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楽しい旅


 たまらず地面に倒れたミミズの巨体の向こう側で、馬車に乗ったまま身を乗り出し、杖を手にしているリズの姿が目に入った。予想通り、今のは彼女の魔法だ。


「助かった……」


 おじさんがほっと息を吐いたのも束の間で、ミミズはまだ生きていた。地面に倒れたまま開いた大きな口が、周囲の空気を吸い込み始める。その吸い込み力はどんどん威力を増していき、最初はその口が向いている私達の周囲の小石や枝が飛び、周囲の木々が揺れ動いて大きく傾き始めた。

 慌てたリズが再び何かの魔法を発動させようと詠唱を開始するも、その前に吸引に耐え切れず、おじさんの足が浮いてしまう。


「うおおおぉぉぉぉ!?」


 一度浮いてしまえば、もう耐える事は出来ない。私とおじさんは、吸引されるがままにミミズの口へと向かっていく。

 その際に、私はおじさんの身体を掴み取ると、おじさんの身体を上方へと投げ捨てた。どうにか吸引から脱出できたおじさんが、空高く舞い上がって行くのを確認。


 一方で私はどんどんと大嫌いなミミズに引き寄せられていく。

 それなら、目を閉じればイイ。私は目を閉じて、拳を構えた。あとは勝手にミミズが引き寄せてくれるので、拳を突き出すだけでミミズは死ぬ。


 タイミングを見計らって拳を突き出すと、予想通りの感触があった。目の前の何かが砕け散り、霧散する音。

 その音の結果を確認する事なく、私は上を見た。


「ああああぁぁぁぁ!」


 すると、叫びながら降ってくるおじさんのお尻が見える。私は降って来たおじさんを抱きとめ、本来なら大けがか、悪くすれば死んでいてもおかしくないような落下を阻止してあげた。


「……」

「……」


 腕の中に抱いたおじさんが、私の顔を覗き込んできて気持ちが悪い。なので腕を離しておじさんを落とした。


「あいだっ!何すんだ!?」


 今のはおじさんが悪い。男嫌いの私を至近距離で見つめてきたら、そりゃあそうしたくもなる。

 むしろ本来落ちるはずの高さではなく、こんなに低い距離で済んだのだから感謝してほしいところだ。


「……あ、ありがとう、ございます。守ってくれて」

「い、いや……オレの方こそ……助かった……」


 お礼を言うと、おじさんもお礼の言葉を口にした。

 なんかちょっと、心がむず痒い。今まで男と面と向かってまともに会話する事があまりなく、特にお礼を言い合う事なんてなかった。だから、なんか恥ずかしい。


「シズ!」


 とそこへ、リズがやって来て抱き着かれた。やはり私は、こっちの方が落ち着く。私もリズを優しく抱き返し、幸せな気持ちになった。


「あまり心配させないでください。一体どうしてしまったのですか?」

「……」


 私はリズと抱きつつも、魔物がどうなったのかを全く確認していない。背を向け、リズの感触にのみ集中している。

 もしそれを見てしまったら、私は一週間凹むどころでは済まなくなるだろう。


「えーっと……もしかして、ミミズが苦手だったりします?」

「……はい」


 リズは私の行動で察してくれた。


「ぷっ。あはははは!なんだ、魔族の嬢ちゃん!お前ミミズが苦手なのか!」


 それを聞いて、おじさんが大声で笑った。笑い事ではない。つい先ほどまで、巨大なミミズが目の前にいたのだから。そんな巨大ミミズを見てしまった私は、この先一週間は凹む予定なので本当に笑えない。


「誰にだって苦手な物くらいある。笑ってやるんじゃないよ。それにミミズが苦手だなんて、可愛いじゃないか。まるで穢れを知らない乙女のようだよ」

「あだっ」


 そう言って、遅れてやってきた村長さんがおじさんの頭を叩いて笑うのをやめさせてくれた。


「村長にも苦手な物があるっていうのか?」

「そりゃあ、あるよ」

「教えてくれ!」

「オレにも!」


 村長さんの苦手な物と聞き、更に遅れて馬車に乗って来たウォーレンと、おじさんが食いつきを見せている。聞いてどうするつもりなんだろう。弱みでも握るつもりなのだろうか。

