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可愛い者は屈服させよ


 よく見れば、着物の女性の隣には村長さんも立っている。そして居心地が悪そうに頭を掻き、私の下へと歩み寄って来た。


「大丈夫かい、シズ。……本当に、あんな状態からでも復活しちまうんだね」


 歩み寄って来た村長さんが、心配そうに私の顔を覗き込み、そして首の辺りを触ってくる。どうやら私の死に姿を、村長さんも見たらしい。


「たく、自分で首を切り落とすとか、無茶をするんじゃないよ。させる方もさせる方だけどねぇ!」


 後半は、大きな声で怒鳴りつけるように、私ではない誰かに向けて言った。


 言われたのは、着物の女性だ。私に首を切り落とさせたのは、彼女だから。

 そう指摘されて、着物の女性は恥ずかしそうに着物の袖で顔を半分隠してしまう。

 なんだか、随分と丸くなった。あの強者キャラだった着物の女性が、村長さんに怒鳴られて居心地が悪そうにしているなんて……ちょっと信じられない。村長さんって一体何者。


「いや、まさかうちが止めても止まらずに首を落とすとは、思わへんでしょう。それだけ躊躇なく切り落とそうとしていたって事やろけど、そんなんうちかて予想外や。もうちょっとだけ早めに止める事が出来たと言えば出来たけど……」

「言い訳すんじゃないよ!シズが無事だったからまだいいものの、無事じゃなかったらタダじゃおかなかったよ!」

「……面目ないどす」


 村長さんに怒られて、着物の女性がしょんぼりとして肩を落とした。

 どうしよう。私やリズよりも遥かに強い上位存在であるはずの着物の女性を叱りつけてくれる村長さんが、頼りになりすぎてカッコイイ。

 その着物の女性、私が手も足も出なかった人なんだよ。いとも簡単に私の両腕を破壊した人なんだよ。ちなみにその両腕ももう治っている。


「……」


 でもコレは一体どういう事態なんだろう。

 リズが無事なのは、私が着物の女性と約束したからだ。でもどうして、着物の女性は私に自分の首を斬る行動をやめさせようとしたんだろう。そして着物の女性と村長さんは、その様子から明らかに知り合いだ。


「えっと……シズが寝ている間に色々とお話は聞いていて……まずあちらの方は、ガランド・ムーンのリーダーで、エルフの族長、サリアさんです」

「サリアどす。よろしゅうね」

「……」


 着物の女性──サリアさんは、そう言ってペコリと頭を下げて来た。

 その物腰は、とても柔らかい。いきなり私に喧嘩を売って来た人と同一人物とはにわかに信じがたい。


「オレは止めようとしたんだぜ?でも聞かずに調子に乗るからこうなんだよ」

「あちらは、同じくエルフのルレイさん。ガランド・ムーンの一員の方です」


 着物の女性に続いてリズが紹介してくれたのは、ビキニ姿のエルフの少女だ。

 ルレイ。ルレイさん。いや、ルレイちゃんって感じだなこの子は。


 エルフって事で、なんとなく気づいてはいたけどやっぱりガランド・ムーンの関係者の皆さんだったようだ。その辺は私が眠っている間に終わっている話らしい。


「ど、どうして、急に襲い掛かって……来たんです、か?」


 それが一番の疑問だ。まず暴走気味なルレイちゃんに喧嘩を売られ、喧嘩になった。その後ボスのような存在のサリアさんが登場し、圧倒的な力をもってねじ伏せられた。何もしてないのに。


「人間の冒険者が、町に侵入してコソ泥みたいに町の物を盗んでいくのをよく見かけるんだよ。お前らもその類だと思ってな。思わず喧嘩うっちまった」

「ルレイがやられたのを見て、面白そうに思てしもてなぁ。思わず屈服させたくなってしもた。堪忍な」

「あんたらがそんなだから、ガランド・ムーンの悪い噂が広まるんだよ……」


 村長さんは、頭を抱えてエルフ2人に呆れ返っている。

 ルレイちゃんの言い訳は、まだ分かる。けどサリアさんの、屈服させたくなってしまったってなんだ。サディストか。


「人間相手にはこれくらいが丁度良いどす。人間は老いる事のないエルフに憧れ、エルフの肉を食べたり血を飲んだり……はたまた、老いない事を利用して永遠の奴隷として扱う事を夢見ている。災厄が登場して条約が出来てからはまだおとなしいどすが、人間の欲はまだまだ底が見えてきまへん。本当に、たくましい種族どすよ。世界がこんな状況になってまだ、己の欲に忠実に生きとるんどすから」

「ま、過去にあった出来事は否定しないよ。人間の黒い部分はその欲望を向けられた者の方が、より濃厚に感じられるだろうからね。でもこの子達は違っただろ?」

「違いましたなぁ。シズはんもリズリーシャはんも、自分の命よりも互いの命を優先しようとする姿は胸に突き刺さりましたわ。それでいて二人とも可愛いやろ?反則ですわ。そら屈服させたくもなりますやろ」

