二人で囮
災厄の欠片は、手にした剣を使って私達に襲い掛かってくる。音もなく振られる剣は、触れた物を飲み込み消滅させるけど、大した音をおこさないのが不気味すぎる。
あと、その剣を振るう動きが速いのも気持ちが悪い。その巨体に見合わない動きは、コレが生物としての法則を無視した存在だという事が伺える。
次々と魔物を生み出すし、それでいて動きも法則を無視するとか反則だ。
災厄の欠片は、相変わらずたまに魔物を産み落とす。だけど辺りは氷で覆われていて、魔物達はあまり上手く動く事は出来ない。災厄の欠片に邪魔だと判断された魔物は災厄の欠片に食べられるか、剣で薙ぎ払われ、そしてまた災厄の欠片の体内から生まれ落ちる。
そんなおかしなサイクルが出来上がっている。
「はぁ、はぁ……」
災厄の欠片の攻撃は、よく分からないけど触れたらダメだ。それは何かで防いだり、壁の向こうに隠れても無駄だ。隠れた所で、壁や防いだ物ごと消し去られて終わる。
だから、全てを避ける必要がある。私はリズを抱いたまま、素早い動きで繰り出される災厄の欠片の剣を避け続けているので、少し息があがってきた。
以前災厄の欠片を倒した時は、簡単だった。前のはあまり大きくなかったので、拳を思い切り突き出して衝撃波を作り出し、それで全身を吹き飛ばしてから核となる赤い物体を見つける事ができたから。でも今私の前にいる災厄の欠片は、大きい。一撃でその全身を吹き飛ばす事は出来そうにない。
攻撃をしかけて身体の一部を消し去っても、すぐに再生されて剣が降り注ぐので、中々に厄介だ。
「──氷の剣よ。我が敵を打ち滅ぼせ。イェールキリング!」
私が抱いているリズが、杖を構えて魔法を放った。杖の先端の藍色の宝石から、光り輝く紋章が出現してそこから氷の剣が複数出現。一斉に災厄の欠片へと向かって放たれ、災厄の欠片が手にしている剣に命中した。
氷の剣が命中しても、災厄の欠片が手にしている剣は逆にリズの魔法を飲み込み、何事もなかったかのようにこちらに向かってくる。
「……シズ。正直言って、コレを倒すのはかなり厳しいかと思います」
私もその意見に賛成だ。身体はすぐに再生するし、速いし、物理も魔法も効かないなんて、こんなの反則で倒しようがない。
オマケに先程リズが作った氷の道が、少しずつ崩れ始めている。私達を追って、鉱石の魔物がうじゃうじゃと集まってこちらに向かってきている。災厄の欠片を相手しながら、あんな多くの魔物を相手にするのは不可能だ。
逃げるべきだというのは、分かっている。けど逃げられないのが現状であり、かなり追い込まれて来てしまった。
「──……」
やはり、逃がしてくれそうにはない。災厄の欠片のもう片方の手にも、剣が出現した。更には背中からも手が2本生えてきて、4本腕の姿となる。出現した手にももれなく剣が出現して、4刀流となった。
直後に、その4つの剣が私達に向かって振られた。4つの剣がXの字を描くように、一斉に襲い掛かり、しかもその全ての動きが速いと来たもんだ。
私は腕に抱いているリズをお姫様抱っこの態勢に変えると、飛び退いてその剣を回避。しかし飛び退いた私に災厄の欠片が更に迫り、剣を振ってくる。
慌てた私はリズを上方向に放り投げ、自らは頭を低くする事によってその剣を回避。回避し終えると私とリズに向かって残った剣が襲い掛かって来るので、素早くジャンプして放り投げたリズを回収すると、そのまま災厄の欠片を見下ろす格好となる。
災厄の欠片が、上空にいる私とリズを向いた。そしてゆっくりと剣を構える。
上空にいる私に、それを避ける手段がない事がバレているかのような、余裕の行動だ。
実際私に次来る攻撃を避ける手段はない。
「──大地よ。我が呼びかけに応え、今こそ隆起せよ。フロアスーン!」
私の下方の土が、突然盛り上がって私に向かってきた。そして私に足場を作ってくれて、それで自由が利くようになった。
リズの魔法によってもたらされたその土のおかげで、災厄の欠片の攻撃を避ける方法が出来た。
私は土を蹴り上げると、再びXの字を描くように襲い来た4本の剣の攻撃を回避する事に成功。リズが作った氷の道の上に着地し、どうにか一連の攻撃を防ぐことが出来た。
でも、状況は何も変わっていない。
「……恐らくアレが、この町、ラーデシュ帝国を滅ぼした元凶なのでしょうね」
そういえば、この町には何か特殊な魔物がいるとかどうとか言っていたっけ。それは魔物ではなく災厄の欠片で、今私達が対峙しているアレの事を指していたのか。
だとしたら、合点がいく。あんなのに襲われたら、そりゃあ国も亡ぶ。だって、倒す方法が全く分からい上に、鉱石の魔物を生みまくるのだから。
「──……」
「シズは何か、アレを倒す方法が思い浮かんだりしますか?」
