差別意識
私達の旅の目的地は、ラーデシュという都市という事が判明した。ラーデシュは現在魔物だらけの危険な地となっており、誰も近づこうとはしない地となっているらしい。そこにいるガランド・ムーンという組織に会いに行く。
その話をした後、おじさんがおとなしくなってしまった。黙り込んでふさぎ込み、馬車のスピードも上がってこない。
少し、空気が悪い。吸って吐く方じゃなくて、雰囲気的な意味で。いや、吐きそうではある。乗り物酔いのせいで。
そんな空気の中で馬車に揺られ続け、やがて日が沈みかけて来た所で今日の移動は終了となった。
「──馬車を止めな!今日はこの辺りでキャンプにするよ!」
村長さんの掛け声で馬車が止まり、その指示にそってウォーレンが真っ先に馬車を飛び降りた。
助かった。少し慣れ始めてはいたけど、揺られ続けるのはキツイから。私もウォーレンに続き、リズの手を借りてすぐに馬車から降ろさせてもらった。
「んー……さすがに尻がいてぇな!股間にも響くぜ!」
馬車を降りたウォーレンが、身体を伸ばしながらお尻をさすり、更に女の子もいるというのに股間をいじって何かの向きを変えだす。
デリカシーがなさすぎて、私は引いた。
「……」
一方でおじさんは、一言も喋らずに馬車を降りると、荷台からせっせと荷物を下ろしていく。
私とリズも少し手伝って、キャンプの準備は整った。
馬車の近くで、その辺から拾ってきた薪を集めて焚火が設置される。火の明かりが周囲を明るく照らし、焚火によって暖を取ることが出来る。昼間は過ごしやすい気温だけど、夜は少し冷えるからありがたい。火って、本当に偉大だと思う。私は焚火に手を当てて温まりながら、明かりまでもたらしてくれる火に心の中で感謝した。
焚火の近くには、調理器具も置かれている。なべや、鉄のフライパン。それから具材も村から持ってきているので、食べる物には困らない。
調理するのは、勿論村長さん。相変わらず手際よく食材をカットしていき、次々と火を通したり味つけをしていく。家でしていたのと同じように、見事な手際だ。そこに誰も入り込む余地はない。
「おー……!」
その手際を、初めて私が村長さんの料理人姿を見た時のように、感嘆の声をあげながらみつめているのがウォーレンだ。目を輝かせながら、カットされた具材や炒められていく食べ物を見つめている。
その気持ちは本当によく分かる。それくらいに村長さんの料理シーンは凄い。動画に撮ってSNSに上げればかなりの再生回数を稼げるのではないだろうか。そんな物、この世界にはないけれど。
「……」
私も村長さんの料理姿に見入っていた所なんだけど、ふとリズの視線が気になって、その先を追った。
そこには、おじさんがいる。おじさんは少し離れた所で、ここまで馬車を引いてくれた馬のお世話をしてくれている。相変わらずおじさんは喋らない。
もしかしたら彼は、村長さんに対して怒っているのかもしれない。いや、もしかしなくても怒っているのだろう。最初からガランド・ムーンに会いに行くと言っておけば、こんな事にはならなかったかもしれない。むしろ最初からついてこなかったかもね。その方が良い。その怒りは沈黙という形で訴えられている。
怒ってるなら、帰った方が良いよ。一人じゃ心配だから、ウォーレンも付けてあげよう。あとは女の子だけの旅にするから、ホント、遠慮なく帰ってほしい。
「……ウプラさん、カークスさんはいいのですか?」
「……」
おじさんを心配げに見つめていたリズが、村長さんに尋ねた。
おじさんがああなっている原因は、村長さんにある。このまま放っておいたら、よくない事が起きそうだという事は私にも分かる。
いや、それは私にとってはイイ事なのかもしれないけど。
「オレはよく分かんねぇけど、そのガランド・ムーンてのはそんなに危険な組織なのか?」
「手荒い連中ではある。けど危険ではないよ。アタシが保証する。奴がああまでなっちまったのは、奴の差別意識のせいさ。奴は二十年ほど前まで、村を出て冒険者として各地の魔物を討伐していた。ある日満身創痍になりつつも魔物を倒す事に成功した時、人族の領内に侵入してきた魔族に仲間を殺された過去がある。奴は一人、死んだフリをする事によって命を救われた」
