狂気の黒王族
『黒王族』はこの世界において、災厄程ではないにしろ畏怖の対象となっている。
千年ほど前まではこの世界のいたる所に存在し、そして世界を支配していた。
人にはない、強力すぎる力を持っている上に、黒王族は不死だ。傷ついても死ぬ事無く、どのような怪我も1日もあれば完治する強力な再生能力を持っている。
そんな種族が世界を支配する事になるのは、必然だったのかもしれない。不死の能力だけでも強力な力なのに、加えて身体能力もずば抜けているとか、化け物だ。そんなのがたくさんいたら、世界の支配者にもなるだろう。
でも恐れられた原因は力に関してではなくて、その種族としての闘争本能にあるという。
黒王族は、怒り狂うと手が付けられなくなる。死ぬまで戦い、死んでも戦い、傷ついて半身がなくなっても殺し合う。相手が黒王族でなくても同じだ。怒れば周囲の制止も振り切って、敵と認識した者が動かなくなるまで殴り続ける。制止しようとした者にも平気で襲い掛かる。時には喧嘩を売られたと言って怒り、大きな町をたった一人の黒王族が殺戮の限りを尽くして皆殺しにした事もあるという。黒王族の子供が他種族の子供に叩かれ、その報復としてその種族の村を5つも壊滅させたという逸話もあるらしい。
そんな事件を繰り返すうちに、いつしか黒王族は『狂気の黒王族』と呼ばれるようになった。
手の付けられない暴走機関車のような黒王族が絶滅し、この世界から消え去ったのは災厄が現れるよりも前の事だった。
その昔、世界の覇権を争う黒王族同士の激しい戦いが発生し、その中で黒王族は殺されても立ち上がり殺し合いを続ける、狂気の7日間の戦いを繰り広げた。互いを憎しみ合い、殺し合い続けた7日間は、それを見る他種族に恐怖をもたらした。
不死の黒王族同士の戦争はいつまでも続くと思われたが、7日で終わったのには訳がある。突然、戦いに参加していた黒王族達が死に始めたのだ。原因は睡眠時間や、寿命、死んでもいい回数に制限があるのではないかと、様々な説が上がっているが分からない。
分からないが、その戦いに参加していた黒王族の多くは不死の力を失い、死に絶え、戦いは終わった。
戦後、どういう訳か黒王族に子供が出来なくなった。更には不死のはずの全ての黒王族は、戦いに参加していなかった者も含めてまるでその力を失ったかのように寿命で息絶えていくようになる。
世界中の人々は、好き放題憎しみあい、醜い戦いを繰り広げた黒王族に天罰が下ったのだと噂した。真偽は分からないが、かくして世界を支配していた黒王族はこの世から姿を消す事になった。
しかしながら黒王族が消えて数百年が経過した今もなお、黒王族は世界中の人々に恐怖を根付かせている。黒王族と聞いただけで子供は泣き出し、大人でさえ恐怖するのだとか。
先祖代々受け継がれてきた黒王族の逸話が、童話や演劇で今の代を生きる人達にもしっかりと伝わっているのだ。
「──絶滅したはずの狂気の黒王族が、今アタシの目の前にいる。それがどんなにおかしくて、この世界の人間にとってヤバイ事だと分かってもらえたかい?」
全ては村長さんが教えてくれた話だ。話を聞いている間、私はご飯を食べていたので目の前のお皿の上は空っぽになっている。
「で、でも、黒王族は不死の力を失った……んですよね?私は黒王族の力は持っているけど、不死ではない、という事ですか?」
「はい。そのはずです。ですからどうか、あまり再生能力をアテにしないでください。多少の怪我は治るみたいですけど、無茶は絶対にダメです」
そう言われても、もう遅い気がする。この世界に来てから、けっこう死んで当然のような傷を負っているし。特に、初めてこの世界に来た時のゴリラの魔物にやられたあの傷。アレは普通なら死んでいて、致命傷だ。そんな傷を負い、でも生きていられるのは再生の力どうのではない。
たぶん、不死だからだと思う。
「不死の力がなくても、力は持っているんだろう?それに治癒能力も?」
「はい。シズの力は人を遥かに凌ぎます」
「不死の力抜きであの災厄を倒せると、アンタは思うのかい?」
「倒せます。あ……」
そこでリズが、何か言いにくそうに私の方を見つめてきた。
私は意味が分からなくて首を傾げる事になる。
「ま、黒王族が聞き伝わる通りの化け物だとしたら、不死の力なんていらないのかもしれないね。指一本でドラゴンを退治するような化け物だ。災厄を倒せてもおかしくはない。それにしても、一体どうやってこの子に黒王族の力を付与したんだい」
「……先祖代々ユーリストの家に伝わる黒王族の角を、使用しました。角には少量の魔力や黒王族の血が流れていたので、その角を異世界から呼び寄せた者の身体の一部になるようにくっつけて、黒王族としての特性を付与出来ないかと考えたのです。そのためには複雑な魔法構成と、召喚術式の大幅な改変が必要でした。まず魔法構成ですが──」
「あー、いい、聞きたくない。アンタの魔法関連の話は聞いても分からないし、何より一度話し出すと止まらなくなってうるさいだけだから、頼むから黙っとくれ」
「むぅ……」
リズが頬を膨らませ、村長さんに抗議の目を向けた。可愛い。
こんな可愛いリズの話を聞いてあげないとか、ケチなお婆さんだ。私だったら、たぶんいくらでも聞いてあげられちゃうと思う。