「な、何も、思いつきません。何をしても効いていないようだし、核がどこにあるのかも分かり、ません。核の場所さえ分かれば、まだなんとかなる、かもだけど……」
それが分からないから、困っている。
「ですよね。倒す方法が分からなくて、逃げる方法もない……。かなりピンチな気がします」
「わ、私が囮になるので、リズだけ、でも……」
「却下です。囮になるなら私がなります」
「わ、私は黒王族で、傷もすぐに再生する、から……!り、リズが囮なんて、そんなの、ダメです」
「シズが囮の方がダメです」
「り、リズの方がダメですっ!」
こんな事態だというのに、リズと面と向かっての言い合いが始まってしまった。
普通に考えれば、どんな傷を受けても治ってしまう私が囮を務めるべきだ。リズは人なのだから、傷を受けたら普通に死んでしまう軟な存在なのだから。だからここは私に任せてほしい。
だから私は、大きな声でリズに訴えた。この世界に来てから、一番大きな声を出した気がする。
「……ふふ。分かりました。なら、二人で囮を務めましょう」
リズが折れて、そんな提案をして来た。
2人で囮とか、よく分からない。よく分からないのだけど、何故か名案のように聞こえてしまう。
結局のところ、私達は一緒にいる事になった。前に約束した通りである。どんなピンチでも、それは変わらないようだ。
「──……」
と、その時だった。災厄の欠片の首が、私達ではなく空を向く。
それから慌てた様子で氷の道の脇道へと走って行き、その姿を消した。他の、鉱石の魔物達も同様に姿を消してしまった。辺りは溶けかけの氷の道と、私とリズだけとなる。
「何が起こったのでしょう……」
必死に逃げ道を探しても見つからず、包囲され、追い詰められていた私達は、唐突にピンチから脱する事が出来た。災厄の欠片が、何を考えて私達から離れて行ったのかが全く分からない。
1つだけ言える事は、私達は助かったという事だ。
「……はぁ」
その事実を前にして、リズがため息を吐いた。安堵のため息だ。
「──ぬおらぁあああぁぁぁぁ!」
しかし息を整える間もなく、次の問題は向こうからやって来た。
それは叫びながら空から降って来て、私達のすぐ傍に着地。氷の道を破壊し、大きな音と土煙をたて、周囲を威嚇するかのように手に持った武器を振るう。その武器を振るうと、強風が巻き起きて土煙を一瞬にして飛ばした。
降って来たのは、人だ。金髪の、美しい髪を風に翻し、素早く周囲を見渡して手にした短剣を向ける。一瞬その切っ先がこちらにも向いたけど、すぐに別方向に向けられて何か別の物を探している様子が伺える。
降って来たのは女の子なんだけど、その目つきが鋭すぎてちょっと怖い。眉間にシワが寄っていて、たぶん何かに怒っているんじゃないかと思う。でも、髪の毛は美しい。本当にどうしたらそうなるのってくらいサラサラで、売り物に出来そうなレベルだ。顔の横で鮮やかな青色の紐で小さめに髪の毛が結われていて、それがワンポイントになっていて可愛い。
あと、露出が激しい。短パンで太腿は大きく露出しており、上なんてただのビキニだ。ビキニと言っても、胸は私以上に小さく子供のようで、その色香は少ない。でも私としては小さくても歓迎なので、ちょっと興奮する。
よく言えば、スレンダーだ。体格的には私に近い。けどそれ以上に引き締まった身体が眩しくて、とても美しい女の子である。背も私よりも高くて足が長い。
「魔族と、人間?……ぺっ。気に入らねぇ。今更ここに、人間が何の用だ?」
周囲に私たち以外誰もいない事を確認してから、彼女は短剣を腰につけた鞘に納めた。
彼女の武器は短剣だけではなくて、肩に弓をかけ、腰の後ろには矢が入った矢筒を装着している。
それにしても、今リズを見て唾を吐いたよね。私にはその行動の方が気に入らない。いくら可愛くても、許せない事はある。
「ああぁん?てめぇ今ガンくれやがったな?」
無意識に睨みつけていた。すると、めちゃくちゃ怖い目で睨まれてしまった。
けど、私は引かない。リズに対しての態度が、気に入らないから。
すると、彼女は肩にかけた弓を手にし、矢筒から矢を抜いて私にその先端を向けて構えて来た。
「ま、待ってください!私達は──」
「売られた喧嘩は買う主義なんだよ、オレは!」
「……」
先に喧嘩を売って来たのは、彼女の方だ。勝手な事を言う彼女が気に入らなくて、私は益々強く彼女を睨みつける。
ふと思ったけど、こんなの私らしくない。普段私は睨まれたくらいで怒らないし、無駄な衝突は避け、地味におとなしく生きてきたはず。でも今はそんな自分とは違い、自ら進んで衝突しにいっている。それは自分ではなく、リズが睨まれ唾を吐かれたというのが気に入らないから。
自分にされても怒らないのに、一緒にいるリズがされた事に対して怒るなんて、どうしてしまったんだろう。
でも正直、まさか本当に撃たれるとは思っていなかった。