思い出話
こんな、魔物に支配された魔物だらけの地だけれど、私達は安心して過ごす事が出来る。すぐ傍にサリアさんとルレイちゃんがいるからだ。エルフを避けるという魔物の特性のおかげで、襲われる心配はない。
その日は日が暮れて来たので、廃墟となった町の中で一晩を過ごす事となった。馬や、馬車も狭い道をなんとか通り抜けてやってきたみたいで、今夜も馬車が女組の寝床となる。ちなみにサリアさんとルレイちゃんは、私達の馬車がつけられている家の中で寝泊まりをしているらしい。家はもれなく廃墟ではなるんだけど、中は割とキレイだ。
「うっま!なんだこの飯、ばーさんすげぇな!」
「はあぁ。久しぶりのウプラのご飯が身に沁みますなぁ。年はとっても、腕は落ちてないようで安心したわぁ」
今は皆で焚火を囲み、村長さんが作ってくれたご飯を皆で食べている所である。
食材は馬車で運んできた物と、サリアさんがわけてくれた野草が主だ。いつもの村長さんの料理に、たくさんの緑色の野草が加えられて味に変化をもたらしてくれて、更に美味しくなっている。
「誰が年だい。アタシはまだまだ若いよ」
「自分が言うたんやろが。年だからもう戦えないーて」
「やろうと思えばまだまだ戦えるよ。けどせっかくやる気溢れる若いのがいるんだから、そいつらに任せようじゃないか。ウォーレン!カークス坊やも!シズとリズリーシャを手伝ってやるんだよ!」
「ぶっ!」
突然そう言われて、ウォーレンがご飯を口から吹き出してしまった。
「どうしてオレ達まで!?言っとくがオレ達は戦力にならねぇぞ!?」
「本当にそうだぜ。口ではデカイ事言う割に、おっさんすげぇ弱かったからなぁ」
「うるせぇ!」
「あ?なんだ?またやんのか?またボコボコにされてぇのか?」
日が暮れる前に行われたルレイちゃんとおじさんの喧嘩は、おじさんの敗北だった。手も足も出ずに顔面を殴られてしまい、顔に痣を作っている。
「食事中はやめとき」
「……」
「……」
しかし食事中のマナーにはうるさいのか、サリアさんがそう言い放つと2人は睨み合いをやめた。
サリアさんを怒らせるのは、私も怖い。サリアさんの力は底が見えてこないから。
それにしても、サリアさんの一瞬にして移動してみせたあの動きと、見えない物に殴られたあの現象はなんだったのだろう。
「でもその子達の言う事も最もやで。正直言うて、シズはんとリズリーシャはんはともかくとして、そっちの人間二人はあまりもひ弱……戦いに参加すれば、無駄に命を落とすだけやない?」
「情けない事を言ってるが、カークス坊やはこれでも元冒険者さ。命を懸けた場面をいくつも潜り抜けて今この場にいる。ウォーレンも、運だけはある男だ。大丈夫だろ」
「オレの理由、適当じゃねぇか!?なんだよ運だけはある男って!」
「オレだって適当だぞ!?オレが冒険者だったのはもう数十年も昔の話で、オレだって老いてるんだよ!戦えねぇんだよ!」
「こう言っとるけど?」
「……仕方ないねぇ。アタシも手伝うから、それでいいだろう」
「ホンマに!?ウプラも手伝ってくれるなら、すぐに終わりそうやなぁ。楽しみやぁ」
渋々といった様子で呟いた村長さんの台詞に、サリアさんが喜びの声をあげた。
どうやらサリアさんの認識では、村長さんはかなりの強者らしい。サリアさんにそう認識されるって、凄くない?あの化け物みたいな力を持っているサリアさんにだよ。
「つかぬ事をおたずねしますが、ウプラさんはそんなにお強いのですか……?」
恐る恐る、手をあげて尋ねたのはリズだ。
全員が抱いたであろうその疑問を、皆を代表して聞いてくれた。
「強いなんてもんやあらへんで。ウプラとは昔一緒に冒険した事があってなぁ。一緒にいたのはほんの十年ほどやったけど、ウプラの剣によって何回も命を救われたわ。当初は『月砕きの剣聖』とか呼ばれておってな、その剣は月をもくだく攻撃力を持っていたと言われておったんや。ちなみにあのかったい竜の鱗くらいなら、ホンマに砕く事が出来たで。おっそろしいやろ?」
「所詮は大昔の話を、現代でしたって意味がないだろう。今のアタシは御覧の通り、非力な年寄りさね」
「……ホンマに、老けたねぇ」
「これが人間さ」
