この世界の百歳
家の中は様々な工芸品のような物が飾られており、かなり怪しい雰囲気をかもしだしている。どこかの部族が好んで使用しそうなマスクや、怪しげな紋章の絨毯。動物の形をした木の彫り物等、様々なジャンルの工芸品が所狭しと飾られている。
「遠慮せず座りな」
村長さんは、私達にイスに座るように促したけど、このイスも中々特殊だ。
元居た世界で言うところの、ラタンチェアというのだろうか。板状の長細い木のような物を、骨格にそって編み込んで座る所と背もたれが作られている。
座ってみると、座り心地は最高だ。お尻は丁度良い具合に包み込んでくれるし、背もたれもしっかりと支えてくれる。
リズも私と同じ作りのイスに座り、ほっとしたように息を吐く。
「ほら、コレでも飲んで元気出しな。あたし特性の強壮剤だ」
更に村長さんは、机の上に飲み物の入った木のコップを置いてくれた。
強壮剤と聞くと変な味がしそうだけど、香りはとてもいい。茶葉をお湯でこして冷ましたものだろうか。匂い的にはお茶っぽい。ただ、ちょっと苦みはありそう。
「わぁ。ありがとうございます、ウプラさん」
それを見て、リズは嬉しそうに反応して口をつけて飲んでいく。
私もそれに続いて口をつけると、やはりお茶のような味だった。苦味は少し強めだけど、でも悪くない。しかも常温で保存されているおかげで、喉が渇いている状態だとゴクゴク飲めてしまう。
「ぷは」
私は一気飲みしてしまった。
「慌てなさんな。おかわりもあるからね」
そう言って村長さんは、大きめの容器にいれられている強壮剤をもう一杯、私のコップに注いでくれる。
「あ、ありがとう、ございます」
言われた通り、今度は慌てずちょびちょびと飲む事した。美味しいから、一気飲みはもったいない。
「あんた、魔族じゃないね」
「……」
村長さんが、突然そう指摘してきた。
ここまでは皆私を見て、まず魔族だと指摘されて来た。でも村長さんは私を魔族ではないと指摘すると、部屋の隅の方にある台所の方に行ってしまう。
そしてそこで魔法を発動させて火を、水を作り出すと、手際よく材料を取り出して調理を始める。
私は魔族ではないと指摘された事など忘れ、その手際と調理方法に見入ってしまう。だって今、魔法で火をつけたんだよ。そして何もない所から水も作り出したんだよ。それだけではなく、村長さんの手際の良さも私を魅了する。
村長さんの手際は、まるで職人さんのようだ。こんなに手際の良い人、動画でしかみたことがない。
「最初に自己紹介しとくけど、アタシの名前はウプラ。ウプラ・マーシャル。あんたの名前も教えとくれ」
こちらに背を向けたまま調理を続ける村長さんが、たぶん私に向けて喋りかけている。
「し、シズ、です……」
「ああ!?なんだって!?聞こえないよ!」
「し、シズ……です」
「もっと大きな声で喋っとくれ!こちとら百年以上生きてるから耳が遠いんだよ!」
聞こえないのは年のせいもあるだろうけど、調理をし続けているからだ。調理の音で私の声がかき消されてしまっている。あと、距離も少し開いているからその分更に届かないのだろう。
というか今、百年以上生きてるって言ったよね。中々に年がいっているとは思っていたけど、百年?この世界の百歳って、こんな感じなの?元気すぎる。
「ウプラさん。シズの声は元々小さいんです。あまり大きな声を出して急かさないであげてください」
「そうかい!それじゃあ仕方ないね!ところでリズリーシャ。あんた死刑の件はどうなったんだい?」
「シズに助けられ、檻から逃げ出した所を王都が災厄に襲われ、混乱に乗じて逃げる事に成功しました」
「……檻に閉じ込められている時、何もされなかったかい?」
「はい。シズが守ってくれたので」
「そうかい。そりゃあお手柄だったね、シズ!」
「わ、私の名前……」
「今リズリーシャがそう呼んだだろう!それに聞こえる時は聞こえるよ!アタシはまだまだ若いからね!」
聞こえるんかーい。
若いのか年寄りなのか、分からなくなってきた。
そこからは他愛のない話をして……というか、リズと村長さんがずっと話しているだけで、私は黙っていただけだけど。
しばらくして、目の前の机の上にご飯が並べられた。野菜炒めや、シチューやパンといったご飯で、とてもいい匂いで部屋の中が包まれる。
「たんと食べな!」
その料理を作ってくれた村長さんの合図で、私はフォークとスプーンを手にがっついて食事を始めた。
普通に、いや普通以上に、美味しい。この世界に来てから、割と初めてまともな料理に食事を運ぶ手が止まらない。
気づけばリズも、私と同じようにがっついて食べていた。リズのイメージには合わない、少しお行儀の悪い食事風景となっている。それだけ彼女も、お腹が減っていたのだ。
「……食べながらでいいから、聞かせとくれ。王都はどうなったんだい?」
私の隣に、村長さんが座った。そして机に肘をついて顎に手をあてながら、リズと私の方を見て目を細めて尋ねてくる。
