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しみったれた話


「新しい仲間に、乾杯!」

「かんぱーい!」


 ルレイちゃんの音頭により、私達は手にしているコップを打ち付け合って音を鳴らした。

 村長さんが一際嬉しそうにコップを打ち付けて、コップの中身を一気に飲み干していく。おじさんも負けじと飲んで、ルレイちゃんも続いた。


 私はチビチビと飲ませてもらう。リズも上品に飲んでいる。


 場所は、ルレイちゃんとサリアさんの住まいの中だ。

 廃墟を自分達で住めるように改造したというその住まいは、床も壁も天井もキレイだ。一部木の板を打ち付けただけでやっつけみたいな所はあるけど、2人は大工さんではないから仕方がない。

 ちなみに家の中は、土足厳禁だ。サリアさんがキレイ好きらしく、そういう事になっているらしい。私としては、元居た世界で建物の中は基本土足厳禁だったので、なんだか懐かしい。

 家の中は飾り気があまりない。本当にただ、ベッドや机やイスといった家具があるだけで、どこか寂しさを感じる。けどここは仮住まいという事を考えれば十分なのかもしれない。


「この家にお客さんが来るなんて、初めてやねぇ。なんだか嬉しいわぁ」


 お猪口に入ったお酒を口に運ぶサリアさんは、頬を少しだけ赤く染めていて色っぽい。

 その和服とあいまって、かなり似合っていて絵になるワンシーンだ。


「ぷはぁ!酒があるなら、もっと早く出しとくれよ!こっちは村から持ってきた酒がとっくになくなっちまって、イライラしてたんだからさ!」

「節操がないのは相変わらずやねぇ。飲むのはええけど、程々にしとき」

「分かってるよ!おかわりをおくれ!」

「しゃあないなぁ」


 村長さんは、絶対に分かっていない。でもその要求通りに空っぽになったコップにお酒をついであげるサリアさんは、似合いすぎている。。


「なぁ、リズリーシャ様。オレ、ガランド・ムーンで上手くやっていけるのかな?オレ、オレ……不安で不安で……!うっ、うぅ!」

「え、えっと。ウォーレンさん?」


 私の隣に座るリズに、ウォーレンが絡んできた。私は咄嗟に間に入り、ウォーレンの頭を掴んでリズから遠ざける。

 その際に、お酒の臭いを感じ取った。どうやらウォーレンは、お酒を飲んで酔っ払っているらしい。


「うっ、ううっ。オレはただ、リズリーシャ様に慰めてもらいたいだけなんだよぉ。頭をナデナデしてくれよぉ」


 ウォーレンは泣きながら懇願し、床に突っ伏してしまった。厄介な酔っ払いの登場に、私は凄くイライラした。リズになんて要求をするんだ、この変態は。男がリズにナデナデしてもらうなんて、百億年早い。いや、むしろそんな時代はやって来ない。