などと話が繰り広げられると、私は自分の不死について話す機会を失った。
まぁいいか。私が不死かどうかなんて、大した問題ではないはずだ。
「……本当に、黒王族なんだね。このちんちくりんが、ねぇ。あんたも怒ったら、怒りに感情を任せて狂気の黒王族になるのかい?」
村長さんに尋ねられ、どうだろうと考えてみる。
私は普通に、人並みに怒る事もある。でも大抵の事は我慢できるし、感情に任せた行動に出たりはしないと思う。
だから、私は首を横に振った。
「はっはっは!そうだろうねぇ。アンタみたいのが怒り狂って死んでも死んでも戦い続けるとは思えないよ」
「でもシズは、災厄の殺戮から私を守ってくれたんですよ」
「災厄の殺戮から……?」
笑い飛ばしていた村長さんが、すぐに真顔に戻った。
この人、感情の起伏が激しすぎる。優しくなったり、厳しそうになったり真顔になったりと。その変わり身はちょっと怖い。
「で?あんた達、この後どうするつもりだい?まさか、サレンド村に行くとか言い出すんじゃないだろうね」
「そのつもりでした。あそこには、シズをこの世界に呼び寄せた召喚魔法について記載された書物があります。それらを回収し、もう何名かこの世界に黒王族を呼び寄せる事が出来れば、災厄に勝てる可能性が高くなるはずですので」
「そいつはいい考えだ。あんたの言う通り、黒王族の軍勢を作る事が出来れば勝利は確実だろう。でもその後はどうなる?また世界を黒王族が支配する時代がやってくるんじゃないのかい?」
「例えそうなっても、不死ではないはずです」
「不死じゃないから良い。そう言ってあんたは、別の世界から何も事情を知らない者を黒王族に変えて召喚し、災厄を倒せと命じて災厄を倒すのかい」
「……ウプラさんは、反対なのですか?」
「反対だね。この世界の事は、この世界の人間で片付けるべきだ。それに何より、一方的にこの世界に関係のない人間を呼び寄せるとか、身勝手がすぎる。リスクもある。呼び寄せた人間が、シズみたいに言う事を聞いてくれるとは限らない。アンタもグラハムも、運が良かっただけだと思ってこれ以上の召喚は諦めな」
「私は、この世界から災厄を無くしたい。その一心でこの魔法を作り出したのです。ここまで来た以上、もう私は止まりません。ウプラさんが何と言おうと、召喚を実行します」
「やめな。これ以上犠牲者を増やすんじゃないよ」
「犠牲者などではありません!」
「じゃあなんだっていうんだい!勝手な都合で異世界から連れてきて、挙句の果てに狂気の黒王族にされた人間を犠牲者と呼ばずなんと言う!」
私の目の前で、2人がヒートアップをした言い合いを始めてしまった。イスを立ち上がり、互いの顔を近づけて怒鳴り合う2人は凄い迫力だ。本気の言い合いって、久しぶりに見た気がする。
しかしあの優し気なリズが、こんなにも真っすぐに自分の意見を曲げずに主張するとは意外だ。私にはとてもじゃないけど真似出来ない。真似する必要もないのだけど。
「災厄を倒すには、必要な事なのです」
「災厄を倒すために世界を危険に晒してたら、本末転倒だ。グレイジャもアンタの意見に賛成したのかい?」
「言いましたよね。この召喚魔法は、祖父との共同開発です。祖父は私にこの魔法の続きを託し、そして亡くなりました」
「グレイジャが、最期に……?」
そこでようやく2人の言い合いが一段落ついた。村長さんがイスに座り、机に肘をついて元の態勢に戻る。
でもリズは立ち上がったまま村長さんを睨みつけている。
双方どちらにも言い分はあり、どちらも正しくて正義だ。と思う。
でも私個人としては、村長さんに頑張ってもらってこれ以上誰かを召喚しないでもらいたい。なんか、モヤっとするから。
とはいえ事情もよく分からない私がこの言い争いに口を挟むのはダメだと思う。だから黙っておく。正確に言うと、口を挟む勇気がない。2人の迫力が凄すぎて。
「……召喚魔法の資料は、サレンド村にしかないのかい?」
「はい。全ては村に置いて来てしまいました。ですからサレンド村に行く必要があるのです。恐らくですが、魔物はいないはず、ですよね。あそこにいた災厄の欠片はシズが倒したはずですので」
「サレンドの災厄の欠片はシズが倒してくれたのかい。どうりで近頃魔物の活動がおとなしいと思ったんだよ。ま、かと言って村に行く意味はもうないよ。諦めな」
「諦めません!私は祖父から受け継いだこの魔法を用いて災厄を倒します!」
「別の世界から人間を呼び寄せるってのに反対なのは、変わりない。でもそうじゃないんだよ。もうあそこには、何も残っていないんだよ」
「……どういう意味ですか?」
「サレンド村は、王都に向かう災厄の通り道だった。何もかもが吹き飛んで、跡形もないんだよ」
「え……?」
村長さんからそう聞かされ、リズは呆然とした。
一方で私は、最初からそう言えばいいのにと思った。召喚魔法の資料はもう村にないのだから、何もしなくても村長さんの意見通り召喚は再現出来ない。なのにわざわざその事実を隠して反対意見を述べ、言い争う意味が分からない。無意味だよ。
ここまでのやり取りで、やっぱり私は村長さんとは気が合いそうもないなと感じた。