ずっと一緒に
私の夢は、あの世界から出る事だった。住み辛く、息が詰まりそうなあの世界は私には合わない。その先の世界の事など考えたりはせず、とにかくあの世界から逃げ出したかった。
その夢は叶い、今私は異世界にいる。出来れば女の子だけの世界であったほしかったけど、贅沢は言わないでおこう。
とにかく私は今、あの世界から出て別世界にいる。この世界は文明がさほど進んでおらず、でも魔法という物が存在する。誰もが一度は憧れた事があるであろうあの魔法だ。魔法で人を眠らせたり、強力な攻撃をバリアで防いだり、あとは魔法を用いてお湯を出すシーンを目の当りにした。たぶん戦闘面から人々の日常の面でも、魔法はこの世界の人々の支えとなっているのだと思う。
そんな便利な魔法があるこの世界を、私はリズリーシャさんと歩いている。
道は険しい。この世界の道は舗装されておらず、どこを歩いても砂利か土の道で、歩き心地が非常に悪い。アスファルトなんてこの世界にある訳ないし、この世界の文明レベルから鑑みるとコレが普通なのだろう。
むしろ道となっているだけまだマシだ。数日間森の中をさ迷い歩いた私には、そう思えるだけのポテンシャルがある。
「──ではサレンド村に出現した災厄の欠片は、シズが倒したのですか!?」
「は、はい。たぶん……」
道中で私は、リズリーシャさんにこの世界にやって来てからのいきさつを話した。その話の途中で、リズリーシャさんがあの影を倒した事に食いつきを見せた。
「町一つを簡単に壊滅させる恐れのある災厄の欠片を、たった一人で倒すとは……さすがですね、シズ」
「た、倒しても復活して来て……厄介な敵、でした……」
「災厄の欠片は、その体内に核となる災厄の一部を隠し持っています。その核を潰さない限り、災厄の欠片はそこから復活し、しかも魔物を生み出す能力を有する……。シズはその核に、気づいたのですね」
「えっと……あ、はい」
核とやらには、思い当たる節がある。
影の中から出てきた赤い塊、アレが偶然核で、私はそれを潰す事によって災厄の欠片を倒す事に成功した。
「どうやらシズは、鋭い洞察力もあるようですね。強い上に何の情報もなく災厄の欠片を倒してしまうなんて、素晴らしいです」
「え、えへへ」
褒められると弱い。思わず笑って照れしまう。
「……私の父上の最期は、どのような物でしたか?」
「え、えと……」
私はそれを、あえて避けていきさつを話した。
それはこの世界に来てから一番最初に遭遇したショッキングな出来事で、その出来事の中でリズリーシャさんのお父さんは命を落としてしまった。
正直言って、あまりいい死に方ではない。爪で引き裂かれた上で、強力な圧力によって潰されて作り出された死に姿は、目を背けたくなるような物だった。
「ま、魔物に爪で刺されて、血を流して……死んでしまいました……」
「シズに何か失礼な事はしませんでしたか?父は無神経で不器用な人だったので、異世界人であるシズに何か失礼な事をしなかったか心配で……」
──素っ裸の私に歓喜の声をあげながら近づいてきて、凄く驚かされました。変態だと思いました。怖かったです。
そう訴えたい所だけど、踏みとどまる。
そもそも私は、あの場にいた魔物達を瞬殺できるくらいの力を持っていた。なのに私は目の前のその人を見殺しにした。
この世界に来たばかりで混乱していたという言い訳は通用する。だけどそれは大切な人を奪われた人にとって、同時に怒りの対象にもなりかねない。その後ろめたさもあって、私は詳しい死のいきさつを避けていた。
「……ほ、本当は……わ、私がこの世界にやって来た時、彼は目の前にいました。で、でも私は、自分が置かれた状況が分からなくて、混乱していて……何もせずに目を背けました。気づけば彼は魔物に潰されていて……そ、その……爪で抉られた上で身体が潰れ、目玉も飛び出していて酷い傷を受けて死んでいました」
「そうなのですね。それで、この世界に来た時に何か紋章のような物がありませんでしたか?」
「……ありまし、た」
「なるほど。やはり私が残した本を参考に再現してみせたのですね。でも進行は九割ほどだったはず。父は一体、残りの一割をどうやって完成させたのでしょう」
リズリーシャさんは、そう呟きながら自分の世界に入ろうとしてしまう。
私はそれを見て、ちょっと慌てた。自分ではけっこうなカミングアウトをしたつもりだったのに、スルーされてしまったから。
