報告と、呼び声
本日二度目の投稿。
最終話となります。
リズに異世界に呼ばれてから元居た世界に戻り、この世界では一日の時間が経過していた。
あちらの世界では一日以上の時間が経過し、とても濃密な日々を過ごしたけどこの世界ではたったの一日しか時が流れていなかったという事になる。その辺のシステムはよく分からない。
とりあえず、一日で済んでいた事を幸いに思っておこうか。
私は丸一日この世界から消えていた事になるけれど、特に行方不明届だとかは出されていなかった。
この世界の、今の私の家族は私を邪魔者扱いしているので、たったの一日いなくなったくらいでそんな面倒な事はしてくれない。学校側にも適当な理由をつけて休むと伝えていたようで、次の日学校に行くと特に何も聞かれる事はなかった。
ただし、丸一日家事を放置した事で、家族からグチグチと文句は言われた。私がいなければ家事が回らないというのに、都合のいい事だ。
呆れさせられたけど、まぁこういう人達なので今更どうとも思わない。
時間は、私の喪失感を忘れさせるかのように、容赦なく過ぎていく。あまりにも普通の日常が、あちらの世界の記憶を薄れさせ、次第に慣れに支配されていく。
私の場合、元の鞘に収まったという感じか。あちらの世界で経験した、大きな化け物を倒したり、死んでも生き返ったりと、そっちのほうが非日常で、こっちが本物の日常。
家族に嫌われながら生き、その家族のために家事をし、学校では家の仕事が忙しいという理由で遊ぶ暇もなく、ろくな青春を過ごしていない。
一見すると変わらないかもしれない。けど、もう絶望はしていない。いつかまた、リズと会える。
今は腐らず、この世界の自分の役割をやり遂げているだけ。
不満はないと言えば嘘になる。
前の世界同様の力があれば、家族なんてとっくに殺していてもおかしくはない。でも幸いにしてこの世界の私はごく普通の人間で、殺すには色々と準備する必要がある。殺した後の事も面倒で、警察、逮捕、刑務所……そう考えると、結局のところ殺す価値もないかと結論づく。
まぁ殺すとかは軽い冗談だ。
一応は宿を提供されている身として、宿代と思って働いてあげよう。
でも今日この日だけは、その仕事も放置して私はとある場所へとやってきた。
場所は、とあるお墓だ。田舎にある田んぼに囲まれたお墓で、交通の便はすこぶる悪い。けど代わりに静かで空気が澄んでおり、その上手入れが行き届いているのか全体的にキレイで、とても良い場所だ。
立ち並んだ墓石の中に、天神家と刻まれた墓石があり、私はその前に立っている。少し古びたこの墓石は、天神家の先祖代々が眠る墓石である。
この下に、私のお父さんとお母さんも眠っている。
ずっと、ずっと、自分の勝手な思いで裏切られたと思い、放置していた。両親が死んでから、私は一度もこの場所を訪れた事がない。全ては私が勝手に怒って、勝手にいじけていたせいだ。
「……ごめんね」
まずは、ポツリと呟くように謝罪の言葉を口にした。
それからお墓の周りを少しキレイにして……と言っても、少し雑草をむしりとったくらいだけど。それから墓石を磨き、水とお供え物の饅頭を置き、線香をたいて手を合わせる。合わせて目を瞑りながら、私は大切な人が出来た事を伝えた。それから、異世界での大冒険の事も。そしてその世界を救った事も。
いきなりかなりの非現実的な報告になってしまったけど、本当に起きた事だから仕方がない。
一通り報告し終わると、ふと、誰かが私の頭を撫でた気がした。
感触はないけど、そんな気がして私はゆっくりと目を開く。すると、そこにはお母さんが立っていた。
「……っ」
柔らかな笑みを浮かべ、あの日、あのままの、もう私の記憶の中でしか存在しないはずのお母さんが、そこに立って私の頭に手を伸ばしていたのだ。
私は息を呑み、目を見張った。
よく見れば、お母さんの隣にはお父さんも立っている。両親揃って笑い、でもちょっとだけ寂しそうな顔をしている。
一瞬幻影かと思ったけど、違う。コレは幻じゃない。
「お父さん。お母さんっ……私、生まれて来て良かった。一緒に生きていけないのは寂しいけど、私はもう一人じゃないから。だから、もう大丈夫だよ」
「……」
お父さんとお母さんの声は、私には届かない。でも私がそう言うと、2人は涙を流しながら私を優しく抱きしめてくれた。抱きしめられても、温もりは感じない。でも、とても温かい。心の底まで暖かくなって、涙が溢れ出て来る。
気づけば、両親の姿は消えていた。後には私だけがお墓の前に佇んでおり、静かに涙を流している。
……そっか。
お父さんとお母さんは、ここでずっと私を待っていてくれたんだ。
2人の姿を見る事が出来たのは、たぶんリリアーゼさんが私にくれた聖女の力のおかげだ。
気づけば私の周囲はキラキラと光る白い光が漂っており、魔力を感じて暖かい。異世界でいくらでも感じて来たそれを、この世界でも感じているのがその証拠だ。
ありがとう。おかげで両親の姿をもう一度見る事が出来て、抱きしめてもらう事が出来た。心の中でリリアーゼさんにお礼を呟き、両親が去った後の墓石を見つめる。
「──シズ」
すると、声が聞こえて来た。その声は私の一番大切な人の声で、ずっと聴きたくてたまらなかった声だ。
すぐに周囲を見渡して声の出所を探すも、姿はどこにもない。
聞き間違いではないかと思われそうな細い声だったけど、絶対に聞こえた。いくら私がずっとリズの声を求めていたからと言って、幻聴まで聞こえてくるほどではない。
「シズ」
もう一度ハッキリと私の名を呼ぶリズの声が聞こえて、もう確定する。リズが、私を見つけてくれたのだと。
「リズ!」
私は自分の名を呼ぶリズに対し、大きな声で返事をした。
返事をしたその瞬間、私は足元に突然開いた穴に落ちていく事になった。いつか、リズが私を呼んでくれた時と同じ現象だ。この穴に落ちて行った先に、リズが待っている。
心が、期待で満たされる。もっと早く落ちて、一秒でも早くリズと会いたい。
そんなに長い時間ではないけど、落ちている間にリズと再会したら何をしようかと考えておく事にする。
まずはそうだな……キスだ。キスをしよう。それから手を繋いで色んな所に出かけて、買い物をしたり、また湖に泳ぎに行ったり、ピクニックをしたり、家の中でだらけたり……ずっとずっと、一緒の時間を過ごしたい。
やがて穴の底が見えて来て、私は再び異世界への敷居をまたぐのであった。
これでこの物語は終わりとなります。
ありがとうございました!