止められない
「何を言って──!」
間髪入れずに、リズが私にくいかかろうとしてきた。でもいつの間にか後方に回り込んでいた着物の女性が、リズの口を塞いでもう方の方手で拘束した上で私から引き離してしまう。
「リズ……!」
「……」
手を伸ばして追いかけようとするも、着物の女性が私に向かって手を向けて制止して来た。
その鋭い目で、動いたらリズを殺すという脅し文句が聞こえてくる。なので私は、止まった。
そして悔しくて、唇を噛み締める。
「あんさんは、この人間が大切なんどすか?確かに人間にしては美人さんやけど、所詮は人間どすよ?命を懸けて守るような物どすか?」
「ん……んん……!」
着物の女性が、リズの身体を自らの身体に密着させ、嘗め回すような視線をリズに送っている。リズは抜け出そうともがいているけど、ビクともしていない。されるがままで、それが怖い。だって今、リズの命は着物の女性に握られているのだから。
「おい、サリアばーちゃん……」
「あんさんは黙っておきなはれ」
「……はいはい」
エルフの少女は何か言おうとしたけど、睨まれて肩をすくめ、引き下がってしまった。
もしかしたら止めてくれるのかと思ったけど、その希望は一瞬にして砕かれてしまったのだった。
「本来であれば交渉する余地などない所どすが……どうやらルレイが世話んなったようやから、特別にきいてあげまひょ」
着物の女性が、着物の中から剣を取り出した。一体どこに武器をしまいこんでいるのだろう。そんな質問をとばす余裕もなく、着物の女性は私に向かってその剣を投げ捨てた。
くるくると回転する剣が、こちらに向かって飛んでくる。私はその剣の回転を見極めて、手でキャッチして受け止めた。
「その剣で、自らその首を落としなはれ。そしたら、この人間の娘の命は救ってあげまひょ」
「──ダメです、シズ!そんな事をする必要はありません!」
剣を取り出すため、一時的にリズの口元から手が外された。リズが必死な様子で私に訴えかけてきて、同時にその拘束を解こうともがくも、圧倒的な力によって脱出できずにいる。
「別にええやろ。あの子が自ら首を落とせば、あんさんは助かるんやで?うちに殺されずにすむんや。早く、その剣を使って自分の首を落としてって、そう願ったらどうや?」
「くっ……!」
「リズ……!」
リズの首が着物の女性に掴まれて、リズが苦し気な表情を浮かべた。
でもリズは、そんな脅しに屈したりなんかしない。強い目で首を掴む着物の女性を睨みつけ、一層強く暴れ出す。
「誰かの犠牲の上になりたつ命など、私はいりません!」
そしてそう言い放つも、着物の女性はそこで再びリズの口を塞いでしまった。
リズは、自分のために誰かが傷つくことを嫌う。前に私が履いていた靴を渡そうとした時も、彼女は私の足が傷つくのが嫌だと言って、断った。
そんなリズだからこそ、私は生きてほしい。死んでほしくない。だから、迷いなく自分の首に剣をあてがう。
「んん!んー!」
「や、約束、です」
「……」
着物の女性は、力強く頷いた。約束してくれるというなら、その約束を信じるだけだ。私は女性を信じ、剣を握る手に力をいれる。
怖いけど、でもリズのためなら不思議と勇気が湧いて出てくる。いや、それとも私自身が、例え首が落ちたとしても生きていられるという確信があるからだろうか。さすがに首が落ちた事はないけど……でもきっと、大丈夫だろう。
迷いはない。私は剣を握る手に一層力をこめ、剣が私の首にめり込んだ。
「そこまででよろしいどす」
「え──?」
突如として、着物女性が私の行動を制する言葉を発してきた。だけど私の手は止まらない。迷うことなく首を落とすつもりだったので、今更止められたって止められない。
私の首にめり込んだ剣は、私の首に深く斬りこまれた。どれくらいめり込んだだろう。想像もしたくないけど、事実として私の首は赤子のようにすわらなくなり、そしてグラリと視線が落ちた。
「ばっかやろおおぉぉ!何で止めたのに止まらねぇんだよ!」
エルフの少女の怒鳴り声が、どこか遠くから聞こえてくる。でも私はその声に反論する事も出来ないまま、地面に落ちた。
視界は、どんどん遠くなっていく。遠い視線に、真っ赤な血が見えた。あの血はたぶん、私の血だ。たくさんの血は、私の死を意味している。
目が覚めると、かつてと同じように私はリズに顔を覗き込まれていた。しかも、頭なでなでのオプションつきだ。後頭部に感覚を集中させれば、柔らかなリズの太腿の感触がある。
「えへへ」
目が覚めて一番に、私は笑った。
