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災厄に怯える世界で、夢見る少女と。  作者: あめふる
一章 災厄に怯える世界
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災厄の鐘の音


 リズリーシャさんは、ずっと召喚について研究していた。それはただの召喚ではなく、異世界から強力な力を持った者を呼び寄せるための魔法だった。

 とある古代の書物に記された術式を元に、リズリーシャさんのお爺さんとリズリーシャさんが改良を加えた魔法だ。加えられた改良は、かつて世界最強種族と呼ばれ、しかし原因不明で滅んだ『黒王族』と呼ばれる者の血を加えた事。それによって召喚された者に、黒王族の血が混じってその特性が得られる。黒王族の特性は、強力な身体能力と、再生の力だ。どのような傷を負っても治り、再生し、傷ついても傷ついても戦い続ける。それが黒王族。

 その研究が実を結ぼうとしていた時、研究所が魔物と呼ばれる化け物に襲われた。たぶんあのゴリラみたいな化け物達の事だ。命からがら逃げる事には成功したけど、研究成果は全てそこに置いてきてしまい、何も残らなかったらしい。

 オマケに、リズリーシャさんの研究は化け物を引き寄せる危険な行為であり、そのせいで村の大勢の人々が死ぬことになってしまったと訳の分からない罪を擦り付けられた。罪を擦り付けたのは、この国の王妃様だ。リズリーシャさんと王妃様は元々仲が悪かったらしい。というか一方的にリズリーシャさんが嫌われていたのだとか。それで、その罪によってあんな檻に閉じ込められて処刑されるのを待っていた、と。


 リズリーシャさんのお父さんとお母さんは、その結果を受けて表面上はリズリーシャさんを見捨てる事にした。共倒れになる事を避けるためだ。

 そして表面下ではリズリーシャさんを救うために動き出していた。

 リズリーシャさんのお父さんは、リズリーシャさんの研究成果を示すために、化け物に支配された危険地帯に向かった。そしてそこで完成間近だったリズリーシャさんの魔法を発動させ、私をこの世界に召喚する事に成功。だからあの時、あのおじさんは私を見てあんなに喜んでいたのだ。別に、裸の女の子を見て歓喜する変態ではなかった。

 しかし私をこの世界に呼んだ事に成功した直後、死んでしまった。それは私が目の前で見ている。

 それでリズリーシャさんの研究成果を報告し、リズリーシャさんの無実を証明する事も出来なくなってしまった。

 死んでしまったら、何も意味がない。残された者の気持ちも考えない、無謀な試みであったと言える。


「しかし結果として、私は父がこの世界に呼んだシズによって救われました。私を檻から救い、その上この家まで連れてきてくれたシズ。シズがいなければ今の私はいません。シズとのめぐり逢いは、奇跡であったと思います」


 確かに、私は偶然この町にやってきて、偶然リズリーシャさんと同じ檻に閉じ込められる事になった。誰にも操られたり指示された訳ではない。偶然と呼ぶには安っぽく、じゃあ何と呼べばいいかといえば、やっぱり奇跡というのがしっくりくる。


「なるほど。グラハムは失敗しながらも、最後にはきちんとやり遂げたのですね。意図しない救出劇だとは思いますが、妻として誇らしく思います。……あなたの娘は、きちんとあなたの手によって救われましたよ」


 メルリーシャさんが、優し気に肖像画に向けてそう声を掛ける。それを見て、顔を伏せていたウルエラさんも肖像画に向かって胸に手を当て、気を付け。たぶん敬礼みたいな感じだと思う。リズリーシャさんも肖像画に向けて頭を下げてお辞儀した。

