不思議な関係性
村長さんの家に戻り、ご飯をご馳走になった。昨日に引き続き美味しいご飯が出て、私は大満足である。
村長さんとは気が合いそうにないけど、ご飯だけは美味しい。そこだけは認めざるを得ない。
「これで分かっただろう?サレンド村はもうどこにも存在しない。アンタが残したっていう書物も、何もかもが消し飛んだ。アンタはもう、黒王族を召喚したっていう魔法を、この世界で再現する事は出来ない。そうだね?」
「……はい。あの魔法は、お爺様が残してくださった複雑な魔法術式がないと完成しえません。アレを再現するのは私の知識程度では到底不可能です。つまりもう、この世界に新たな黒王族を呼び寄せる事は出来ません」
「それでいいんだよ」
村長さんは勝ち誇ったように笑いながら、昨日出してくれたのと同じ飲み物をコップに注いでくれた。
今回出してくれた飲み物は、暖かい。魔法で作り出された火で沸かしてあり、湯気がたっている。
飲んでみると、常温とはまた一味違った味わい深さがあり、熱が身にしみて落ち着く。
「よくなんかありません。災厄を倒すためにはもっと多くの戦力が必要なのに……!」
悔しいのか、リズは村長さんが出してくれたご飯にあまり手がついていない。
悔しいのは分かるけど、食べないのはまり良くない気がする。リズはただでさえ体力が落ち込んでいるんだから、ちゃんと食べて体力を食べなければいけないと思う。
「ない物にねだったってしょうがないだろう。シズ一人だけ呼べただけでもいいと思って、召喚の事はもうきっぱりと諦めるんだ」
「……」
そう言われてもなお、リズは諦めきれていない様子だ。
「ご、ごはん、食べた方がいい……と思います」
私はリズの前に置かれている炒め物を、フォークですくうとリズに向かって差し出した。
空気の読めない行動かもしれないけど、とにかくリズにはちゃんと食べてほしい。だからそう訴えずにはいられなかった。
「……食べさせてください」
すると、リズがそう訴えて口を開いた。リズの小さな口が開かれ、その中にご飯を入れられることを望まれる。
緊張するけど、私はその訴え通りにフォークですくった食べ物をリズの口の中へと運んであげた。それを美味しそうに租借し、よく噛んでから飲み込む。するとまた、口が開かれた。食べ物をいれろということだね。
可愛い女の子に、あーんをしてご飯を食べさせてあげる事が出来るなんて、幸せだ。
「あんたら仲がいいねぇ。ま、リズリーシャは飯を食うべきってのはシズの言う通りだ。たくさん食べて、さっさと体力を戻しな」
「体力を戻したとして、私はこれからどうすれば……。母上と災厄を倒す夢を目指すと約束して別れたのに、これではあまりにも無様な体たらくではありませんか」
「頭が固いねぇ。あんたは別に、黒王族を召喚する事を目的としている訳じゃないだろう。要は災厄を倒せばそれでいい」
「そのためには召喚魔法が──」
「だからそれはもう無理だ」
「……」
リズは何も言えなくなり、俯いてしまう。ご飯を運んでも、食べてくれなくなった。ちょっと悲しい。
「とにかく今はゆっくり休みながら体力を戻しな。森の中を歩いただけでへばるような人間に、災厄退治は務まらないよ」
「……」
「ああ、もうクヨクヨするんじゃないよこのバカ娘は!」
突然村長さんが立ち上がると、イライラした様子で私達の方へと歩み寄って来る。
その勢いが凄くて、一瞬私はリズが殴られるのかと思った。けどそうではない事にすぐ気づき、その行動を止めるのをやめた。
村長さんは、リズの頭の上に手を乗せたのだ。そして少し乱暴めにだけど、頭を撫でた。
「召喚なら、成功してるじゃないか。アンタはこの世界に、シズを呼び寄せる事に成功した。これ以上召喚が出来ないって言うなら、シズと一緒に災厄を倒せばいい」
「で、でも私……実はまだ、シズにお願いをしていないんです」
「何をだい?」
「……」
リズが、私の方を見つめて来た。その目は少し潤んでいて、とても自信がなさそうな表情を浮かべている。
「シズは、私と一緒にいてくれると言いましたよね」
「は、はい」
「でも私はまだ、シズに一番重要な事を聞いていません。……シズ。私と一緒に、災厄を倒してくれませんか?」
どんな事を言われるのかとドキドキしていたら、あまりにも拍子抜けな事を言われてしまった。
そういえば、確かにその確認はまだされていなかったなと、思い返して思った。でも私は一緒にいると言った以上、リズの夢である災厄退治に巻き込まれる事も覚悟したうえで、付いてきている。
覚悟はもう、とうに決まっていた。だから拍子抜けした。
その問いかけを聞いて、村長さんが口を開いて唖然としている。まだ聞いてなかったのかと、そんな反応だ。
「も、勿論。リズが望むなら、私も協力します」
「本当ですか!?」
