黒い斬撃
「──気を付けてください!上からも来ます!」
リズから警告を受け、私は正面から襲い掛かって来た四つ足の魔物を蹴り飛ばして撃退した。
四つ足の魔物は、全身が硬い鉱石のような黒い魔物だ。動く鉱石のような魔物で、触った感触は鉄のよう。手足の先端は尖っていて、その尖った手足で歩いたり、攻撃をしてきたりする。
大きさは私二人分くらい。さほど大きくはないけれど、その分数が多くてそこら中から湧いて出てくる。
そんな鉱石のように硬い魔物も、私の蹴りによって呆気なく砕かれる。正面の魔物を砕いてリズが警告してくれた上を見ると、空から同じ鉱石の魔物が降って来た。こちらに尖った手足を向けており、私を串刺しにするつもりだ。
向かい来る尖った手足に向かい、私は拳を突き上げた。
私の拳により、硬いはずの魔物の手足が砕け散った。そして魔物の本体も私の拳によって飲み込まれ、砕け散る。
「倒しても倒しても、キリがありません……!シズ、一旦引きましょう!」
「ひ、引くと言っても……」
私とリズの周囲は、魔物だらけだ。倒しても倒しても廃墟の中や地下から、湧いて出てくる。それこそまるで、ゴキブリのように。
逃げ場はどこにもない。
少し不用意に町の奥へ入り込みすぎたのかもしれない。
実は、調子に乗ってリズを抱いたまま建物から建物へと飛び移り、相当奥の方へと入り込んでしまったのだ。町の中心にある塔にも、だいぶ近づいている。
気づいた時にはもう遅くて、町の奥深くへと入り込んだ私達の周囲は魔物だらけとなっており、もう逃げられるような状況ではなくなっていた。
「大丈夫。私の魔法で道を切り開きます!シズは時間稼ぎを!」
「は、はい」
リズに何か考えがあるようだ。ならば指示された通り、時間を稼いであげよう。
「──白き世界。そこは氷の精霊が支配する王国。大地は凍り、空気までもが凍る。全ての生物は熱を奪われ、その寒さに凍える事となる」
リズが詠唱を始めると、暖かな空気が通ってリズの杖に集まっていくのを感じた。でもすぐに暖から寒へと移り変わり、私達を取り巻く空気の温度がどんどん下がっていく。
周囲の魔物も異変を感じ取ったのか、一斉に私達へと向かって襲い掛かって来た。
でも私が襲い来る一体の魔物を掴み取ると、その魔物を振り回して他の魔物を殴り飛ばし、最後に武器として扱っていた魔物に膝蹴りを食らわして砕き、思い切り遠くへと蹴り飛ばす。
当然、リズは無事だ。
「──凍える大地は生をも奪う。氷の精霊が支配する王国に、生ある者はいない。何もかもが熱を奪われ、やがて凍り付く。気を付けろ。白き世界は残酷で、慈悲もない。ジークフォルジャー!」
リズが詠唱を完了させると、杖を突き出してその先から前が一瞬にして凍り付いた。町が突如として出現した氷に飲み込まれ、そこにいた魔物達までもが凍り付く。
反対側は凍っていないのに、真正面だけが真冬だ。真冬どころじゃない。もうコレは、南極だ。いや、北極だ。どっちでもいいか。
「今です!正面から逃げましょう!」
そう言ってリズが駆け出して、私も駆け出す。
「わっ……!」
最初、駆け出して氷の上に乗り、滑って転びそうになった。でもなんとかバランスを取り戻し、若干滑るようにしてリズの後を追う。追いつくと、リズと手を繋いで互いに支え合うような感じにすると、安定して走る事が出来るようになった。
『キィキィ!』
後ろから魔物が追って来ようとしているけど、彼らに氷の道は厳しそうだ。だって、手足の先が尖っているから。氷の上で滑って壁に突っ込んだり、立ち上がる事が出来ずにその場でうずくまっている個体もいる。
そんな私達の行く先に、魔物が立ち往生して道を塞いでいる。一匹ならどうとでもなるので、私は拳を構えて魔物を倒し、進む準備をした。
のだけど、魔物はどうにか立ち上がると、予想外の行動に出た。私達に攻撃をせずに、必死な様子でジャンプして逃げ出したのだ。
「魔物が、逃げた……?」
そんな魔物の行動を前にして、リズが首を傾げる。
私も違和感はある。だって、これまで遭遇した魔物が、戦わずに逃げるなんて事一度もなかったから。
「……何はともあれ、作戦大成功ですね!」
気にはなるけど、引きずる程の事ではない。
リズは笑顔で作戦が上手くいった事を喜び、笑顔を見せてくれた。はい、可愛い。
「き、気を付けて、ください。転んだら、危ないです」
「分かってますよー。シズったら心配しすぎ──」
