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災厄に怯える世界で、夢見る少女と。  作者: あめふる
一章 災厄に怯える世界
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夢を叶えるため


 メルリーシャさんが、優しくリズリーシャさんの手を握った。両手でしっかりと握って、その手を自分の胸に抱く。

 勘違いしてほしくないのは、いやらしい意味ではない。


「……でも私は、怖いのです。災厄の殺戮によって命を落としかけた今、あんな化け物を一体どうやって倒すのかと自分に問い、その答えを導き出す事が出来ません」

「怖いですよね。私も、怖いです。あんな物を目の当りにしたら、誰もがそう感じて萎縮してしまうでしょう。でも貴女が夢を追いかけてくれるのなら、私は恐れません。貴女の夢を……私の夢を、世界中の皆の夢を……どうか忘れず、追いかけてください」

「……」


 リズリーシャさんがそこで黙り込み、その手から力が抜け落ちた。力が抜けたその手をメルリーシャさんが解放すると、手がだらりと落ちる事となる。

 最初、その手はまだ震えていた。でもやがて震えはなくなり、強く拳が作られて同時にリズリーシャさんが前を向く。その目は真っすぐにメルリーシャさんを捉えており、メルリーシャさんは優し気な微笑みをその目に返した。


「……母上がそう言うのなら、やらなくてはいけませんね。分かりました。私は、私の夢を追いかけます」

「大丈夫。貴女ならきっと出来ますよ。貴女は大賢者グレイジャ・ユーリストの孫にして、天才魔術師なのですから」


 そう言って、メルリーシャさんはリズリーシャさんを抱きしめた。リズリーシャさんも、その胸の感触を楽しむように強く抱きしめ、互いに相手を慈しみ合う。

 そこにやらしさは一切感じない。美しい光景がそこにあり、何人たりとも踏み入れる事の出来ない聖域が出来上がった。

 でもコレが家族愛だと思うと、なんかちょっとつまらなく感じてしまう自分がここにいる。私に家族愛は理解する事が出来ない。例えどんなに美しい光景であっても、どこか冷めてしまう。


 やはり私は、冷淡な人間だ。いや、もう人間ではないのか。




 荒廃とした町。そこには瓦礫と、心と身体に傷を負った人々だけが残された。

 私はこの町に大した思い入れがある訳ではない。見知った人もおらず、友達や家族もいない。だから傷つかない。

 私は薄情な人間だ。リズリーシャさんの言う優しさなど、この心のどこにも持ち合わせてはいない。


「シズさん」

「は、はい」


 メルリーシャさんに名を呼ばれ、私はメルリーシャさんを見つめる。


「こんな事態になってしまいましたが、まだ娘と共に町を出ていただく事は可能でしょうか」

「は、はい。勿論、です」


 私はここに残り、人々のために働くなど出来そうにもない。だからリズリーシャさんが夢を追いかけて町を出ると言うのなら、喜んでそれに付いていく。


「ありがとうございます。貴女が一緒なら、私もリズも心強いです」

「ユーリスト様!」


 そこへ、慌てた様子で鎧を着込んだ男が駆け付けてやってきた。その重そうな鎧を着込んだまま本気で駆け付けたようで、息が荒れて汗も溢れ出ている。


「どうかしましたか?」

「こ、国王様の一団が、町に戻ってまいりました!」


 国王様というと、皆に災厄が迫っている事を黙り、自分だけ逃げだしたクズの事か。


「よくもノコノコと……!」


 殺気だった様子でウルエラさんが呟き、腰につけた剣を強く握る。放っておいたら本当にその国王とやらを殺しに行ってしまいそうな迫力があり、メルリーシャさんがそんな彼女をたしなめるように肩を叩く事によってその殺気は抑えられた。


「リズ」

「はい」

「本当はもう少しゆっくりしてからお別れとしたい所ですが、そうも言っていられないようです。もし王妃様が貴女の姿を見れば、また貴女を罪人として処刑しようとするでしょうからね。だからそうなる前に、今すぐシズさんと発ちなさい」

