村の跡地
次の日、私はリズと共にサレンド村へとやって来た。
そこは村長さんの話通り、何もかもが吹き飛んでなくなっていた。
森の中にあったはずのその村は、森を切り裂いて地肌が露わになった部分の一部となっており、まるでそこを巨大な鉄球が転がって通ったかのように地均しがされている。
これが災厄の通った後の地らしい。とんでもない質量の何かが通ったかのような跡を前に、私は背筋がゾクリとした。災厄とは、一体どのような化け物なのだろうか。この通った跡や天に突きさすような光をみただけで、災厄本体の全容が全く見えてこない。想像も出来ない。正体が分からないと、逆に怖い。
「……ここに、私の研究所があったはずです」
更地となった地で、リズが胸に手を当てながら呟いた。
リズの研究所とは、私がこの世界に来た時すぐ傍にあった大きな建物の事だ。
今思えば、服を拝借したあの部屋と、リズの家の部屋の作りは似たような感じだったな。角部屋で、部屋中本だらけで、寝るスペースは僅か。女の子の部屋とは思えない、色気を感じない部屋だった。
「お、おい嬢ちゃん、もう良いだろう!?この辺りはまだ魔物がウロついてる可能性があるんだよ。早く帰った方がいい」
ここまで連れてきてくれたのは、昨日私達を村の中に案内してくれたおじさんだ。
彼が操る馬車に乗り、私とリズはここへやって来た。
彼はあまり行きたがっていなかったけど、リズが丸め込んで連れてきてもらったのだ。どうやらリズは昨日の今日で、歩く事が困難になって私に迷惑をかける事を恐れているっぽい。
いや、もしかしたら私のおんぶが嫌だったのだろうか。私、臭い?それとも乗り心地が悪かった?心配になって背中を見ようとするも、首はそこまで回らない。
「……何やってんだ、お前」
奇怪な行動をとる私に、冷たく声を掛けてきたのは櫓に立っていた男だ。赤髪の、長髪の青年。
彼もまた話を聞き、頼んでいないけどリズの護衛をすると息巻いてついてきた。
「な、なんでも、ありません……」
さすがに、この男に私の体臭やら背中の乗り心地を尋ねる訳にはいかない。なので睨んで足元にあった木の枝を踏み潰して胸の前で拳を作った。
見るなと行動で示すと、男はすぐに目を逸らしてくれたので空気は読めるようだ。昨日は気持ちの悪い男だと思ったけど、少しは見直した。
「お、おっさんはビビリだなぁ!オレなんてリズリーシャ様のためならどこでも行けるぜ!」
そして誤魔化すように大きな声で、リズに意味不明なアピールを始める。やっぱり気持ちが悪い。
「ビビリとかじゃない!お前はこの村が襲われた時、魔物を見ただろう!?あんな奴らに見つかったら、オレ達は一瞬で潰されて殺されちまうんだよ!警戒しとけよ!?魔物の姿を見たら、すぐに逃げるからな!」
「はいはい」
「……ウォーレンさんは、私の事をどう思いますか?」
リズが呟くようにした質問に、私と男が固まった。
ウォーレンとは、櫓に立っていた男の名前だ。彼も私と同じ事を思って固まったに違いない。
「そ、そそ、それはつまり、リズリーシャ様はオレの事が……!?」
「はい。とても気になっています」
「……」
私はその台詞を聞いて、顎が外れんばかりの勢いで口がダラリと開いた。そして胸に何かが突き刺さったかのような痛みに襲われた。痛い。凄く痛い。この世界に来てから色々と痛い目に合っているけど、今が一番痛い。あまりにも痛くて、泣きそう。
そんな私とは対照的に、ウォーレンが喜びの表情を浮かべている。その顔がとてもむかつくので殴りたい。
「私は死罪となりました。その罪は、災厄の欠片を呼び寄せてしまった罪です。私の実験は召喚魔法に関する実験で、災厄の欠片とは全く関係がありません。でも実際、災厄の欠片はやって来てしまいました。オマケに災厄の通り道となったこの村は、この通り何もかもがなくなってしまいました。こういうのもなんですが、人は理不尽な目に合った時に何かを恨まずにはいられない生き物です。貴方は私を、恨みの対象としていませんか?」
リズは、本当に真っすぐだ。自分が抱いた疑問はまっすぐに口にし、それがどんなに言いにくい事でも言葉に淀みはない。
そしてリズの言葉の真意がそれで伝わった。リズは別に、ウォーレンに恋している訳ではない。その事実を知って、私は胸の痛みが一瞬で引いた。
「……全然、恨んだりしていません。とーちゃんに、友達とか、知り合いがたくさん死んじまったけど、それはリズリーシャ様のせいじゃない。災厄のせいだ」
一瞬残念そうな顔を浮かべたウォーレンだけど、その後しっかりとリズの質問に答える言葉を発した。
