この世界を覆う闇
目を開くと、キレイな夜空が広がっていた。満点の星と、4つの月も健在だ。
気を失う直前の記憶にある、赤い光はどこにもない。
「……気が付きましたか、シズ」
「……」
夜空よりも、キレイな人がそこにいた。その人は天使のような優し気な笑みを浮かべながら私の顔を覗き込んでおり、今気づいたけど私はその人に頭を撫でられていた。
状況から察するに、私はこの人──リズリーシャさんに膝枕をされている。
「り、りり、リズリーシャさ、ん……!」
慌てて起き上がろうとしたけど、リズリーシャさんは私の胸に手を当てて起きれないようにした。起きようと思えば起きれるけど、制されたのでやめておく。そして後頭部の柔らかいふとももの感触を楽しむ事にした。
「ど、どうなりましたか?」
「貴女のおかげで、私達は生き延びる事が出来ました。本当に、ありがとう。私を檻から救い出してくれただけではなく、災厄の殺戮からも私を守ってくれるなんて……。ううん。私だけではなく、母上や、家族のように接してきた大切な使用人の皆さんまで。感謝してもしきれません」
どうやら、皆無事のようだ。私が助けようとしたのは主にリズリーシャさんだけだけど、ウルエラさんや、メルリーシャさんも助かった事は喜ばしい。2人も凄く可愛いしカッコイイし、それにメイドさん達も可愛いので助かってよかった。
助かった使用人の中には男の人も混じっているんだけど、そこはご愛嬌という事で見逃してあげよう。
リズリーシャさんに膝枕されながら視線を横にすると、そこには崩れ去ったお屋敷があった。残っているのは、私が立っていた場所とその下の一部だけ。リズリーシャさんや、他の皆はその狭い空間にいて助かったのだ。
他は、酷い有様だった。そこにあったはずの物は消え去り、更地となっている。僅かに瓦礫や家具の欠片などが残ってはいるけど、あの赤い光の破滅的な攻撃によって、町という物が消え去ってしまった。
今はもう、光の柱は見当たらない。空を覆う赤い光もない。
「……災厄って、なんなんですか?」
私はリズリーシャさんに、ようやくその疑問をぶつける事が出来た。
「『災厄』とは、この世界を覆う闇です。とても強大な力を持つ者で、魔物を生み出し、世界中の人々を苦しめる存在。災厄は時として町を襲い、人々を殺します。貴女が見たあの赤い光は『災厄の殺戮』と呼ばれる現象で、人々を一瞬にして消し去ってしまう災厄の行いの一部です。その存在は五百年ほど前から確認されており、その日からこの世界は災厄の恐怖に苦しめられてきたのです。たまに『災厄の欠片』と呼ばれる影のような物を落としていく事があるのですが、それもまた魔物を生み出す危険な存在……。倒す事が出来なければ、その地は魔物に支配されてしまいます」
その災厄の欠片とやらには、心当たりがある。私がこの世界にやって来たばかりの頃、目の前でゴリラの魔物を作り出して見せた影が頭に浮かぶ。
あれは危険な物だったんだ。
「今この世界は、危機に瀕しています。災厄によって世界中の町々が破壊され、人も大勢死にました。どうにか復興しても、その町もやがて災厄によって破壊され、また復興しては破壊されての繰り返し……。人が住める地も、どんどん減っていっています。今この世界の半分ほどは魔物の住処になっており、そこに人々は近づく事すら出来ません。だから私は貴女をこの世界に呼んだのです」
「私を……?」
「はい。この世界の人々の力だけでは、災厄を倒す事は出来ません。この五百年間で、人々の知恵と力を振り絞って抵抗し続けて来ましたが、災厄を倒す事は出来ませんでした。だから私は祖父の研究を受け継ぎ、召喚に関する魔術を研究してそれを現実の物したのです。全ては災厄を倒すため。シズは、災厄を倒すためにこの世界にやって来たのです」
つまり私は、この世界を救う勇者様としてこの世界に連れてこられたという訳か。でもどうしてよりによって私が呼ばれたのだろう。陰険で、なんの力も持たない普通以下の人間。それが私だ。高潔な心も持っておらず、好きな物は美少女。嫌いな物は社会全般のシステムや、男。どちらかというとちょっとヤバイ寄りの思考の持ち主である。自分で言うのもなんだけども。
黒王族とやらの力を授かったおかげで、一応力は手に入れた。けどそんなに大した力ではない。災厄の殺戮から、ほんの一握りの人を守るだけで手一杯だった。それもリズリーシャさんの魔法がなければ無理だった。