「あははは!たった一杯で酔っ払うとか、どんだけ弱いんだい!」


 それを見て、村長さんが笑う。


「ウォーレンは飲みなれてないからな。欲しいと言うからやったが、案の定だ」


 同じ量か、既にそれ以上のお酒を飲んでいるはずの、村長さんとおじさんはいつも通りだ。お酒に強い弱いって、どこで変わるのだろう。

 ちなみに私とリズは、普通のお水を飲んでいる。なので酔う事はない。


「しゃあないねぇ。こっちにおいで、坊や。おーよしよし」

「あ、あぁ……!」


 サリアさんがウォーレンを見て優し気に笑うと、ウォーレンをその胸に抱きしめた。そして頭を優しくナデナデする。

 ウォーレンはウォーレンで、とても嬉しそうにサリアさんに抱き着いて、顔を擦っている。


 なんて羨ましいんだろう。思わず手を伸ばし、その場所を交代してほしくなってしまう。


「……」


 ふと隣を見ると、こちらを見てリズが頬を膨らましていた。

 そんな顔をしなくても、安心してほしい。私はリズ一筋で、リズのおっぱいやら匂いやらの方が好きだから。


「あまり甘やかさないでくれよ、サリア様。甘えは男のためにならん」


 そんなサリアさんの行動を制したのは、おじさんだ。意外と厳しいなこの人。


「そう?うちは全然構わんよ?酔った男の始末も、女の役目みたいなもんやからなぁ。それにほら、かわええやん」


 ウォーレンを抱きしめるサリアさんが、舌なめずりをした。それはあまりにも、なんかエロイ。


「サリアばーちゃんは、若い男が好きだ。何してんのかよく分かんねぇけど、ばーちゃんに部屋に連れ込まれた男は翌日すげぇ満足げな顔をしてるか、げんなりしてる」


 それはつまり、美味しくいただかれるという事か……。

 この人の今の舌なめずりの意味が、よく分かった。この人、そっち系の人だ。


「そうなんですね!なんだか母と似ている感じがして、ちょっとおかしいです」


 くすくすと笑うリズだけど、笑っていて良いのだろうか。ウォーレンの身体がこの後どうなるかは、私達にかかっている気がする。

 ……まぁどうでもいいか。サリアさんとウォーレンが2人で色々とよろしくやるのは想像したくないけど、そうなっても私には関係のない話だ。


「……ところで、今更だが新しい仲間を歓迎する催しにオレが混じっていてもいいのか?」


 おじさんは、未だにがランド・ムーンに入るかどうかを決断していない。

 このパーティの目的は、仲間を歓迎する事だ。決断していないので居心地が悪くなってしまったのだろう。


「別に良いんじゃねぇの?少なくともオレは気にしないぜ。ていうか気になるならもう決断しちまえよ。あんたががランド・ムーンに入ると言えば全て解決だ」

「エルフだけならまだしも、魔族もいるような組織に入る訳にはいかねぇんだよ……!」

「あんた、過去に何があったんだよ。確か魔族に仲間を殺された、とか言ってたなよな」

「……ああ。しみったれた話になるぞ?」

「……」


 ルレイちゃんはおじさんの正面に座り込むと、頷いた。しみったれた話上等という訳だ。

 おじさんはそれに対し、コップに入っていたお酒をぐびっと飲み干してから口を開く。


「オレが冒険者をやってた時の話になる。その日は村の近所に出るようになった魔物を退治してくれという依頼で、オレは仲間と共に現場に向かったんだ。オレのパーティはオレを含めて五人だ。あまり難しい仕事じゃない。情報によると魔物の数は数匹で、実際情報通りの魔物と遭遇し、いつも通りに倒すことに成功した。楽な仕事をこなして、あとは町に戻って酒でも飲もうと話していた。そこに、奴が現れた。黒い服装の男で、頭にはヤギの角があった。目は不気味に赤く光り輝き、全身から血の臭いを漂わせていたのをハッキリと覚えてる。そこからは一瞬だった。最初にやられたのは、パーティのリーダーだ。気づけば首が空に飛んでいて、オレ達は慌てて戦闘態勢をとって奴と戦うことになった。奴は……」


 そこで区切り、おじさんの身体が震え出した。何か恐ろしい事を語ろうとしているようだ。


「次にパーティの女剣士が餌食になった。しかし殺されてはいない。急所を外した斬撃によって、意識はあるものの身動きの取れなくなった彼女を、魔族はオレ達の目の前で弄び始めた。余りにも惨い。全身を、少しずつ魔族の爪によって削られて、しかし死ねないようにコントロールされていて彼女はずっと、いつまでも苦しみの声をあげ続けた」

「止めなかったのか?」

「勿論止めようとした。しかしオレ達の攻撃はことごとく防がれ、何の意味もなく時間が経過するだけだった。やがて彼女を弄ぶのを一時中断した魔族は、まだ生きている彼女を地面に放り投げて次のターゲットに襲い掛かった。次はパーティの中で一番若い男の魔術師が魔族の手に落ち、女剣士にされたのと同じように弄ばれる。オレ達と魔族の間には、あまりにも大きすぎる実力差があったんだ。一人が恐怖のあまりに仲間を置いて逃げ出そうとしたが、しかし呆気なく捕まった。そいつは両手両足を切り刻まれた状態で木の枝にかけられ、魔族のサンドバックと化した。残ったもう一人は、生きたまま弄ばれる仲間を前に発狂しちまった。泣き笑いながら叫び、苦しむ仲間の声をかき消そうとしていたようだが、それが魔族の気に触ったのかその口を魔族によって塞がれた。更には目を抉られ、耳をちぎられて一際苦しめられる事になる。オレは仲間が苦しめられている隙に、魔族の前で胸を刺して自害した。情けないが……仲間たちのように魔族に生きたまま弄ばれるのが怖くなったんだ」

「自害したおっさんが、何で生きてんだよ。もしかしてあんたも黒王族だったのか?」


 茶化すようにルレイちゃんが言うと、おじさんが少しだけ笑った。面白かったのだろうか。私はあまり面白い冗談には聞こえなかったけど。


「死ぬのが怖くて手元が狂ったんだ。派手に血は出たが、急所は外れてる。死にたくなっても、人間は案外死ねないんだと思ったよ。しかし魔族はそれで、オレが死んだと思ったようだ。あるいは眼中になかっただけなのか……それとも存在を忘れられていたか。分からないが、死んだフリをするオレの前で繰り広げられた惨劇が忘れられない。永遠とも思える時間、仲間たちは魔族に弄ばれ続けた。やがて仲間の声も気配も聞こえなくなり、魔族の気配もなくなってしばらくしてから、オレは起きた。そこにあったのは、無残な仲間の死体だ。どれもただ殺されただけではなく、多くの傷跡と凌辱された跡があった。……魔族っていうのは、恐ろしい生き物だとオレは知らしめられた。オレは、その日から魔族が嫌いになった。魔族だけじゃない。気づけば他種族にも嫌悪感を抱くようになっていた」

「エルフもか」

「ああ。お前に分かるか?死んだふりをするしかない状況で、いつまでも、いつまでも苦しめられる大切な仲間の声を聴き続けたオレの気持ちが」


 おじさんの経験は、確かに壮絶だ。でもやはりそれは遭遇した魔族が悪い事であって、他の魔族はもちろんエルフはもっと関係ない。

 人間にも、私みたいのがいたり、リズのように天使のような女の子もいる。それと同じ事だと思う。今私は黒王族だけども。


「なるほどなぁ。あんさん、運悪く『血狂いのマーティス・ガルビー』に遭遇してもうたんやね」

「マーティス・ガルビー……?」

「その魔族の男、指が二本なかったやろ」

「……ああ。ああ、ああ!確かになかった!あんたあの男を知ってるのか!?」

「知っとるよー。マーティス・ガルビーを殺したのは、うちやからねぇ」


 サリアさんは、胸に抱いているウォーレンの頭を撫でながら、怪しい笑みを浮かべてそう言い放った。


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