よく分からないお婆さん
明けましておめでとうございます!
私とリズが向かっているのは、私がこの世界に一番最初に現れた場所である。リズはそこにある召喚に関しての資料をもう一度洗い、召喚を再現できるかどうかを試したいらしい。
私みたいな力を持った人を呼び寄せられるなら、戦力になりまくるだろう。早い話、私が100人くらいいたら災厄とやらも倒せる気がする。
でもそれって、もし成功したら私以外の誰かが召喚されるって事だよね。何故だろう。何故か心がモヤっとする。
「はぁ、はぁ……」
しばらく進んだ所で、リズの息があがって疲れが見え始めた。
リズは長い間檻に閉じ込められていて、体力が落ちている。その上昨夜は大変な目にあってしまい、ろくに眠れていない。
私とは違い、疲れて当然な環境が整っている。
それでも歩けているのは、杖のおかげだろう。本来は魔法を使用するのに使われると思われる、先端にキレイな藍色の水晶が組み込まれた杖に体重をかけることにより、足の負担を少しは軽くできている。
リズが災厄の殺戮から皆を守るバリアを使用した時、使っていたのと同じ杖だ。リズの愛杖らしいんだけど、それがまた魔法使いっぽくてカッコイイし、キレイな水晶はリズによく似合っている。
「り、リズ。休憩、しますか?」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。もうすぐ中継地点の小さな村に辿り着くはずですので……それまで、頑張ります」
そう言って、辛そうだけどリズは前を向いて歩き続ける。
中継地点、か。そこでメルリーシャさんからもらったお金で必要な物を買い、それからサレンド村と呼ばれる、私がこの世界に召喚された場所に向かうという訳だ。
もうすぐつくというなら、今無理に休憩する必要もないだろう。
でも中継地点に辿り着いたのは、それから3時間ほど後の事だった。
森の中に出来た道をひたすらに進んでいくと、だんだんと、伐採されて人の手が加えられた木が視界に入るようになり、やがて道の先を塞ぐ門にぶちあたった。森の中に出現した村は、木で出来た簡単な柵によって囲まれている。門はその柵と連なって設置されている。柵の向こうには櫓もたっていて、そこに弓を手にした兵士が立って周囲を監視しているようだ。
「はぁ、はぁ……!」
「り、リズ!」
そこに辿り着いた瞬間、リズが限界を迎えたかのように倒れそうになったのを、私は支えてあげた。
ギリギリ倒れずに済み、身体が密着する事になる。
リズは体中から汗を流していて、密着する事によって伝わる体温は高い。頑張りすぎだよ。だから休憩しようって言ったのに。
「す、すみません。大丈夫、歩けますよ」
「……」
本人はそう言うけど、これ以上無理をするのはいけないと思う。
そこで私はリズの前に跪き、それから両足を後ろ手に腕で掴んで立ち上がり、リズを持ち上げた。持ち上げた際に手がリズのお尻を触るような形となるけど、不可抗力である。
「ひゃあ……!?」
「お、落ちないように、肩に掴まって、ください」
「いいですよ、こんな事しなくても!これ以上シズに迷惑もかけられませんし、それに私重いですよ……」
「全然重くないです。そ、それに、この方が、早くつくと思うので……」
「……すみません、お願いします」
リズは最初慌てた様子だったのに、そう言って黙ると、おとなしく私の肩に手を回してきた。そして身体を密着させて来る。
息を整えるために私の耳元で深く息をし始めたリズの息が、少しくすぐったい。でも同時に気持ちがいい。
リズは、もう歩けなくなるくらいに限界が来ていたのだ。最初は私の行動に反発したのは、更に無理をしようとしていたから。でも反発する元気もすぐになくなってしまい、諦めて私の背中に甘える事にした。そんな感じだと思う。
そういえば、メルリーシャさんが言っていたっけ。いつも気丈に振る舞うけど、実は弱い子だと。
今のリズは、まさにそれだ。
「ん。止まれ!お前、魔族だな!?魔族が何の用だ!?」
リズを背負いながら門までやってくると、櫓から門の外を見張っている男にそう怒鳴られて私は立ち止まった。
そういえば、前の町では迂闊に近づいて、魔族だという理由で牢獄に入れられたんだっけ。もしかしたらここでも同じ目にあうパターンなんじゃないのコレ。
そして例にもれず、今私はお腹が減っている。おとなしく捕まれば、ご飯にありつけるのだろうか……。
「私達、サレンド村に行く途中なんです!でも食べ物等の物資が底をついてしまい、この村で購入したくて立ち寄りました!それとこの方は魔族ですが、私が購入した奴隷です!なので安全です!」
そうそう。私は奴隷だからあんぜ……奴隷!?いつの間に私、リズの奴隷になったの!?ど、奴隷という事は、アレだよ。あんな事や、こんな事をされてしまうかもしれない。
いやらしい妄想がはかどるも、リズにされるならどんな事でも受け入れてしまいそうだ。
「ん?あ、貴女はリズリーシャ様、ですか!?」
「その通りです。リズリーシャ・ユーリストです」
「おい、門を開け!リズリーシャ様が来たぞ!」