この村に入った時もだけど、皆その事を一番気にしているようだ。村長さんもその例外ではない。
「王都に災厄がやって来た事は、皆さんご存じのようですね」
「ああ。早馬で知らせが来たからね。最初この村に災厄が向かっていると聞いて、死を覚悟したよ。でも結局この村からは逸れて、奴が向かったのは王都だった。運が良かったというべきか……」
「王都は壊滅しました。城も、壁も家々も薙ぎ払われ、後に残ったのは僅かに生き残った人々だけです」
「王都から事前に避難はしなかったのかい?」
「誰も災厄が来ることを知らなかったんです。知っていたのは国王と一部の上層部だけだったのでしょう。彼らは国民が混乱して自分達が逃げ出す事が出来なくなるのを恐れ、黙って自分達だけ逃げ出しました。そして災厄が去って壊滅した町に何事もなかったかのように戻って来たのですが、私はその前に町を出たのでその後の事は分かりかねます」
「はぁー……。この国は、おしまいだね」
村長さんは目を閉じて、深いため息を吐くと呟くようにそう言った。
その台詞は、リズもメルリーシャさんも言っていた。皆が口を揃えてこの国はおしまいだと言うのを聞くと、この国を知らない私もそんな気がして来てしまう。
「メルリーシャは?」
「母上は生きています。ウルエラさんも無事です」
「そうかい。ならまだ、救いはあるね。ところで……グラハムとは会ったかい?」
「父上は……父上と、お会いしたのですか?」
「会ったよ。あんたが死刑になる事が決まった後、しばらくして血相変えてこの村にやって来た。魔物どもから村を守るための柵を急ごしらえで作ってる時に、迷惑な奴だよまったく。オマケに手伝いもせずに少し立ち寄っただけですぐにいっちまいやがった」
「サレンド村に、ですか?」
「……」
村長さんはゆっくりと頷いた。
リズのお父さんは、この村に立ち寄ってからサレンド村へと向かったようだ。それは私達の行動と合致する。
そして村に辿り着いたリズのお父さんは、リズの研究結果を参考に魔法を発動させて私をこの世界に呼び寄せ、死んだ。
「奴はこう言っていたよ。リズの研究成果を証明する必要があるってね。それ以外何も語ろうとはしない、相変わらず頭が固くて言葉足らずの男だったけど、あの様子から察するに、何か大切な物を守ろうとしていたんだろう。アタシにはなんとなく分かった」
「……はい。父上のおかげで、私は今無事でいられるのです」
「そうかいっ!グラハムは成功したのかい!よかった、あのガキあれ以降村にも顔を出さないから心配してたんだよ。特にあの時は魔物の活動が活発だったからねぇ」
「サレンド村に辿り着いた父上は、シズをこの世界に召喚し、そして死にました……!」
「……」
リズのお父さんが生きていると勘違いした村長さんに対し、リズが心苦しそうに言った。それを聞き、村長さんの目が見開かれて驚いたような表情を見せる。
「そうかい……。グラハムは死んだのかい。またアタシより若いガキが死んじまったねぇ」
すぐに笑って見せる村長さんだけど、その顔はどこか寂しそう。
長生きには、長生きなりの苦悩があるのかもしれない。その表情を見て、私はそう思った。
「で、シズを召喚したってのはどういう事だい?」
「シズは、父上が私の研究成果を下に作り出した召喚魔法でこの世界に呼び寄せられた、異世界人なんですよ。それに私の召喚魔法はただ異世界から人を呼び寄せるだけではなく、召喚した人に黒王族の力を付与する事ができます」
「黒王族?それじゃあつまりなんだ。シズは魔族じゃなくて、黒王族なのかい?」
「はい」
「ぷっ。ははは!そうかい、黒王族かい!リズリーシャ、あんたやっぱ凄いね!この世界に黒王族を蘇らせるとか、本当にどうかしてるよ!」
村長さんが、悲しみを吹き飛ばして笑いだす。その笑いは、とても愉快な物を目の当りにした時のリアクションだ。
黒王族って、そんなに愉快なのだろうか。私にその笑いの意味は通用せず、意味も分からず笑われる事になりちょっと嫌な気持ちになった。
「災厄を倒すためには、必要な事だと思ったんです」
「だからといって、黒王族かい!いやはや、本当に天才魔術師ってのは恐ろしい。グレイジャもあの世で驚いてるだろうよ」
「コレは祖父から受け継いだ魔法です。祖父もまた、異世界から力ある者をこの世界に呼び寄せる事に賛成していました。そしてその者に黒王族の力を授ける召喚魔法を開発しようとしていたのです。祖父は志半ばで死んでしまいましたが……その魔法を受け継いで完成させようとしていたのが私で、実際に発動させたのは父上です」
「あーあー、ややこしい事するねこの子達は。親子三代でとんでもない事をしでかしたって事かい。しかし長生きはしてみるもんだねぇ。まさかアタシが生きている内に、『狂気の黒王族』と会えるとは思ってなかったよ」
それまで愉快そうに笑っていた村長さんが、いきなり狂気のと強調して言って、笑うのをやめた。そして私の方を睨みつけてくる。
私は更に意味が分からなくて、嫌な気持ちになるのだった。