幸せな気持ちで
その日から、リズの体力を戻すための生活が始まった。
私とリズは村長さんの家で寝泊まりする事になり、規則正しい生活を繰り返すようになった。朝早く起きてランニングをし、昼間は村長さんのお仕事を手伝う。書類の整理や、村の見回り。時には村の外に出て狩りにも出かける。
村にもだいぶ馴染んで、リズは皆とも親し気に話すようになった。私はリズのオマケのような存在なので、あまり話しかけられる事はない。
唯一話しかけてくる存在といえば、ウォーレンとおじさんだ。男に話しかけられても嬉しくはないけど、皆で更地となった村の跡地にいってから妙に話しかけられるようになった。本当に嬉しくない。
そんな生活の中で、少しだけ困ったことがある。男に話しかけられる事以上に、中々に重要な案件だ。
「ふふ。シズって、本当に可愛い。私好みの良い匂いだし、私をどこまでも魅了してきます」
「……」
それは夜、リズと2人きりの空間になってやってくる。
ベッドは2つ用意されているんだけど、リズは1人で寝たがらない。私のベッドに入り込んでくると、毎日私に抱き着いて耳元で囁いてくる。囁く内容は、私が可愛いとか、良い匂いだとか、容姿の事を言われる。
リズは興奮したようにやや息を荒くし、私の身体に自らの身体を擦り付けてくる。
2人とも寝間着なので布は薄く、互いの身体のラインはくっつくだけで丸わかりだ。私だって、こんな状況で興奮せずにはいられない。
リズは私なんかよりも可愛いし、私よりも良い匂いがする。出来れば私だって、リズの身体に抱き着いて好き放題触りたい。
物理的に、それは可能だろう。リズは私よりもか弱いし、抵抗されても押さえつける自信がある。
でも嫌われるのが怖くて、私から手を出す事はない。目を閉じて、じっとリズの責めを我慢する。その時間が私にとって辛くて、でも同時にリズを間近に感じられるご褒美の時間でもある。
「シズ。ウルエラさんが言っていた事、覚えていますか?」
「う、ウルエラさんが……?」
「私も母上も、容姿の整った者を男女見境なく手を出す傾向がある。という内容です」
そういえば、そんな事を別れ際に言われた気がする。
だから気を付けろ、って。
「あの時は否定しましたが、事実です。私は可愛い者を見ると、どうしても触りたくて我慢できなくなってしまいます。でも母上のように、夫もいるのに節操なく身の回りの者達に手を出す女にはなりたくありません。今のところどうにか処女は保っていますが、この先どうしたらいいでしょうか」
そんな事を私に尋ねられても、困ってしまう。
私としては、リズが女性に対して手を出すなら別にいいと思う。でも男とリズがイチャイチャしている所は見たくないし、想像もしたくない。あまつさえリズの処女を……と想像すると、キレそう。
「……わ、私なら、リズがそうしたければいつでも触っていいです、よ。ひゃ!?」
つまり、私で我慢しろという事だ。私なんかで。
でも実際のところ、私は容姿には自信がある。前世では地味目にする事で目立たないようにしていたけど、髪を下ろして眼鏡を外した今、ウルエラさんにも言われた通り中々の美人さんのはずだ。中身はアレだけど、どうかコレで我慢してほしい。
すると突然、リズが私の上に覆いかぶさって来た。そして目の前にリズの顔がある。でもリズの手が頬に当てられて、顔を逸らす事が出来ない。
「ずっと一緒にいると言ってくれたり、触りたければ触っても良いと言ったり……シズってもしかして、私を誘っていますか?」
興奮して頬を赤らめるリズ。その目は据わっていて、どこか嗜虐的にも見える。いつもの優しいリズとは違うリズが、今私のマウントを取っている。
「わ、私は元々、男の人が苦手で……り、リズみたいな、可愛い女の人が好き、でした。だから、リズの方こそ私にくっついたりして、誘惑していると……思いますっ」