こんな私が災厄とやらと戦っても、きっと負けてしまう。そもそも五百年間もこの世界中の人々が力を振り絞って倒せなかった物を、私が倒すなんて無理に決まってる。
「……勝手な事をしたと、怒っていますか?貴女をこの世界に呼んだのは私ではないけれど、間接的に私が呼んでしまった事に変わりはありません。助けなければよかったと……そう思っていないか、心配になってしまいます」
「そんな事、お、思いません……無事でよかった、です」
「……ありがとうございます。貴女は、優しい方ですね」
私が優しい?それは聞き捨てならない。私は世界が滅んでもどうでもよくて、ただリズリーシャさんが可愛いからという理由で助けたどうしようもない思考の持ち主だ。
そう反論したい所だけど、上手く言葉を発する事が出来ない。
「シズさん!よかった、目が覚めたのだな!」
そこへウルエラさんが走ってやって来て、私の傍に座り込んで顔を覗き込んできた。
その勢いに驚いて私は思わず起き上がってしまった。ああ、くそう、リズリーシャさんの柔らかい太腿が。
「貴女のおかげで私達はこの通り、生き延びる事が出来た。なんと礼を言ったらいいか……!」
でも代わりに待っていたのは、ウルエラさんの熱い抱擁だ。ウルエラさん、いい香りがする。所々筋肉で硬い所もあるけど、おっぱいはちゃんと柔らかいしとても心地が良い。
「わ、わわ……あ、ありがとう、ございます……?」
人にこうして抱き着かれる事に慣れていない私は、若干パニック気味に思わずお礼を口にしてしまった。
「礼を言うのはこちらだ。ありがとう。ところで腕が治っているな。やはり貴女は、本当に黒王族なのだな。凄い、よく見せてくれ。ふむ。肌が凄くキレイだ」
興奮した様子のウルエラさんが、抱擁をやめると次は私の腕に抱き着いて至近距離で腕を見てきた。腕にウルエラさんのおっぱいが当たっている。その上で息がかかるくらい近くで腕を見られ、胸の鼓動が早まる。
「もう、ダメですよウルエラさん。シズは起きたばかりなんですから、程々にしてください」
そう言って、リズリーシャさんがウルエラさんから私を引き離すように、私の顔を引き寄せてその胸に抱きしめてきた。
顔面いっぱいに、リズリーシャさんのおっぱいの感触が広がる。控えめながら、私よりは確実に大きい物がそこにあり、私の顔を幸せで包み込んでくる。なんだコレ。幸せすぎて、幸せすぎる。このおっぱいを守って良かったと、私は今心の底から想える。
「すまない。少し興奮してしまったな」
謝る必要なんて全くない。怪我はもう完治しているし、体調も悪くない。
リズリーシャさんの太腿から起こされたのは少し謝ってほしいけど、でも今はそれを超えて逆にお礼を言いたいくらいの状態にある。もう、コレさえあればなんでもいい。
「……」
ふと、目に光が入った。それは赤い光ではなく、神々しい白い光だ。
地平線の向こうから太陽が顔を出し、その朝日によって大地が明るく染められていく。
そういえば、この世界にもちゃんと太陽があるんだね。月の数は違うけど、世界の構成が元の世界と同じというのは少し面白い。
「シズさん。目が覚めたのですね」
そこへ美しいドレス姿のメルリーシャさんが、優しく微笑みかけながらやってきた。その姿を見たウルエラさんが、すぐに彼女の横に立って姿勢を正す。
「母上。そちらはどうでしたか?」
「出来ればそうあってほしくはありませんでしたが、やはり予想通りでした。災厄が姿を表す数刻前、騎士団や一部の貴族達が町を出るのを、見張りが確認しています。姿は確認出来なかったようですが、その中には国王様や王妃様もいるでしょう」
「やっぱり……だから私が処刑される前日だというのに、王妃様は檻にやって来なかったのですね」
「ええ。あの方の性格上、絶対に貴女をいたぶりに来るはずですからね。その現場にやって来なかったのは、緊急の用事が出来たから。そしてその緊急の用事とは……」
「災厄の襲来……!」
「……」
また、私だけが話から置いてかれている。まぁリズリーシャさんのおっぱいが心地いいので、全然いいのだけど。
そう思っていたけど、リズリーシャさんが私をおっぱいから引き離してきた。