だって今私は、リズリーシャさんの父親を見殺しにしたと言ったんだよ。何かしらの反応を見せてもらわなければ困る。
「あ、あ、あの」
「はい?」
「わ、私、リズリーシャさんのお父さん、を……見殺しにしました。何も出来ず、ただ見ていただけで……い、いえ、見てもいなかったです。気づいたら死んでいて、もっと悪い、です。とにかく私は、何もしませんでした」
「……」
リズリーシャさんは、そう訴える私を静かに抱きしめてきた。
「り、リズリーシャさん……!?」
「やっぱりシズは、優しいです。この世界に来たばかりで混乱していた貴女を、誰が責めるというのですか。そんな事を気にする必要はありませんよ」
「……はい」
この優しさに、私は甘えたくなってしまう。前の世界では経験した事がない……いや、ある。あった。それはもうとうの昔に失った物で、ただ私が忘れていただけ。
「ねぇ、シズ。次は、シズが住んでいた世界の話を聞かせてもらえませんか?」
もうちょっと抱きしめてもらいたかったけど、リズリーシャさんはマイペースに私を離して歩き出しながら、次の話をせがんで来た。
「……」
でも私の前の世界の話なんて、聞いたってつまらないだけだ。リズリーシャさんに話して喜んでくれるような話題は存在しない。
それに、私自身もあまり話したくはない。話そうとしても過去を思い出すみたいで、凄く嫌な気持ちになる。
だから私は、黙って目を伏せてしまった。
「シズ?」
黙り込んでしまった私に気づき、リズリーシャさんが振り返った。でも私はなんて言ったらいいか分からなくなり、黙り続ける事しか出来ない。
「……シズは、元の世界に戻りたいと思いますか?」
代わりと言わんばかりに、シンプルな質問が飛んできた。
イエスか、ノーか。極めて単純な質問で、答えやすい。
「思いません」
首を横に振りながら答えると、手が握られた。伏せていた顔をあげると、笑顔のリズリーシャさんが目の前に立っている。
「ならよかったです。シズがこの世界に呼ばれて迷惑で、元の世界に戻りたいと言われてしまったら私困ってしまいます。でもシズがこの世界を気に入ってくれれば良いのですが……なにせ今この世界は、災厄によって危機に瀕していますから。オマケにこの世界にやって来て早々、大変な目にあってしまったでしょう?」
「だ、大丈夫、です。私この世界、けっこう気に入っていますからっ」
「災厄の殺戮を経験しておきながらそう言えるなんて、さすがですねシズ。やはり貴女は、面白い。是非これからも私と一緒にいてくれると嬉しいです」
それはこちらこそだ。彼女は知らないかもしれないけど、こんなに可愛い女の子と共に過ごせるだけで私にはご褒美なんだよ。それに女の子と手を繋いだり、抱き合ったり、一緒にお風呂に入ったり……この世界に来てから、憧れていた事が次々と身に降り注いでいる。そんな世界を嫌いになる訳ないじゃない。
でも一応現実的な事を言うと、私はこの世界に知り合いなど一人もいない。今ここでリズリーシャさんに見捨てられたら、路頭に迷う事になる。
だから、嫌われて捨てられないようにしなければいけない。
「わ、私も、リズリーシャさんとずっと一緒に、いたいです」
「ずっと一緒に!?それは素敵ですね!ではそうしましょう!私達は、ずっと一緒です!」
「は、はい」
喜ぶリズリーシャさんに、私は少し引いてしまう。けど彼女が喜んでくれるのが嬉しくて、自分の頬が緩むのを感じる。
「シズって、笑うと可愛いですよね」
「ふぇ!?」
突然そんな事を言われた上で顔を見つめられ、私は慌てて真顔に戻ろうと努力する。けど真顔ってどうやるんだっけ。
「それとこれから私の事は、リズって呼んでください」
「り、リズ、ですか?」
「そうです。シズと、リズ。なんだか語呂が良くて、素敵だと思いませんか?」
言われてみれば、そう呼び合うと2人の名前は一字違いで、似ている。でも私なんかがニックネームで呼んでもいいのだろうか。呼んで、嫌われたりしないだろうか。
「……り、リズ」
「はい!よく出来ました」
この人がそんな事で私を嫌いになる訳がない。そう信じて、私は恐る恐る口に出して呼んでみた。
すると、頭を撫でられてしまった。なんだろう。凄く恥ずかしくて、凄く嬉しい。今の私は絶対に顔が真っ赤に染まっている。
それを誤魔化すように、頭を撫でられている間私は必死に顔を伏せ続けるのであった。