私の返答を聞くと、リズの表情が明るくなった。そんなに嬉しい事なのかな。私なんかにそんな価値が……あるのか。戦力として、たぶん私の力はかなり使える。
「それは最初に確認しておくべき事だろう……。なんでそんな重要な事を確認もせずに、ここまで一緒にいたんだい」
「シズと私の間には、色々と複雑な出来事が次々と降り注いでそんな事を確認する機会がなかったのです」
「それでまぁよく今まで一緒にいられたもんだ。ま、いいよ。元気が出たなら、飯をちゃんと食いな。残すんじゃないよ」
「はい!」
元気になったリズが、目の前の食事を自分の手を口に運び出した。どうやら私が運ぶ必要はもうなさそうだ。
やっぱりリズは、元気なのが一番いい。私はご飯を食べるリズを隣で見つめさせてもらい、特等席でリズを眺め続ける。
「……リズリーシャ。アンタは本気で災厄を倒したいんだよね」
「倒したいです。お爺様と、母上とも約束しました。それに命がけでシズをこの世界に呼んでくれた父上にも、災厄を倒すことで報いる事が出来ると思います。災厄によって大切な人の命を奪われる人もいなくなります」
「……」
村長さんはもう一度、リズの頭を撫でた。そしてついでと言わんばかりに、私も頭を撫でられる。今回は2人とも、優しく撫でられた。
頭を撫でられる感触は、昔誰かにされたのと似たような感じだった。でもいつ、どこで、誰にされたのかが思い出せない。それは途方もないくらいに昔の記憶であり、簡単には思い出す事の出来ない場所にしまってあるようだ。
「はああぁぁー……」
それから村長さんは元居た自分の席に座ると、深くため息を吐いた。
かと思えば頭を掻きむしり、嫌そうな表情を浮かべて天を見て、それからまたため息を吐く。謎の行動だ。こんな人を街中で見かけたら、私なら間違いなく職務質問をする。
「ウプラさん?」
さすがに我慢できず、リズが声を掛けた。
「……今この世界で、一番災厄討伐に近い組織をアタシは知っている」
「災厄討伐を目標に掲げる組織は私も知っています。ですがあまり実現性がない無謀な軍団か、ただの荒くれものばかりです。無謀にも災厄に攻撃を仕掛けた者は死に、災厄討伐を目標に掲げながら全く行動しない者達もいる。正直言って、今真面目に災厄を倒そうとしている組織はこの世界にいないのではないでしょうか」
「そうだね。災厄討伐を掲げて、あまりにも多くの人が死んだ。心意気がある者ばかりがね……。やがて災厄を倒そうなんて本気で考えるヤツはいなくなって、ただただ災厄に怯える者達ばかりになっちまったって訳だ。でもアタシの知ってる組織のリーダーは、綿密に計画をたてながら人材の育成をし、災厄に攻撃を仕掛けるタイミングを今も伺っているんだよ。アタシはそいつなら、災厄を倒してくれるかもしれないと思っている」
「ウプラさんがそう言うなら……きっとその組織はまともな組織なのでしょう。その話をしたと言う事は、私もその組織に入る事を勧めるおつもりですか?」
「その通りだよ」
リズは顎に手を当てて、考え始めてしまった。考える姿も可愛い。
村長さんの話の内容は、悪くないのではないだろうか。
当初の予定の、いっぱい黒王族を召喚して災厄を倒すっていうのはご破算になった訳だし。災厄を倒すための代替案がある訳でもない。だったら同じ目標を掲げる人達と共に、同じ目標を目指して頑張るのも悪くはない。
私としては、そんな青春的なヤツはまっぴらごめんだけど。そんな中に混じっている自分を想像するだけで、お腹が痛くなって吐き気を催す。
というかそんな組織がいるのなら、もしかして何もしなくてもいいんじゃない?後は勝手にその組織の人達が災厄を倒してくれるでしょ。
「……」
なんて事は、リズは考えもしていないんだろうな。真面目な横顔を眺め、私は悟った。
いいよ。リズと一緒にいると言い、リズと災厄を倒す約束をしてしまった訳だし、リズが望むなら私もついていくさ。
「少しだけ、考えさせていただいても良いでしょうか」
私はオーケーすると思っていたけど、リズは答えを濁した。
私的には、その返答は前向きに検討させていただきますに聞こえる。つまり、断る。まぁコレは私の心が濁っているからそう聞こえるだけだ。
リズの本心は分からない。
「ああ、考えな。少なくともアンタはそのやつれた顔とやせた身体が元に戻るまで、ここにいてもらうからね。毎日腹いっぱい食って、さっさと肉をつけるんだよ」
「も、元に戻るまでですか?」
「そうだよ。嫌だと言っても逃がさないからね」
「は、はい。よろしくお願いします」
リズはそう言って、村長さんに向かって頭を下げた。それを見て村長さんが優し気な笑みを浮かべ、リズも笑う。
一時は怒鳴り合った2人が、今は笑い合って仲良さげにしている。一体いつ、どうやって仲直りしたんだろう。
私には理解できない不思議な関係性を前にして、私は首を傾げるのであった。




