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喪失感


 もしかしたら、全ては夢だったのだろうか。


 私は今、元の世界で、学校の制服を着て、道端で呆然と突っ立っている。足元にはマンホールがあり、頭を触ると当然のように角はない。


 勿論夢ではない。全ては現実で起きた事であり、あの世界でおきた出会いや出来事を否定するわけではない。

 ただ、周囲の風景があまりにも日常すぎて……どうしてもそんな感覚に陥ってしまう。


 ……体に、少しだけリズの温もりを感じる。


 直前まで抱き合っていた、愛する人。その温もりが今は寂しくて、急な不安に駆られる事になる。

 本当に、リズと再会出来るのだろうか。どうやって私をあちらの世界に呼んでくれるのだろうか。いや、待つだけではアレだ。私もどうやったらあちらの世界に行けるのか考えなければいけない。

 でもどうやって?この世界には魔法なんて技術は存在せず、勿論異世界への扉を生み出す方法も存在はしない。物語ではいくらでもそういう話はあるけど、現実では皆無だ。


「……アレ?」


 呆然としながら、ふと気が付いた。周囲の風景が、動いていない。

 人も歩いてこなければ、車も走ってこないし、音もない。


「──こんにちは」


 突然背後から声を掛けられ、私は勢いよく振り返る。

 するとそこには、黒髪の女性が立っていた。柔らかな笑みを浮かべた、優しそうな女性だ。


「……」


 こんな知り合い、私にはいない。これで通りすぎて行けばただの通り掛けの挨拶と判断するけど、でも彼女はこちらを見つめていて、むしろ歩み寄って近くで立ち止まってしまった。

 こんにちはと、返すべきだろうか。それとも不審者と判断して全力ダッシュで逃げるべきだろうか。


「ふふ。そう警戒しないでくださいまし。実は貴女様に一言お礼が言いたくて、かような場所にまで付いて来てしまいました」


 よく見れば、彼女は黒い。髪も、特に目が特徴的だ。引きずり込まれそうな、本当に深い黒色。何より、頭についた角。直角に生えたその角は、この世界に存在する人にはついていないはずだ。


「黒王族……!」

「はい。私、黒王族のリリアーゼと申します」

「ど、どうして黒王族がこんな所に……」

「今の私は貴女と一体だった頃の、残滓のような物です。じきにこの世界から消えて元の世界に魂として還ります。……ありがとうございました、シズ様。我が愚王の愚かな行いが作り出した災厄と呼ばれる化け物を倒した上で、囚われていた黒王族を開放してくださり、いくら礼を言葉にしても言い尽くせないほどの感謝の念を抱いております」


 リリアーゼさん……。


 何故だろう。この人とは何故か他人のような気がしない。


「あ、貴女はもしかして、角の……?」

「はい。その通りでございます。よくお気づきになられましたね」


 リリアーゼさんは、私がハッキリ言っていないのにも関わらず、嬉しそうにそう答えた。


 リリアーゼさんの頭についている角は、あちらの世界で私の頭についている物と同じだと、そう感じて尋ねたのだ。どうやらその通りだったらしい。

 角の本来の持ち主であるリリアーゼさんを他人のように感じなかったのは、そのためだ。


「貴女が次の災厄になってしまうのではないかとヒヤヒヤしましたが、リズリーシャ様が機転をきかせてくれて助かりました。そのせいで貴女には辛い別れを強制する事になってしまいましたが、すみません……」

「ま、また会えますっ。リズがきっとまた、私をあちらの世界に呼んでくれるはずですから」


 私はそう信じて皆とお別れしたのだから、それを否定されたら本当に困る。生きる希望がなくなってしまう。だから、少し声を荒げる形でリリアーゼさんに言ってしまった。


「……ええ、そうですね」


 それでも彼女は柔らかく笑い、肯定してくれた。


「く、クシレンや黒王族達はその後、どうなりました、か?」

「解放されましたよ。もう黒王族の王は存在しないので、黒王族の魂が現世に留まる事はございません。同時に我が愚王の呪縛からも解放され、還るべき場所へと還り、次の生が訪れるのを待つ事になるでしょう。貴女のおかげです」

「……良かった、です」

「ありがとうございました。そして、ごめんなさい。我が愚王の企みにより、貴女に大切な方々との別れを強いてしまった事を、お詫びします」

「も、もういいです。お礼も、謝罪も……一度で十分です」

「失礼いたしました。何度もしつこかったですよね。でも何度お礼を言ってもしたりないくらいなのです。……ああ、もう時間ですか」


 そう呟いたリリアーゼさんの身体が、透け始めた。まるで存在がこの場から消えようとしているようで、私は思わず手を差し出すも、私の手は彼女をすり抜ける事となる。


「異世界に留まるには、異世界の物が必要なのです。今の私にはそれがない上に、魂だけの存在なので長くは留まれません。ですが、消えたとしても還るだけなのでどうかお気になさらないでください。でも消える前に、貴女にコレを差し上げます」


 そう言ったリリアーゼさんが、突然私に抱き着いて来た。けど、身体は透けて通り抜けただけで、温もりも感じる事はない。


「私の持つ、聖女の加護を貴女に授けました」

「聖女……」


 私には似合わなそうな力だけど、確かに私は自分の中に何かが入って来るのを感じた。


「邪なる者を浄化するその力を持っていれば、きっと何かのお役にたてるはずです。それにこの力を持っていれば、きっとリズリーシャ様が貴女を呼び寄せるための道しるべにもなるはずです。世界を救い、私達黒王族を救ってくれた貴女に、どうか幸運が訪れますように祈っております」

「ありがとう、ございます」

「では、私はコレで」

「あ……」


 リリアーゼさんは、そう言い残して呆気なく消え去ってしまった。


 その瞬間から、止まっていた世界の時間が動き出した。空が動き出し、風が吹き、人々も歩き出している。


 コレで本当に、リズがいるあちらの世界との繋がりが切れてしまったようで、とんでもない喪失感に襲われた。


 リズの温もりが……共に戦った仲間を想い、涙が溢れ出て来る。会いたい。いつか呼んでくれると信じてはいても、やはり不安で寂しい。

 突然道端で泣き出した私を、通行人が気にしているのが分かる。このままでは声を掛けられてしまうかもしれない。


 でも……うん。大丈夫。


 不安は不安で、寂しさに涙が溢れ出てくるけれど、私にはリズという希望がある。


 涙を拭いて、前を向く。


 さて、まずは何をしようか。


 この大嫌いな世界で、前を向いて生きるのは大変だ。先が思いやられる。でもいつかきっと、リズが呼んでくれるその日まで、腐らず、心を折る事無く、リズに誇れるようにしようと思う。


読んでいただきありがとうございました!

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