「リズリーシャ様は凄くて、優しい人だって、村中の皆知ってる。誰もリズリーシャ様が悪いだなんて思ってないし、オレだってそうだ。だから、そんな風に思わないでくれよ。リズリーシャ様がそんな風に思う事こそが、村の皆に失礼ってもんだ」
「ウォーレンさん……」
ウォーレンは、男だけどとても優しい言葉をリズに投げかけてくれた。
そもそもリズは何もやっていない。だけどこの惨状を自分のせいだと誤認していたようだ。それはリズを死罪にした人のせいだと思う。本人は何もしていなくとも、着せられた罪によって彼女を恨む人はいる。リズはその事を気にして、ウォーレンにその質問を投げかけた。
「……言うじゃねぇか、ウォーレン。村に来たての時は女みたいに泣いていたガキがよ」
「今それは言うなよ!?空気読んで黙っとけよ、おっさん!」
バラされたウォーレンは、顔を真っ赤に染めておじさんに迫る。
その時、更地となった広場の外の茂みが揺れるのに、私は気づいた。茂みは背が高いのに、かなり上の方まで揺れ動いているのが気になって見つめていると、茂みに隠れていた者と目が合った。
毛むくじゃらの巨体。口から飛び出た鋭い牙。かつてこの場所で遭遇した魔物が、森の中から姿を現わした。
『グガアアアアァァァア!』
私達を視認した巨大なゴリラのような魔物が、猛然と私達に向かって突進を仕掛けてくる。口から涎をたらし、その全身から私達を殺してやろうという気概を感じる、恐ろしい突進だ。
「おい、おいおいおい、やべぇぞ!ウォーレンどこ見てやがったぁ!」
「今リズリーシャ様と話してたのを見てただろうが!おっさんこそどこ見てやがった!」
「どうでもいい!逃げるぞ!」
おじさんは大慌てで私達が乗って来た馬車に乗り込むと、そう声を掛けてくる。
けどとてもではないけど逃げきれそうにない。だったら倒してしまった方が早い。
「シズ?」
化け物に向かって徐に歩き出した私に、リズが声を掛けてきた。
「ちょ、ちょっと、行ってきます」
「……お願いします」
それだけで、私がしようとしている事が伝わったようだ。リズは私に微笑みかけながらそう言ってくれて、私は気合を入れて前を向く。
そしてこちらに向かってくる魔物に向かって駆け出して、お互いに距離を詰めていく。
「おい、魔族!何する気だ!?」
ウォーレンの怒鳴る声が後方から聞こえて来たけど、スルー。私は目の前の魔物を真っすぐに見据えながら更に加速していく。
まず最初に、私が魔物のリーチに入った。その巨大な拳を振り上げて、攻撃範囲に入った私に向かって勢いよくその拳が振り下ろされる。
初めてこの世界に来た時に対峙した魔物達と、全く同じ行動だ。そういう攻撃を繰り出す種なんだろうけど、あまりにもワンパターンすぎて少し退屈だ。
そう思いながら、降り注ぐ拳に向かって私も拳を繰り出すと、魔物のその手が吹き飛んだ。
よく考えれば、私もワンパターンだった。同じような方法でしか魔物を倒していない。
その事実に気づきつつも、私はいつも通りに地を蹴ると、魔物の顔面に向かって蹴りを繰り出し、その顔面は消滅。残った魔物の身体は、腕と顔面を失って地面に倒れこむのだった。
「……す、すげぇ。す、素手であの化け物を倒しちまった」
「お、おい、リズリーシャ様。あの魔族、何者だ?確かリズリーシャ様の奴隷、て言ってたよな?」
「え。あ、はい。そうです。シズは、私の物です」
リズは今、絶対にその設定の事を忘れていた。言い淀んでから得意げに答えるのが可愛い。
そして私はリズの物宣言されて、嬉しくも恥ずかしい。そんな事を人前で言われたら、照れずにはいられない。
「──何もかもがなくなったサレンド村までやって来て、わざわざ魔物退治とは感心だね」
再び茂みが動いた。でもその茂みの揺れは小さく、しかも声まで聞こえてきたので魔物ではない事が分かる。
姿を現わしたのは、背の大きな人間だった。村長さんである。彼女は腰に剣をさして武装しており、勇ましい格好だ。どうやら森の中を一人で歩いてやって来たらしい。本当に、勇ましい。
「ウプラさん……」
「これで満足しただろう?そんなにフラフラで無理をして……王都からここまで歩いてきた疲れがまだ取れてないんだろう?戻るよ。飯にするからね」
「……はい。皆さん」
リズは神妙に頷いて答えると、皆に帰り支度をするように指示を出した。
結局この何もない場所には、村長さんの言う通り何もなかった。それでもリズが満足できたなら、まぁいいか。
帰ってご飯を食べよう。村長さんのご飯は美味しいので、楽しみだ。