「通常災厄は常に見張られていて、国同士で連携も取られてその進行方向は常に把握されています。町に近づきそうなら、その町にはすぐに逃げられる体制を用意するように警告され、事前に準備しておく時間は十分にあるのです。今回のように、災厄が姿を現わしてから警告の鐘がなるなど、通常はありえない。誰かがそれを意図的に隠し、直前まで災厄が来ている事など誰も分からない状態で、町は襲撃を受ける事になったのです」
「意図的に隠していたのは、この国の王。混乱がおき、自分達が逃げる時間が失われる事を恐れ、隠して先に逃げたのです」
おっぱいから解放され、リズリーシャさんとメルリーシャさんが私にも分かるように説明してくれた。
その説明から察するに、この国の王様は本当にダメダメだ。国のトップにたつ人間としての資格は勿論、人として終わっている。
「……」
あらためて周囲を見渡すと、酷い状況だ。そこに立ち並んでいたはずの建物はもれなく傷ついており、瓦礫が少し残っていればマシな方。それでもこの災厄を乗り越え、運良く生き延びた人達が私達の周囲に集まりだしている。
怪我人は横に寝かされ、手当てされ、動ける人は瓦礫を除ける作業をしているようだ。この絶望的な状況の中で、人々はそれぞれが出来る事をこなして前を向こうとしている。もしかしたらそうする事で現実逃避しているだけかもしれないけど、人って本当にたくましい。
「さて、リズ。町はこうなってしまい、もう国としての体裁がなくなった今、貴女が裁かれる事はないでしょう。貴方を陥れ、国を導いていていた者達も去りました。貴女は罪人ではなく、ただの貴族の娘です。そうなった貴女は、どうしますか?」
「私は……母上と一緒にいます。母上はここに残り、皆さんを導くつもりなのでしょう?」
「はい。生き残った人々には、指導者が必要です。グラハム亡き今、私がその役を買うしかありません」
「だったら、残って母上を支えます」
「それは嬉しい申し出です。私もリズと別れずに済みますし、貴女が傍にいてくれれば心強い。けど、本当にそれで良いのですか?」
「……はい」
「ここに残れば、自由な時間はしばらく取れませんよ。生き残った者達で、この先生きる方法を探してさ迷い歩くことになります。魔法の研究をしている暇もないでしょう」
「何が言いたいのですか?」
「貴女の夢を、私に聞かせてもらえませんか?幼き頃からお義父様と語り合っていた、あの夢を」
「……災厄を倒して、災厄に怯える事無く笑顔で暮らせる世界にする」
リズリーシャさんは、片方の耳にだけついている赤いピアスを触りながら、その夢を語った。
そういえば、そのピアスは確かリズリーシャさんがお爺さんから貰った物だと言っていたっけ。片方は壊されてしまったけど、1つは死守したとも。もしかしたら、今話に出たメルリーシャさんのお義父様とやらから貰った物なのかもしれない。
それにしても、あんな凄い現象をおこせる化け物を倒すとか、途方もない夢だ。けど、なんとなくリズリーシャさんなら出来てしまう気がする。
「その夢は、災厄の殺戮に遭遇した今も、変わりありませんか?」
「変わりません。私は、お爺様が果たせなかった夢を継ぎ、この世界から災厄をなくしたいと思っています」
「ならばここに留まっていてはいけません。町を出て、夢を追いかけなさい」
「それでは母上が……!私は、母上を支えたい!父上がいなくなった今、母上を支えられる家族は私だけなのですよ!?私にとっても同じです!家族はもう、母上だけとなってしまいました……!」
「……周りを見てみなさい。ここにいる人達は、災厄によって大切な物や家族に友人、その住処までもを奪われてしまいました。全ては一瞬の出来事で、失った物がない人間はどこにもいない。災厄さえいなければ、こんな事は起きなかった。そして災厄さえいなければ、この先こんな事も起きずに済む。生き残った者達は災厄がいる限り、また同じ目に合うのではないかと不安の中で生活しなければいけない……。でも貴女が災厄を倒せば、その不安は拭われる。大切な物は帰って来ずとも、前を見て歩く事が出来る。貴女のその夢は、貴女だけの夢ではないのです」
「でも──……」
リズリーシャさんはそこで言葉を区切って俯いてしまった。
その手や身体が少し震えているようで、私は心配になってオロオロしてしまう。
でもそれを慰めるのは私の役目ではなく、メルリーシャさんだった。