「……おっさん、冒険者だったのか」
「その時の魔族に対する恨みを、今でも胸にしまい込んでる。そういう訳で、一際差別意識が強いのさ。これから人族の領内に侵入しているガランド・ムーンにいる所に行くなんて言ったら、反対するに決まってる。だから黙って連れ出したのさ!」
そう言って、村長さんは笑い飛ばす。
けど笑う要素はどこにもない。というかそう言う事は小さな声で言ってほしい。たぶんこの声量で喋ったらおじさんの耳にも届いてしまっているはずだ。
「……良いのですか?そのやり方は少し強引のように感じます」
「良いんだよ。奴もそろそろ坊やを卒業すべきだ。ガランド・ムーンの連中に会って、魔族や他の種族を見るべきだとアタシは思う。ウォーレンも村で毎日めそめそ泣いてばかりいないで、旅に出た方が気が紛れるだろう!」
「ばっ……オレは泣いてねぇ!」
顔を赤くして否定するウォーレンだけど、その反応を見る限り、本当に泣いていたようだ。
彼も彼なりに、村をなくして心に傷を負っている。デリカシーがなく、リズに対する視線がやらしくて気に入らない男ではあるけど、これでも私と同じくらいの年齢であり、大人に近いとは言えどまだ子供だ。
これが女の子だったら可愛いんだけどなぁ。
そういえば、よく女体化ってあるよね。ウォーレンが女の子になった姿を想像してみる。
……私の想像力が乏しいせいか、まんまウォーレンが顔に厚化粧を施した女子高生姿が思い浮かんで吐きそうになった。先程までの乗り物酔いの余韻もあったせいで、本気で吐きそうだった。けど耐えた。
その恨みでウォーレンを睨みつけると、視線に気づいたウォーレンがビクリと身体を震わせた。
その後村長さんが作ってくれた美味しいご飯を食べ、夜も更けて眠る事となった。女組は馬車の中に布をしき、そこで川の字になって眠る。男2人は外で雑魚寝だ。
しっかりと環境が分けられているので、男が傍にいる状況でも少しは安心できる。
ちなみに見張りは男2人が交代でやってくれる。村長さんが睡眠不足は乙女のお肌に悪いと言い放ち、渋る2人に強制して押し付けてくれた。
なので私達はしっかりと眠ることが出来る。
「ウプラさん、まだ起きていますか?」
「起きてるよ。なんだい」
布団の中に入ってからしばらくして、リズが村長さんに話しかける声が聞こえて来た。
私も起きていたので、聞き耳を立てている訳ではないけどすぐ傍での会話なので嫌でも聞こえて来てしまう。
「ウプラさんは、ガランド・ムーンについて詳しいのですか?」
「……まぁ、そうだね。ガランド・ムーンのリーダーとは旧知の仲でね。組織の事はよく知ってるよ。……実はね、ガランド・ムーンにアタシも誘われてるのさ。もうじき災厄を倒すための大きな作戦を決行する。その作戦に、アタシも参加して欲しいと言われてたのさ」
「その作戦に、ウプラさんも参加するつもりで……?」
「バカ言うんじゃないよ。アタシはもう年で、体中の動きも悪い。アイツは今のアタシを知らずにそんな無茶な願いをして来たのさ。だから作戦に参加は出来ない。けど、アンタ達を送り届けるくらいの事は出来る。アタシよりもアンタ達の方が倍は働いてくれるだろうよ。まぁアンタ達を受け入れるかどうかは奴ら次第だけど……その辺はアタシに任せておきな」
「……ありがとうございます。こんな、路頭に迷った状態の私のために村を出て、しかも災厄を倒すという夢を実現するための道筋まで示してもらい、本当に感謝しています」
「災厄を倒す、ね……。もう眠りな。明日も早いし、移動時間も長くなる。それと、くれぐれもアタシの横で変な事をおっぱじめるんじゃないよ」
「もう。さすがにウプラさんの横で何かしようだなんて思いませんよ」
村長さんの警告に、少しいじけたように言いながらリズが私の頭を撫でて来た。寝たふりをしていた私は、心地よいその感触を目を閉じたまま受け入れる。
それで2人の会話は終わり、静まり返ったので私は眠りについた。