冗談ぽく、しかし儚げに呟くように言ったサリアさんに、村長さんは当然の事だと笑いながら答えた。
人間にしては、村長さんも中々の長命だ。そして年相応にはとてもじゃないけど見えない。
サリアさんはどうなんだろう。彼女は何歳なのだろうか。エルフという特性を考えると、やはりとんでもない年なのだろうか。
「……ふ。乙女に年は尋ねるもんやあらへんで、シズはん」
サリアさんに視線を送っていたら、サリアさんが笑って私の疑問に対して注意してきた。
確かに思ってはいたけど、口にはしていない。なのに注意されてしまった。
「さ、世間話はこれくらいにしといて、そろそろ明日の事について聞かせておくれ。アタシ達に倒してもらいたい災厄の欠片ってのは、どんな奴なんだい」
「特徴としては、エルフを避ける。大きく、黒い剣を使って周囲を音もなく薙ぎ払う。巨体の割に素早い。災厄の欠片らしく、魔物を生み出す。と言ったところどすな」
「何か弱点は?」
「分かりまへんなぁ。何せうちらとはまともに戦ってくれへんから。倒せんでも、足止めだけでもええで?足止めさえしてくれれば、うちがトドメをさせる」
足止めをすればそれで勝てると聞くと、妙に簡単な仕事のように思えてしまう。でも実際アレを足止めするのはかなり難しいだろう。倒すのはそれ以上に難しい。
「リズリーシャとシズは、どう思う。アンタ達の戦った感想を聞かせとくれ」
「……正直に言うと、私はアレに勝つのは難しいと判断しました。攻撃は普通の災厄の欠片のように効きませんし、それに一撃が強く重すぎる。加えて動きも速く、周囲には身体が鉱石のように硬い魔物がうじゃうじゃと……勝ち筋が全く見えてきません」
「……」
リズから皆にもたらされた情報は、絶望的だ。ハッキリと勝ち筋が見えてこないと言われると、誰も希望を見出す事が出来ない。
「やる前からそんな弱気な事言うてたら、あかんよぉ。所詮は災厄の欠片なんやから、核を潰せばそれでうちらの勝利や。簡単やろ?」
「その簡単な事をやり遂げられずに、アタシ達に助けを求めているのはどこのどいつだい」
村長さんにツッコミをいれられ、サリアさんは嬉しそうに笑う。
「本当に、何の情報もないのかい?」
「本当に、何もあらへん。申し訳ないけど、こればっかはエルフのうちらにはどうにもできん問題や。ウプラ達に任せる他あらへん。でも無理そうなら、無理って言ってくれてもええよ。勝算のない戦いに首を突っ込んで死なれても、うちの寝覚めが悪いだけやし」
「無理とは言わないさ。あんたに言う事を聞いてもらうために、やらせてもらうよ」
村長さんは、サリアさんに一体何をお願いするつもりなのだろうか。仲の良さそうな2人だから、きっとそんなに悪い事をお願いするつもりではないと思うけど、内容が気になる。その内容によっては、頑張ろうという気持ちになれるかもしれない。
「それじゃあさっさと片付けて、明日に備えて眠ろうかね」
「さ、作戦は……?」
「アタシが考えとく。アンタ達はアタシの指示通りに動けるよう、身体の準備でもしておきな」
村長さんはそう言うと、皆の食器を回収して手際よく片づけを始めた。
料理だけではなく、そういう所まで器用な人だ。こんな器用な人の指示に従っておけば、きっと上手くいくに違いない。妙な安心感がある。
「ふあ……」
村長さんの美味しいご飯をお腹いっぱい食べ、安心感に包まれると眠気に襲われてあくびが出た。
今日も、色々な事があった。危険な目にもあった。というか首が落ちて、死んだ。そのせいか妙な疲れを感じ、瞼が重い。
「疲れましたか?」
「す、少しだけ」
「それじゃあウプラさんのお言葉に甘えて、眠っておきましょうか」
「んー!オレも寝とくわ」
ルレイちゃんも身体を伸ばし、眠そうに大きなあくびをすると立ち上がった。
宴はこれでお開きのようだ。私はリズに手を引かれて馬車の方へと歩き、ルレイちゃんやおじさんやウォーレン達も各々の寝床に向かっていく。
焚火の周りに残ったのは、村長さんとサリアさんだけ。2人でこれからどのような会話を繰り広げるのかは分からない。でもきっと、思い出話でもするのだろう。そこに部外者が首を突っ込むのは野暮というのものだ。