と言いつつ、リズが足を滑らせて転びそうになった。けど私達は手を繋いでいるので、引っ張ってあげる事によってバランスを取り戻し、転ばずに済む。
そしてお互いの身体が密着する事になる。
「す、すみません、言った傍から……」
「だ、大丈夫、です。転ばなくて、よかった、です」
などと呑気な事を言っているけど、周囲には魔物がいる。今はイチャイチャしている場合ではないので、すぐに走り出して魔物達との距離をとる事にした。
「っ!?」
その時、目の端に何かがうつった。黒い何かが迫り来て、私とリズを飲み込もうとする何かに気づいた私は、リズを抱いて地を蹴り、前方に飛び上がった。
直後に私達がいた所が横一線に破壊される。音もなく、ただ静かに氷と大地を飲み込んだ黒い何かは、もう既に消えている。
「な、なんですか、今の……!?」
分からないけど、何かに襲われたのは確かだ。私はリズを庇うようにして構えながら、何かを繰り出してきた者がいると思われる、氷で出来た道の端を睨みつける。
そこから、異様な気配を感じた。すると建物の影から黒い手が伸びて、建物を掴んだ。
その手は、人の手の形をしている。だけど人の手というには大きく、真っ黒で、あくまで形をしているだけで人の手ではない。
続いて、その手がはえている本体が姿を現わした。これまた人の顔のような物がついている、真っ黒な物体だ。ただその顔に目や鼻や口はない。のっぺらぼうだ。顔から下も、首があり、胴体があって足がある。首は少し長めで、背中はまがってほぼ4足歩行。手足も長く、建物を掴んだ手とは反対の手に、黒い剣のような物を握りしめている。
大きさは、ゴリラの魔物くらいはある。ゆうに3メートルは超えている。
「災厄の欠片!?いえ、でもこんなタイプは見た事が……!」
そうだ。コレは災厄の欠片だ。魔物を生み出す、影のような化け物。私はそれを見て、倒した事がある。
だけど私が倒した事のある災厄の欠片は、小さな子供のような影だった。今私達の前に姿を現わした災厄の欠片は、それとは似ても似つかない。
リズも見た事もないようで驚きの声を上げている。
「──……」
こちらを向いた災厄の欠片が、首を傾げながら上体を起き上がらせた。そして私達を見下ろすような態勢になると、その巨体に見合わない速度で剣を振り上げ、そして振り下ろしてくる。
すると先程私達に襲い掛かって来た黒い物体が斬撃として生まれ、音もなく襲い掛かって来た。
「ひゃあ!?」
私はリズを抱いたまま飛びのいて、再びその斬撃を回避。黒い斬撃は一瞬にしてリズが作り出した氷の道を音もなく飲み込み、斬撃の傷跡を作った。
さすがに足の動きはトロそうなので、一気に距離を詰めて足元へと潜り込む。
そしてリズを抱いたまま足にめがけて蹴りを繰り出してみたけど、通り抜けてまるで感触がない。その辺りは以前に遭遇して倒した災厄の欠片と同じだ。
「っ!?」
その直後に、災厄の欠片の丁度お尻の辺りから、何かが足元にいる私に向かって落ちて来た。
一瞬排泄物か何かかと思ったけど、違う。それはそこら中にゴキブリのようにわいている、4足歩行の鉱石のように硬い魔物だ。
先端の尖った手足を私に向け、生まれ落ちた瞬間から私を串刺しにしようとしている。
私はその魔物を、サッカーボールのように蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた魔物は吹き飛んでいき、その他の魔物も巻き込んでその辺の廃墟に直撃。手足はピクピクと動いて生きているようだけど、動けない状態にはする事が出来た。
とりあえず、ここは危険だ。排泄物のように魔物が生み出され、それがこちらに降ってくる光景も見たくはない。だから慌てて退避した。
距離を取ると、災厄の欠片は私が蹴り飛ばした魔物の方へと向かって歩き出した。こちらに再び攻撃されると思っていた私とリズは、予想外の行動に唖然として見守る事になる。
その後災厄の欠片は魔物を手で拾い上げ、顔の前に持ってくると顔がパカリと割れて、そこから魔物を飲み込んだ。
「自分が生み出した魔物を、食べてる……?」
食べてからこちらを睨みつけて、再び剣を構えてくる。
その不可解な行動は、とても不気味だ。
「──……」
そしてまるで何かを喋っているかのように、顔を動かす仕草も気持ちが悪い。
何を言おうとしているかは分からない。でも、敵意がある事だけは何となく分かった。