかにおねだりを了承してしまった。
それでいいのだろうか。今思えばちょっと心配になってしまう。
私は、男が嫌いだ。家族という存在も嫌い。両方信じるに値しない存在だ。
でも最近、男に関しては若干嫌悪感が薄れている。おじさんや、ウォーレンと楽しい時間を過ごしたおかげだと思う。それでも根底はあまり好きじゃないけど、前よりはだいぶマシだ。
しかし家族に関しては未だに信用すべき存在ではないと思っている。家族はいつか、裏切るものだ。家族は信じたらいけない。家族は搾取する。家族は薄汚い。家族はいらない。
『──私、パパとママが大好き!』
……やめてよ。
夢の中で、私が両親に囲まれ、両親が私を抱きしめているのを第三者の目線で私は視ている。
私は両親との楽しかった思い出を、心の底にしまい込んで生きてきた。それを思い出してしまったら、自分を保てないから隠しこんだのだ。
こんなの、見たくもない。思い出したくもない。
私の家族は、もうこの両親ではなく私を奴隷のように扱う親戚の嫌な奴らだけ。私は、いなくなった者との思い出なんて、残しておきたくないんだよ。
嫌だよ。視たくないよ。思い出したくないよ。
なのに、その光景から目を離す事が出来ない。私は自分を苦しめる記憶を目に留め、心が傷ついていくのを感じる。
でもその苦しみから解放してくれる人がいた。その人は優しく私の頭を撫でてくれて、振り返れば天使のような笑顔でそこに立っていた。
「……おはようございます、シズ」
目を開くと、そこにはリズの顔があった。リズは私の頭を優しく撫でてくれていて、とても心地が良い。
私は頭を撫でてくれるその手をつかみ取ると、自分の頬に当てて頬ずりをした。
「シズったら、甘えん坊さんですね。昨日のウォーレンさんみたいです」
「……」
それはちょっと、嫌だ。
でも顔をしかめる私を見て、リズが優しく笑ってくれたので癒やされた。
「悪い夢でも見ていたのですか?」
「ど、どうして……?」
「うなされていたので、それで心配して寝顔を覗いてしまいました。あ、覗いていただけですからね。その……シズの寝顔はとても可愛かったですけど、何もしていません。本当です」
顔を赤くして聞いてもいない事を否定するリズを前に、私まで顔が赤くなってしまう。リズがそう言うなら本当に何もしてはいないのだろうけど、でも何か怪しい。
「……昔の夢を、見ていました。ただの夢、だけど……色々な事を思い出して、とても苦しくて……だけど……」
リズが頭を撫でてくれていたおかげで、少し楽になった。
そう示すように、私はリズの手に頬ずりを続ける。
「大丈夫です。私は貴女の傍にいますよ。シズは私にとっての、家族のような存在ですから」
「……」
そう言われて、頬ずりをする私の手が止まった。
私にとって、家族とは忌み嫌う存在だ。リズは良かれと思って言ってくれた事は分かる。
でも、それじゃあリズもいつか私を裏切るの?
「どうかしましたか……?」
止まった私を、リズが心配そうに見ている。リズから頭を撫で、頬を撫でてくれるけど私が無反応になってしまったので、心配になったようだ。
この子が私を裏切るなんて、そんな事ある訳がない。私は嫌な考えを振り払うように頭を横に振りながら、起き上がる。
場所は、荷馬車の中だ。昨日楽しい歓迎会が終わってから、私達はいつも通りこの場所で眠りについた。
「なんでも、ありません。リズが傍にいてくれるなら……私は大丈夫、です。でも──」
裏切らないで、なんてお願いをしようとしたけど、そのお願いは我儘だろうか。そんな事を口にして、リズに嫌われたりしないだろうか。心配で、だから口にする事が出来ない。
「……?」
言葉が続かないことに、リズが不思議がっている。
でも、それを誤魔化す訳じゃないけど、私はとある異変に気付いて勢いよく立ち上がった。それから馬車の外に顔を出し、周囲を見渡す。
「ど、どうかしましたか?」
リズも続いて顔を出したけど、リズはまだ気づいていないようだ。
「──よう、シズ!」
空から、風のように降ってきたルレイちゃんが馬車の傍に着地して挨拶をしてきた。
「その様子だと気づいたみてぇだな。来るぜ。ガランド・ムーンの、本隊が」
私が感じ取ったのは、大勢の気配と足音だ。まだ遠いけど、言うほど遠くもない。黒王族の力でそういった気配に敏感になっているおかげで、接近を感じ取ることが出来た。
そしてニヤリと笑うルレイちゃんから、接近する者達の正体を教えられた。