慌てた様子で櫓にいる男が指示を出すと、門が呆気なく開かれた。
どうやらあの男はリズを知っているようだ。別にリズがキレイだから開けてくれた訳ではない。
「行きましょう。シズ。進んでください」
「は、はい」
奴隷宣言された後だと、指示が重く感じられる。というか何故か若干嬉しい。不思議だ。
門をくぐって中へ入ると、そこにはまず畑が並んでいた。そして奥の方に固まった建物達が見える。規模はそれほど大きくない。
「リズリーシャ様!お、覚えていますか!?サレンド村の、ウォーレンです!」
櫓に立っていた男は、赤髪の青年だ。年は私と同じか、少し下くらいだろうか。体格は立派だけど、顔はまだ幼い。背が高く、ヒョロっとしているけど袖から除く腕には筋肉がついており、鍛えている事が伺える。でも男なのに長く伸ばした髪の毛を後頭部で結んでいるのが気にくわない。そもそも男という時点で気にくわない。
「サレンド村の……。はい、覚えています。ご無事でなによりです」
「オレよりもリズリーシャ様こそ……王都で死罪を言い渡されたと聞いたけど……。そ、それに、王都に災厄が襲来したとも聞いています。町は!町はどうなったんだ!?」
櫓に立っていた男が興奮した様子でリズに、私に迫る。迫るだけなら百歩譲ってまだ許してあげよう。でも興奮して喋りながら唾も飛ばしてくるので、、正直殴り飛ばしたくなった。
周囲には門を開いてくれた男達もいる。大勢の男達が、興味深げに私達を囲んでくる状況となる。
気安くリズに近づくな。唾を飛ばすな。興奮するな。殺すぞ、気持ち悪い。
心の中で罵りながら、男達を睨みつける。
「ひっ……!」
そんな私の方をみた櫓の男が、ひきつった顔をして一歩退いた。
「皆さん落ち着いてください。……町は、残念ながら災厄の殺戮によって崩壊しました。私はその混乱に乗じて町を出たのです」
「こ、国王様は!?死んだのか!?」
「詳しい事は分かりません。混乱に乗じて逃げるのに必死だったもので」
「じゃ、じゃあ──」
「よせ!リズリーシャ様は明らかに疲労しておられる。見ればわかるだろう?とりあえず村長の家にお通しますます。どうぞこちらへ」
私達を囲う男達の中で、一番の年長者風の男がそう言って質問を遮ってくれた。
白髪頭のおじさんは、無精ひげも白い。でもまだ老いているとは言えず、身体は櫓の男よりも全体的に大きく、迫力がある。
彼は私達に向かってそう言うと、先導して歩き始めたのでその後に私も続く。その際に、男に睨まれた気がする。凄く嫌そうな顔をしていた気がするんだけど、その意味は分からない。
他の男達は何か言いたそうだけど、おじさんに言われたのでそれ以上の質問をやめた。代わりにペコリと頭を下げて私達を見送ってくれるので、リズも私の背中に乗ったまま手を振ったりお辞儀をしたりして、とりあえず包囲から解放される事が出来た。
村はのどかだけど、どこかピリついている。それは周囲に武装した人間が多いからだろう。あと、村を囲う柵も気になる。柵は明らかに襲撃に備えて設置されている。まぁそれは私達の目的地のサレンド村にいたあの化け物達を思えば、あってしかるべき物だと言える。この村はサレンド村と近い位置にあるはずだから。
そんなピリついた村の中を歩いて進んでいくと、一際大きな木造住宅の前で先導するおじさんが止まった。
「おお……!リズリーシャ!よく無事でいたね!」
その瞬間、家の中から1人のお婆さんが出てきた。お婆さんと言っても、背筋はピンと伸びている。背も高く、私よりも大きい。というかそこら辺の男よりもデカイ。顔つきもしっかりとしていて、肌の質もさほど悪くない。ただ、シワが目立つのでやっぱりお婆さんだ。でも頭を見ると、髪の毛は真っ白という訳ではない。白髪の中に黒髪がはえており、メッシュでもいれているかのようにオシャレに見える。毛量も多い。
若いんだか年おいているんだか、よく分からないお婆さんだ。
「お久しぶりです、ウプラさん」
「んん。あたしの事は気軽にウプラちゃんと呼べと、いつも言ってるだろう?」
「相変わらずですね、ウプラさん……」
「そうだろう?肌も絶好調さね」
そうは言うけど、絶好調というにはあまりにもシワが目立っている。
あとリズに向かってウィンクをしたけど、そのウィンクが下手だ……。
「……随分と辛い目に合ったようだね。こんなにやつれて、大変だっただろう?中に入りな。とりあえず飯だ」
でもすぐに真面目な目になり、疲れ切っているリズに気を使って立ち話を早々に切り上げてくれた。その上でご飯も出してくれるなんて、優しすぎる。私は足取り軽く、促されるままに家の中へと足を踏み入れた。
「ここから先に足を踏み入れる事が出来るのは、美しい乙女だけだよ。あんたは見張りに戻りな」
ここまで案内をしてくれたおじさんも続いて入って来ようとしたけど、お婆さんがおじさんを制して止めた。
「……入れるのが美しい乙女だけなら村長は無理だろう」
「あ?今、なんか言ったかい?」
「いえ、何も!見張りに戻ります!」
このお婆さん、やっぱり村長さんだったんだね。
村長さんに小さな声で反論したおじさんだけど、村長さんに睨まれて慌てて去っていった。