 私もちょっと気になる。


「アタシも虫が苦手でねぇ。家に虫が出た時は悲鳴をあげて逃げ惑う事もあるくらいさ」


 頬に手を当てながら身体をくねらせ、ブリっこのように言う村長さんは気持ち悪いけど、ちょっとだけ可愛い。


「嘘つけ!アンタが家に出たゴキブリに驚きもせず、無言で握りつぶす姿をオレは見た事があるぞ!あと気持ち悪いからその動きをやめろ!」

「苦手だけどやるしかないからやったんだろうがっ!あと気持ち悪いってなんだい!?アタシはまだまだピチピチだよ!」


 苦手なのに素手で潰す事は、普通出来ない。あとピチピチっていう言い方がちょっと古くて時代を感じてしまう。

 この世界の人にも死語ってあるのだろうか。


「ふふ。でも良かったです。カークスさんに元気が戻ったみたいで」


 リズがそう言って、笑った。


「元気というか……まぁ、そうだな。魔族の嬢ちゃんのおかげで、何か吹っ切れた気がする。安心しろ。お前らを、ちゃんとガランド・ムーンの所まで連れて行ってやるからよ」


 おじさんは気恥ずかしそうに頭を掻きながら言う。

 忘れていたけど、おじさんは怒っていたんだよね。でも今はそんな事を忘れ、村長さんと楽し気に話していた。


「シズのおかげだね。アンタもしかして、わざとミミズが苦手なフリをしてカークスの動きを伺っていたのかい?」


 なんて、私にとって都合の良い勘違いを村長さんがしてくれた。

 もしそうだとしたら、私はかなりの策士という事になる。策には自信があるので、ちょっと嬉しい。

 けど今回は本当にただミミズが苦手だっただけで、そこにはまったく策という物は存在しない。残念ながら。


「じ、実は──」


 よくよく考えれば、ミミズが苦手なんて恥ずかしい。だから勘違いしてくれるならそれでいいと思った。


「なんて冗談だよ!あのビビリようは本物だったからね!さ、念のため馬車の点検をして、出発するよ!この先は魔物が出る可能性があるから、警戒しながら進むんだ!」

「……」


 私は、弄ばれてしまった。

 別良いのだけど。だって、嘘を吐こうとした自分が悪いのだから。

 でもやっぱり、私は村長さんのそういう所が苦手だ。


 そこからは、おじさんも普通に喋ってくれるようになり、空気の悪い旅は終わった。おじさんは時に笑い、ウォーレンは相変わらずデリカシーのない事をして私の顰蹙(ひんしゅく)を買い、村長さんも相変わらず声がデカいし私を弄んでくる。リズは、一貫してずっと可愛い。

 そんな、楽しい……楽しい?男がいるのに?相変わらずそう思ってしまうけど、でも私は確かにこの旅に楽しみを感じている。それは隠しようのない事実だ。


 その旅も、もうじき終わろうとしている。

 目的地に近づけば近づくほど、魔物が出るようになってきた。しばらくはミミズの魔物が多かったので、主にリズの魔法頼みで倒しながら進んでいく。そして遭遇する度に、私は凹むことになる。それでも途中からは代わりに新型の魔物と遭遇するようになり、しかし私やリズの魔法の敵ではない。遭遇する魔物を返り討ちにしながら進み、やがて石畳で舗装された道に辿り着いた。


 ここまでガタガタ道でどうしようもないくらいに揺れていた馬車も、石畳のおかげで揺れが少なくなった。でもたまに激しく揺れる。石畳が全く整備されていないせいで、あちこちボロボロだからだ。隙間から雑草も生え放題で、かなり荒れている。

 荒れてはいるけど、こんな道まで整備されている様子から、目的地の都市が栄えている事が推察できる。けどそれは随分昔の事で、今はこの道のように荒廃としているのだろう。

 その昔に滅んだ国、か。なんだかロマンがあるけど、この光景を作り出したのが災厄だと思うと恐ろしくなる。

 でもこの先に、災厄を倒すために活動する人々がいるのだ。私の想像では、美少女だらけの天国のはずである。楽しみだ。


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