「どうしてそうなる」

「可愛い者は屈服させよって諺、知らへん?」


 可愛い子には旅をさせよ、なら知っている。けどそんな諺は知らない。この世界にはそんな諺があるのだろうか。


「初耳だよ」


 しかし村長さんが初耳だと言い放ち、そんな諺がない事を教えてくれた。


「──はぁ、はぁ。い、言われた通り、周辺を見回って来たぜ」


 そこへおじさんとウォーレンが、額に汗を浮かばせながら歩いてやって来た。

 村長さんがいるなら、当然2人もいるか。

 2人は周囲を見回っていたようだ。2人で?もし魔物が出てきたら、結構危ないんじゃないだろうか。


「どうだったよ。魔物、いたか?」

「……」

「……あ?」


 ルレイちゃんに尋ねられたおじさんが、ルレイちゃんを睨みつける。その目線に反応し、ルレイちゃんの目も鋭くなった。ヤバイ。また喧嘩が始まりそうな予感がして、私は一人慌て出す。


「よしなはれ、ルレイ。うちらが差別するように、人間達にも差別をする権利はある。お互い様っちゅー事どす」

「……ちっ」


 ルレイちゃんはサリアさんに諭され、舌打ちをしておじさんから視線を逸らした。

 その寛容さを、最初出会ったばかりの私達にも分けてほしかったな。私達は訳の分からない諺のせいで屈服させられてしまった訳で。


「で、どうだったんだい。魔物はいたのかい」

「いいや、近くには何もいなかったぜ。死体ならいくつかあったけど、それだけだ。気配も何にもねぇ」


 そう答えたのは、ウォーレンだ。死体はたぶん、私とリズが倒した物の事だろう。


「……サリアの言う通り、魔物どもはサリア達を避けているようだね。リズリーシャは町に踏み入れてしばらくしたら、魔物の群れに包囲されたと言っていたよね」

「はい。それから、見た事のないタイプの災厄の欠片とも遭遇しました」

「そいつは、デカくて黒い剣を振り回す奴だったか!?」

「は、はい」


 ルレイちゃんが、リズからもたらされた情報に興奮した様子で食いついた。


 あの災厄の欠片は、とても厄介だった。倒すのは無理そうだという事で、2人で囮になって逃げようと決め込んだ。

 けど途中で向こうから逃げ出してくれたので、助かったんだっけ。その直後に空からルレイちゃんが降って来た。


 ああ。それはサリアさんとルレイちゃんの2人を、魔物達が避けているからだったのか。たった今村長さんからもたらされた情報のおかげで、合点がいった。


「とても強力な力を持つ災厄の欠片でした。倒す方法も分からず、シズと逃げようと画策していたのですが……」

「オレがお前らの所に現れる少し前に、唐突に逃げ出した。だろう?」

「その通りです。どうして魔物達は、サリアさんやルレイさんを避けているのですか?」

「はっ。人間のおっさんと、同じだ。奴らエルフを差別してるのさ。エルフが近づいただけで一目散に逃げていく」

「オレは逃げねぇぞ!」

「よーし、じゃあかかってこいやぁ!ぜってぇに逃げるんじゃねぇぞ!」


 おじさんの、人間以外の種族に対する差別意識が、ルレイちゃんとの摩擦を生んでしまっている。ルレイちゃんもルレイちゃんで喧嘩腰なのがたたって、2人の相性を最悪にしてしまっているようだ。

 2人の睨み合いが始まり、今にも本当にバトルが始まってしまいそう。


「エルフを避ける魔物なんて、聞いたことがありません。一体どうして……」


 バトルが始まってしまいそうだというのに、リズはそちらを気にもしていない。子供同士の喧嘩のような物なので、放っておいてもいいという事だろうか。


「それが分からへんのや。おかげでこの町を魔物どもから解放するっちゅー目標が、かなり遅れてしもてる」

「他のメンバーはどうしたんだい。エルフがダメだっていうなら、そいつらにやらせればいいだろう」

「皆には他の場所の災厄の欠片に対処してもろとるんや。ここが最終的な集合地点やからその内来るやろうけど……出来ればその前に退治しておきたい所どすな。リーダーとしてのメンツが保てへんし」

「……」

「……」


 サリアさんが困ったと言いながら、その視線を村長さんや、私やリズにへと向けて来た。


 エルフが避けられてしまうというのなら、エルフ以外の人で対処すればいい。サリアさんの目は、そう訴えている。


「ふ。いいだろう。アタシ達も協力してやる」

「本当どすか!?いやぁ、助かりますわ。ウプラの協力が得られれば、百人力以上の戦力になりますえ」

「バカ言ってんじゃないよ。アタシは見ての通り、もう老いてる。やるのはこの子達だ」


 村長さんが指名したのは、言うまでもなく私とリズだ。私達はやると言っていないのに、勝手にそう言い放ってしまった。


「この子達に?まぁ実力的には適わない相手ではないやろけど……」

「それともし倒したら、言う事をなんでも一つきいてもらう。それで手をうとう」

「ええどすよ。もし倒せたら、な」

「決まりだね」


 村長さんとサリアさんは、私達の前でそんな約束を交わしてニヤリと笑い合う。

 一方で私とリズは、目の前で勝手に約束をされて戸惑うしかない。私達にあの化け物を倒す術があるというなら別だけど、現状アレを倒す手段がないので不安しかないんだよ。


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