「そうですね。シズが男性に苦手意識を持っているのは、見ていてなんとなく分かっていました。女性を見る目も舐めますようで、私に似ていたので女性が好きなんだなと察していました。なので私は、シズを誘惑していたんですよ。私に手を出してくれるように」
私って、そんな目をして見てた?ごく普通に、自然に、女の子の同性として見ていただけのつもりなんだけど……。
ていうかリズは分かっていて私を誘惑していたと、今自分で爆弾発言をした。それってつまり、私がリズに触ってもいいと言う事だ。
「あっ」
私はそれを聞いて、理性が飛んだ。飛び上がると、今度は逆にリズをベッドに寝かせて私がマウントを取り、リズを見下ろす。その際にリズの手を握ったんだけど、まるで拘束しているようで嗜虐心をそそられた。
「はぁ、はぁ……」
興奮して息が荒くなる。今私の眼下には、無防備な美少女がいる。そして何かを期待するかのように、私の顔と手を見つめている。
空いた手の方を伸ばす。その身体に触れたくて、でも触れる勇気はなくて、代わりにリズの頬に当てられた。するとリズは、心地よさそうに私の手に頬ずりをしてくる。
「どうぞ、シズの好きにしてください」
リズはそう言って目を閉じて、唇を突き出した。
もう、我慢する必要はない。許可は得たのだ。今この唇も、身体も、私の物となった。
私はゆっくりと、自分の唇をリズに向かって近づけていく。
「──ガキがサカってんじゃないよ!さっさと寝て明日の朝練に備えな!」
私の唇とリズの唇が触れ合おうとした時、部屋の扉が勢いよく開かれて村長さんが怒鳴り込んできた。
心臓が跳ね上がるくらい驚いた私は、キスをやめて思わずリズの胸に抱き着いてしまった。コレはコレで、幸せだ。全く隠れてはいないけど、自分の咄嗟の行動を褒めてあげたい。
「んもう。今良い所なんですから、邪魔をしないでください」
「アンタの性格はよーく知ってる。今よりもっとガキの頃から、村の女の子にベタベタくっ付いてサカってたよね。シズともいつかすると思って見張ってたんだよ」
「覗きはよくないです」
「黙りな。いいからさっさと眠るんだよ。同じベッドで寝るのは構わないけど、サカるのは禁止だ。姉妹のように、余計な事はせずに健やかに眠りな。いいね!」
それだけ言い残し、村長さんは扉を閉めて行ってしまった。
嵐が過ぎ去ってからリズの胸から顔をあげると、残念そうに笑うリズがそこにいる。
「残念ですが、続きはまたいつか」
本当に残念だ。村長さん、修学旅行の引率の先生みたいだった。不純異性交遊をしようとする生徒を見張るための、アレだ。私の場合、不純同性交遊だけどね。
不意に、頬に柔らかな感触が与えられた。ふんわりとした何かが軽く当たって、そしてすぐに離される。
見ると、そこにはリズの顔があった。
「今はコレで我慢です。さぁ、寝ましょう。一緒に眠る事は許可されたので、私の抱き枕になってください」
呆然とする私を、リズが布団の中へと誘い込んだ。そして文字通り私を抱き枕にして眠り始める。
私の心臓は、ドキドキしっぱなしだ。今リズにされた頬へのキスと、直前の、初体験が開始されようとしていた興奮が鳴りやまない。
それに、行為は止められたけどリズとこうしてくっ付いている事には変わりがない。私の大好きな可愛い女の子が、私の目の前で私を抱き枕にして眠っている。彼女の体温、息遣い、肌の感触に、匂い。その全てが愛おしくて、再び訪れた我慢の時間がもどかしい。
でも、頬にされたキスを思い出す。その感触は未だに頬に残っており、思い出すだけで頬が緩む。そして幸せな気持ちとなる。
幸せな気持ちになると、不思議と興奮は鳴りやんでいった。代わりに心が落ち着いていき、目を閉じると眠りの沼の中へと引きずり込まれていく。
こんなに暖かく、幸せな気持ちで眠りについたのは久しぶりだった。