助ける方法
空から降って来た女の子が、手にした矢から手を離した。するとその矢は私に向かって真っすぐに飛んできて、私の顔面を突き刺そうとする。
いや、少しズレていたかもしれない。でも反射的に手で掴んで止めた。
「はっ。やるじゃねぇーかぁ!」
そんな私の行動に、空から降って来た女の子が笑って喜んでいる。そして褒められた。
「し、シズ、落ち着いてください!彼女の耳を見て!」
リズに指摘されてよく見てみると、彼女の耳の先が尖っている。
そういえば、ガランド・ムーンのリーダーはエルフだと、村長さんがそう言っていたっけ。そしてエルフと言えば、金色の髪に尖った耳が特徴というのが定番だ。彼女はその特徴と一致する。つまりエルフという事だ。
しかしエルフといえば、もっとおしとやかで上品そうなイメージなんだけど……見た目はイメージ通りだけど、性格がイメージとかけ離れている。
「……エルフ?」
「その通りです」
「オレがエルフだから、どうしたってんだ?人間、てめぇはしゃしゃり出てこねぇで、黙ってな。さもねぇと……殺すぞ?」
エルフの少女は更に鋭い目つきでリズを睨みつけ、殺気を放った。
彼女の風貌や乱暴な口調からか、道端のヤンキーに睨まれたみたいだ。いや、それよりも遥かに迫力はあり、確かな殺気も感じる事が出来る。
「と、とにかく、落ち着いて──」
「っ!」
エルフの少女が、事態を収束させようとするリズに向かって矢を放った。
その矢は当然、リズに当たる前に私が受け止めて、地面に捨てる。
その行動に、私は完全に頭に来てしまった。今彼女は、私ではなくリズを狙いやがった。許せない。許せない、許せない。
「リズは、ここにいて」
「し、シズ?どうするつもりですか!?」
「……」
私はリズを手で制し、その場から動かないようにと指示を出すと、エルフの少女を睨みつける。
「へへ……」
するとエルフの少女は楽しそうに笑った。更には手招きして、かかってくるようにと挑発までしてくる。
その挑発にのるように、私はエルフの少女に向かって速足で歩き出す。歩き出した私に向かい、エルフの少女が弓を構えた。
すると手にしたその矢に光が収束した。矢は緑色の光と共に風をまとい、その矢を手から離すと私に向かって一直線に、風をまとった矢が飛んでくる。
今度は、先程のようにただの矢ではない。手で受け止めるのは難しそうなので、私は矢に向かって拳を突き出した。
私の拳と矢がぶつかったその瞬間、突風が巻き起こった。でも私に被害はない。ちょっと拳が傷ついたけど……それくらいで、大した事はない。
「素手で、オレの矢を吹き飛ばしやがった……!信じらんねぇ!」
エルフの少女は、私の行動にいちいち喜んだ反応を示す。
でも、私は怒っているのだ。リズに対しての無礼は、許せない。だから私は睨みつけながら駆け出し、エルフの少女との間を一気につめた。
一気に接近してきた私に対し、エルフの少女は短剣を抜いて私に向かって突き出す。すると、もの凄い突風が起きた。その風はエルフの少女の短剣から発生しており、風は接近しようとした私を吹き飛ばす程の威力を持っている。踏ん張り切れずに、私は後方に飛ばされてしまった。
吹き飛ばされ地面を転がる私に向かって、矢が飛んできた。それは風をまとった矢で、どうにか回避する事は出来たけど近くに突き刺さり、すると私は巻き起こった風によって再び吹き飛ばされてしまう。
しかもその風はただの風ではなく、巻き込まれた私の肌に傷が出来た。先程も風によって拳が傷つけられたけど、かまいたちのような現象だろうか。
でも、気にすることもない。どうせこんな傷はすぐに治るのだから。
私はすぐに立ち上がると、エルフの少女に向かって駆け出した。エルフの少女が、再び私に向かって短剣を突き出してくる。でも私は素早く横に回避行動をとり、回り込むようにしてエルフの少女に向かう。
私の行動を察していたのか、エルフの少女が回避行動をとった先の私に向かい、再び短剣を突き出してきた。けど私は足で思い切り踏ん張り、元の正面からの軌道に戻って再び回避してみせた。その先でも思い切り地面を踏ん張って蹴り出すと、エルフの少女に向かって低空でジャンプをするような状況になり、真っすぐに、素早く間が詰める事になる。
「っ!?」
エルフの少女が慌てて構えようとするも、もう短剣で風をおこすような時間はない。
私は真っすぐにエルフの少女を睨みつけながら、そして拳を構えた。
「──我が友を包み込む、希望の光。今こそ具現化し、我が友を守る壁となりたまえ。聖なる光、シャインクロス」
エルフの少女に向かって突き出した私の拳が、突如として出現した光にぶつかった。その光は私の拳とぶつかるとすぐに砕けて消滅してしまったのだけど、その意味を察した私はエルフの少女を殴り飛ばす直前で、拳をとめた。
「……はっ、はは」
エルフの少女は私の拳を眼前に眺めてから、乾いた笑いを浮かべながら腰を抜かして座り込んでしまう。