「……はい」


 リズリーシャさんは、心苦しそうにしながらも強く頷いて答えて見せた。


「シズさん」

「は、はいっ」

「手を出してください」

「……?」


 言われた通り手を出すと、その手の上に袋が置かれた。ズッシリとしていて、軽く揺らすと中でチャリチャリと音がする。


「お金です。このお金を使い、どこか他の場所で生き延びてください」

「あ、ありがとう、ございます」


 これがこの世界でどれくらいの価値を持つ物なのか私には分からない。でも量と重さ的に、中々なんじゃないかと思う。

 私はその袋を、大切に懐の中にしまいこんだ。


「それと、少ないですが……」


 そう言って、次はバスケットを手渡された。


「中にはパンや野菜などの食料が入っています。どうにか無事だった食料をかき集めました。お腹が減ったら食べてください」


 そういえば、昨夜は結局パン1つだけしか食べていなかった。アレだけではさすがに満たされない。だから、今はお金よりもコレの方が嬉しい。

 今すぐ蓋を開いて食べたい衝動にかられるけど、我慢だ。


「では、今度こそお別れですね。リズとはもうハグをしたのでー……」


 メルリーシャさんが目を泳がせ、リズリーシャさんを見つめる。それから私に視線を戻すと、私を抱きしめてきた。

 その大きなおっぱいに胸を挟まれる事になる。リズリーシャさんよりも遥かに大きく、柔らかい。いい匂いもたくさんする。リズリーシャさんの胸の中も天国のようだったけど、こちらも負けず劣らずの天国である。


「は、母上!」

「ふふ。シズさん、リズをお願いしますね。あの子はいつも気丈に振る舞っているけど、本当はとても弱い子なのです。檻の中に閉じ込められていた時も、本当は不安でたまらなかったはず。その傷を、どうか癒やしてあげてください」


 耳元でそう囁かれ、私はメルリーシャさんのおっぱいから解放された。すかさず間に入ったリズリーシャさんが、私を背に庇いながら後退する。


「本当は他にも役に立つ物を渡したいのだけど……御覧の通りですので。せめてそのお金を使い、必要な物は調達してくださいね。リズ。シズさんと、仲良くするのですよ」

「言われなくとも、当然仲良くします。母上こそ、ウルエラさんと仲良く過ごしてくださいよ。ウルエラさん。母上をよろしくお願いします」

「この身が亡びるまでお守り致します」

「そういう事もですが、心の件もです」

「はっ……善処いたします」


 心の件、か。リズリーシャさんにとっては父を失い、メルリーシャさんにとっては最愛の夫を失ったばかりという事になる。


 昔、私の両親が死んでしまった時、私はどう想ったっけ。

 ……もう随分と遠い昔のように感じ、あまり記憶にない。というかそもそも、両親との思い出すらもぼやけている。

 でも確か、ショックだったかも。もしリズリーシャさんもショックを受けているのなら、癒やしてあげたい。でもそんな大役、私に務まるのだろうか。もっと付き合いの長い人がすべき役ではないのだろうか。

 でもそう言っていられない程の事情が、両名にはある。ならばその役、引き受けさせてもらおうじゃないの。可愛い女の子の心の傷を癒やすって、なんか美少女ゲームの主人公っぽくてカッコイイし。


「しかしシズさん、気を付けるのだぞ。奥様もその娘であるお嬢様も、母娘そろって容姿の整った者は男女見境なく手をだす傾向がある。特に貴女はお嬢様に気に入られているようなので、その内必ず貴女にその欲望をぶつけてくるはずだ」

「人聞きが悪い事を言わないでください。私は母上ほど節操のなに人間ではありませんよ。そういうのは、合意の上でやる物だと認識しています。だから私は安全です」

「何が安全ですか。貴女に受けたセクハラの数々、私は忘れていませんからね。それからメイド達の中でも、貴女に触られたと訴える者がいます。奥様に宛てられたのと同様の訴えです。まぁ別にそれが嫌だと言う者はおらず、むしろよろこ……いえ、なんでもありません。とにかく、気を付けるように」

「むー」


 そうは言うけど、昨夜のリズリーシャさんとのお風呂での出来事が脳裏をよぎる。あの時リズリーシャさんは、特に確認せず私に迫って来た。あと一歩で私は本当にいただかれてしまう所だったのだ。

 別に嫌という訳ではない。でもあまりにも急すぎて、心の準備も出来ていなかった。中々に強引だったとは思うので、コレはウルエラさんの認識が正しいと思う。

 しかし頬をふくらませて不満げなリズリーシャさんが可愛い。こんな美少女に身体を好きにされても、全てを赦せてしまうだろう。


「行きましょう、シズ!」


 リズリーシャさんが、私の手を取って歩き出した。私も引っ張られるがままに歩き出し、その場を後にする。

 その際リズリーシャさんは、一切振り向く事はなかった。私は振り返ると、メルリーシャさんとウルエラさんが笑顔で手を振って見送ってくれている。


 リズリーシャさんが振り返ったのは、町を出てからしばらくしてからの事だった。瓦礫の山となった町を一望できる場所まできて、振り返ったリズリーシャさんの目に涙が浮かぶ。

 でも涙は溢れる事はなく、溢れる前に涙を袖で拭き取り、その目は鋭くなって歩む方向へと向けられる。


 きっとこの人は、夢を目指して歩き始めたのだ。その後ろ姿は私には眩しすぎるくらいに輝いていて、彼女の夢が達成するその瞬間を、私は見てみたいと思った。


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