 誰も、泣いたりはしない。いや、目に涙は浮かべている。けどその涙をこぼさぬように目を力を入れ、皆が肖像画のおじさんに向けて敬意と感謝を表し、その死を悼んだ。


「奥様、大変です!」

「なんですか、騒々しい」


 突然部屋の扉が開かれ、メイドさんが入って来た。

 そう。このお屋敷にはメイドさんがいる。感動すべき点だけど、今はあまり気にもしていられないのが残念だ。

 メルリーシャさんが若干不機嫌そうに目を向けて尋ねると、メイドさんがちょっとだけビビッてその身を縮こまらせた。


「どうしたんだ。ノックも忘れるほどの緊急事態なのだろう?」


 それをフォローする形でウルエラさんがメイドさんに、早く報告するように促した。


「は、はい。お城の兵隊さんがお屋敷に訪れ、中を見せろと騒いでおります」

「理由は教えられましたか?」

「緊急の査察がどうのとか……」

「来たか。しかし査察状も出さずに査察とは、随分と乱暴なやり方だな。やはりまだ、おおやけにしたくないという魂胆が透けて見える」

「下っ端どもが相手なら問題ありません。理由も示さず勝手な行動をするようなら、殺すと伝え放っておきなさい」

「は、はい……」


 そう言われても、メイドさんは自信がなさそうだ。ただのメイドさんが伝令するには、刺激的すぎる言葉だからね。仕方がない。


「私が行こう」

「あ、ありがとうございます」


 代わりにその伝令役を買って出たのは、ウルエラさんだ。メイドさんを引き連れて部屋を出ていく。


「……さて。本当に呑気にしていられなくなりましたね。リズとシズさんは、屋敷の抜け道を使ってお逃げなさい」

「母上は?」

「言ったでしょう?その内貴女の後を追い、国を出ます。国を出たら時を見計らい、落ち合いましょう」

「……」


 メルリーシャさんが、黙り込んでしまったリズリーシャさんに向かって手を広げた。その広げられた胸の中に、リズリーシャさんは迷いなく飛び込んで抱き着く。リズリーシャさんは、その大きな胸に包み込まれてとても心地よさそうだ。

 私もその胸の感触を知りたい。どんな感じなんだろう。


「敵を欺くためとはいえ、貴女を傷つけてしまった事をゆるしてください。忘れないで。私も、グラハムも、貴女を愛している。グラハムは不器用な父親でしたけど、貴女の身をいつも案じていたのですよ」

「はいっ……はい、母上……!」


 母の胸に抱かれる事により、リズリーシャさんが堰を切ったかのように泣き出した。よくみればメルリーシャさんの目にも涙が浮かんでいる。

 父の、夫の死が、悲しい訳ではない。2人とも我慢していたけど、その我慢にも限界がある。親子2人の時間となった事により、我慢が出来なくなってしまった。

 いや、私もいるんだけど。でも影の薄さには自信があるので、その特技が活かされた形でよかったよ。

 そして特段涙をする理由がない私だけが取り残され、この状況、この時間が気まずい。どうしよう。私も泣いた方がいいのだろうか。


「……」


 泣こうとしたけど、全然無理だった。そもそも泣く理由がないから無理な話だ。


 そんな私をよそに、2人ともすぐに涙を拭って泣き止むと、リズリーシャさんが私の手を握って来た。


「では、母上。これでしばしのお別れですね」

「ええ。どうか、いつまでも元気でいてください。シズさんも。頭の中が魔法学でいっぱいで、たまに周りが見えなくなってしまうどうしようもない娘ですが、どうかよろしくお願いいたします。そして貴女も、お元気で」

「は、はい」


 返事をすると、リズリーシャさんが私の手を握ったまま歩き出す。そして部屋の壁に手を当てると、そこに何やら紋章が浮かび上がった。かと思えば壁が変形を初めてそこに通路が出来上がる。

 凄い。私は突然出来上がった通路を前に、感心させられる。そしてまじまじと壁を眺めるも仕組みが全く分からない。ガシャガシャと動いてカッコ良かったのに、今は押しても動かない、ただの壁だ。


「行きましょう、シズ」

「待ちなさい、リズ。お金がまだでしょう?」

「そうでした……」

「そそっかしい子ですね」


 そう言われ、リズリーシャさんは少しだけ恥ずかしそうにする。


 リズリーシャさんの可愛い一面を垣間見れた時、とても大きな鐘の音が外から聞こえてきた。

 その鐘はカーンカーンと、一定のリズムを刻んで鳴り響く。

 この時間に、なんの鐘の音だろう。火事か何かかなと不思議に思う私をよそに、リズリーシャさんの動きが止まった。


「り、リズリーシャさん……?」


 声を掛けるも、リズリーシャさんの表情がどんどん悪くなって青ざめていく。ならばとメルリーシャさんの方を見ても、こちらも同じだった。


「そんな……災厄が、この町に?」


 ようやくメルリーシャさんが呟いたけど、それでも私には意味が分からない。

 ただ、災厄という言葉は前にも聞いた事がある。確か、リズリーシャさんが災厄の欠片がどうのと言っていた。それの事かもしれない。


 私には意味が分からないけど、何か良くないことがおきようとしているのは確かだ。


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