いくら可愛くても、リズに喧嘩を売るのは許せない。
でも今私は、何をしようとしていた?もしかして、本気でこのエルフの少女を殺そうとしていた?こなに可愛い女の子を?自分がとろうとしていた行動が、いまいち信じられない。
もしリズが止めてくれなかったら……今頃このエルフの少女は、原型を留めていなかっただろう。
「シズ!エルフの貴女も!双方落ち着いてください!」
そこへ、リズが私とエルフの少女の間に入って距離を取らせた。
先程私の目の前に出現した光の壁は、リズが発動させた物だ。私にこのエルフの少女を殺させないために、割って入ったのだ。壁は脆かったけど、理性を取り戻す事が出来たのでおかげで殺さずに済んだ。
「しゃしゃり出てくんなっつっただろうが、人間。……でもまぁ、助かったぜ。危うく殺される所だったからなぁ」
一瞬再びリズに喧嘩を売ろうとしたエルフ少女だけど、すぐにその矛を収めてお礼を言った。
そして地面に寝転んでしまう。どうやら、完全に敵意はなくなったようだ。でも私としてはまだちょっとスッキリしない。だって先程、リズに向かって矢を飛ばしてきたし。
「──おやおやぁ。おかしいどすなぁ。異変を嗅ぎつけて先行したはずのルレイが、どうして人間と……?喧嘩していたのか、理由を聞かせてもらいまひょか」
激しい戦闘が行われた後にしては、おっとりすぎる声が響いた。そしてその口調は京都弁で、でもどこかエセっぽい。
声の持ち主を探して振り返ると、そこにはとびきりの美女がいた。金髪の、美しい髪の毛を頭の後ろで結い、その結った髪には美しいかんざしが刺さっている。更にその服装は赤地の着物姿で、金色の刺繍で木の模様が描かれている。あまりにも場違いで、美しすぎる着物。更にはその着物を着込んでいる女性も美しく、スタイルも良い。手足が長く、胸は大きく顔も鼻が高くて睫毛が凄く長い。勿論リズも美人さんだけど、この人はそれとは別のタイプの美人さんで、色香に溢れている。
その人もまた、エルフの少女と同じように耳が長くて尖っている。
私はその人を見た瞬間、反射的にリズを庇って後ずさりをした。
この人は、何かがヤバイ。何かは分からないけど、とにかくヤバイ。
「サリアばーちゃん……」
「──ばーちゃんは、よしなはれ」
「っ!?」
驚いた。私達と離れた所にいたはずの着物の女性が、いつの間にか寝転んでいるエルフの少女の隣に立っていた。
今、一瞬着物の女性が影の中に消えた気がする。その姿が揺らぎ、かと思えば素早く移動していた。原理は分からないけど、とにかく驚いた。そしてやっぱり、この人は何かヤバイ。
「災厄の欠片を探しに来たら、コイツ達がいたんだよ。で、なんかよく分からねぇうちに戦闘になった」
「そうどすか。説明おおきに。それじゃあとりあえず、死んでおきまひょか」
次の瞬間、何がおきたか分からないままに私の身体が宙に浮かんだ。ぐるぐると回り、そして近くの廃墟に激突する。痛みは遅れてやってきた。私は顔面を殴られ、そして吹き飛ばされてしまったのだ。
それでもすぐに立ち上がると、リズが心配で私が先程までいた場所を見る。するとそこでは杖を構えるリズがいて、その前に着物の女性が立っている。
「やめてください!私達は貴女と敵対するつもりはありません!」
「敵対するつもりが、ない?人間はんは面白い事を言いますなぁ」
笑いながらも、着物の女性の目つきが鋭くなった。
私は急いで駆け出すと、リズの前に立つ。
そして女性が繰り出した見えない何かを、両腕で受け止めた。もの凄い力が、腕に加わってくる。どうにか受け止めるも、しかし私の腕が耐え切れずに骨が砕ける音がした。
「っ……!」
痛みに悲鳴をあげそうになるも、悲鳴を押さえてどうにかしてその見えない何かを押し返す事に成功した。けど、両腕がボロボロだ。たったの一撃で、こんな風になってしまった。先ほど私が顔面を殴られたのも、たぶんコレによるものだ。
「シズ……!」
リズが心配して私の身体にくっついて身体を支えてくれるものの、そんな事をしている場合ではない。
今私達は、絶対なる強者の前にいる。このままではいとも簡単に殺されてしまう。
リズに攻撃されて暴走気味だった先程とは違い、今はとても冷静だ。冷静でいなければ、リズが殺されてしまうから。
「うちの一撃を防ぐとは、驚きどすなぁ。でもその腕じゃあもう戦えへんのとちゃいますか?」
その通りだ。傷はすぐに治るだろうけど、そもそもこの人とは実力差がありすぎる。腕がなんともなくとも、何にもならない。
私は頭をフル回転させる。この状況で、リズだけでも助ける方法を模索し、必死に考えて考えて、考え抜く。そして一つの結論に辿り着いた。
「──……私なら、殺してもいい、です。だから、リズは……この人にだけは、手を出さないでください」
これが、私が至った結論だ。私の頭では、コレが精いっぱいの思いつきだった。