だって、こんな天国のような目覚めは他にないでしょ。
「……」
でもリズの瞳から涙が零れて私の顔に注いだのを見て、その笑いはどこかへ吹き飛んだ。
「り、リズ?どうして……」
「どうして?どうして泣いてるか、ですか?当然ですよね。私の目の前で自分の首を斬るなんて、本当に信じられません。しかも、私の命と引き換えにだなんて、どうかしています……!」
リズは、泣きながら怒っていた。その怒りの矛先は私に向いているのに、頭は優しく撫で続けられている。
私はなんとなく、自分の不死を確信していた。だから迷いなく自分の首を切り落とす事が出来た。理由はたぶんそれだけではないだろうけど、どうせ生き返るという考えがあっての行動だ。試したことはないので、確信はなかったけど。
一方でリズは、私の黒王族の力から、不死という力は消え去ったと考えていた。だから本気で私の事を心配し、泣いて、怒ってくれている。
不謹慎かもだけど、なんだか心が温まる。
「わ、私、どうやら不死の力を持っているみたい、です。だから、だ、大丈夫です。死にません」
「不死だから傷ついていいという事にもなりません。私は、私のためにシズが傷つくのが嫌なんです!」
「……」
リズに、怒鳴りつけられてしまった。
こういう時、普通の人はどうするのだろうか。誰かと喧嘩をするという機会がなかったので、戸惑ってしまう。
いや、そもそもコレは喧嘩なのだろうか。ちょっと違う気がする。
「……謝って。そしてもう二度と、こんなバカな事はしないと約束してください!」
「……ごめんなさい」
謝罪の言葉を口にすると、リズは少し顔を緩ませてくれた。
でも私は謝罪の言葉は口にしたものの、心に決めた事がある。やっぱりこの子は、私の命に代えても守ろう。
あまりにも可愛くて、聖人のように優しいリズは死ぬべきではない。いくらリズが自分のために傷つかないで訴えて来ても、私はこの子を守りたい。例えどのような目に合おうとも。
「と、ところで、リズ……!」
「はい?」
「わ、私、どっちが再生、しましたか?」
「どっち?」
「く、首から胴体がはえたのか、それとも胴体から首がはえたのか……」
「あ、あぁ。えっと、首の皮一枚で繋がっていたので、シズならもしかしたらくっつけたら治るかなと思って、私がくっつけていたら繋がりました」
「そう、ですか……」
もし全部離れ、誰もくっつけてくれなかったら一体どっちから生えるんだろう。それともさすがにそのパターンだと再生しないとかもあるのだろうか。気になる。
けど試すにはさすがに勇気がいりすぎる。先ほどはリズのためだと思って躊躇なくできたけど、通常の状態で気軽に出来るような事ではない。剣が自分の首に入って来て、離れていく感触を思い出すと背筋がゾッとする。よくあんな事が出来たものだと、自分で自分を褒めてあげたい。
「……本当に、復活しやがったのか」
声がした方を見ると、エルフの少女があぐらをかいて地面に座っていた。
相変わらず、露出の激しい服装だ。
この子がこうして私の復活まで待ってくれていて、しかもリズも無事ということは、約束通りリズには手を出さないでくれているようだ。
「その人間の話通り、本当に黒王族って訳だ。しかも、不死の力を持ってる。どうりでオレが手も足も出なかったわけだぜ」
自分が私に敗北したという話をしている割に、エルフの少女は楽しげだ。その目は輝いていて、まるで少年のよう。
私はそういう目が苦手である。幼い少年の、好奇心にまみれた輝く瞳。憧れのスポーツ選手に向けられる目にも似ている。まさかそんな目が自分に向けられる日が来るなんて思ってもいなかった。
そう見られる原因は、リズが私が黒王族だという事を彼女に話したからだ。いいのだろうか、そんなに簡単にバラしても。いや、バラさなくても首皮一枚から生き返るシーンを見られたら、色々疑われても仕方ない。誤魔化せる感じもしないので、素直に告白する事にしたのかもしれない。
そして不死の力を失ったはずの黒王族が、目の前で復活してみせた。もう何も隠せない。
「目が覚めたようどすなぁ」
この優し気で、どこか不気味に聞こえる声を聞いた瞬間、私は反射的にリズの膝から飛び起きた。そして声の主の方を見て警戒してしまう。
警戒して睨みつけると、着物の女性はちょっとだけ困ったように笑う。その姿を見て、私に首を切り落とさせた先程までの女性の印象とは、ちょっと違うなと思った。
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