お別れ
すぐに終わるかと思われたけど、中々終わりは訪れない。それとも私が自分で気づいていないだけで、もう終わっているのかもしれない。
確かめるには、目を開く必要がある。だけど確かめる勇気がなくて中々目を開く事が出来ない。
恐れて目を閉じ続けていると、やがて頬を優しく撫でられた。この手の感触は、間違いなくリズだ。恐怖に震える私を慰めてくれたその手に導かれるように、私は勢いよく目を開いた。
「……リズ」
目の前に、リズが立っていた。
リズの後ろではランちゃんが悔し気に目を閉じたまま剣を振り下ろしている所で、一瞬その剣が目の前に立っているリズに当たりそうになっていると思って慌てたけど、そうじゃない。ランちゃんは止まっている。
止まっているのはランちゃんだけではなくて、他の皆が止まっている。悲壮な表情を浮かべたまま私の方を見て固まり、息をしている様子もない。空も、風も止まっている。私の目に映る中で動いているのは、目の前にいるリズと自分だけだ。
「シズは、優しいですね。皆を守りたいがために自らの命を落とす道を選ぶなんて、優しすぎます」
リズはそう言いながら、瞳から涙を零した。
「でもダメです!」
しかし既に頬に当てられている手とは反対の方も私の頬に勢いよく触れて来て、リズの両手に私の顔面が挟まれる事となる。それも少し強めに挟まれて、自分の顔が変形しているのを感じる。
「シズは、死んだらダメです!シズが死んで救われた世界で生きるなんて、私嫌です!もし仮にシズが命を落として災厄ではなくなったとしても、次は私が災厄にとって代わる存在になって世界を滅ぼしますよ!それでもいいんですか!?」
「……」
優しいリズが、そんな事を出来るはずがない。想像出来なくて、笑ってしまう。
笑って、この子を殺したくなった。頭の中が、血と憎悪で支配されて行く。
「あ、ああぁぁ……!」
頭が痛い。角が疼く。殺したい。血を見たい。憎い。
手が動き出すと、千切千鬼をリズに対して振り抜こうとする。けど、その手をかろうじて残った意識で止める事に成功して、彼女は無傷で済んだ。
私はもう、限界に近い。早く、今すぐに殺してほしい。そう縋って、願うようにリズを見つめていたら、リズの顔が近づいて来て唇にキスされた。
一瞬、頭の中を蠢く声達が聞こえなくなった気がする。心が安らぎ、私の中から黒王族達が消えた。
その沈黙は本当に一瞬のはずだったけど、永遠のような長い時間。手から力が抜け、千切千鬼を地面に落とした。体から力が抜けて、倒れそうになるもリズが抱きしめて支えてくれる。
このまま私は災厄にならずに済むのではないか。そう錯覚するも、声達はすぐに戻って来て私を支配しようとしてくる。
再び意識が飛びそうになり、目の前の愛しい人物に対して殺意を抱き始めた時だった。リズの後方のランちゃんが突然動き出し、リズを私もろとも切り落とそうとしてくる。
私は咄嗟に手を伸ばすと、片手でランちゃんの剣を掴み取ってその攻撃を止めた。
ランちゃんは思い切った様子で振り抜いたようだけど、大した威力の攻撃ではない。本気ではないので、多少手のひらから血が出る程度で済んだ。
「はっ!?」
攻撃を受け止められたランちゃんが驚き、目を開いた。そして目の前にいるリズに更に驚いている。
「リズリーシャ。あんさん今、魔法をつこたな?」
ランちゃん同様、他の皆も動き出した。
動き出したサリアさんが、間髪入れずにリズにそう尋ねた。
「はい。少しだけですが、時間を止めさせてもらいました」
「邪魔したらあかんよ。邪魔するつもりなら、あんさんもタダじゃおかん」
サリアさんは、本気だ。これまでの戦いで命を落とした仲間のためにも、彼女は災厄の復活を絶対に認めたりはしない。
邪魔するものなら、本当に殺されてもおかしくはない気迫を感じる。
「り、リズリーシャ……!」
ルレイちゃんが、その様子を見て心配してくれている。
「皆さん少し落ち着いてください」
「シズをこのまま野放しにしたら、災厄が復活する。その前にシズを殺さなあかん。こんな状況で落ち着いていられるかいな。ジルフォ」
サリアさんに名前を呼ばれたジルフォが、私の影の中から出て来た。そして私の背中に手を触れてくる。
でもそれは幻影で、本物のジルフォは未だに影の中で呪文を唱えている。
その私の影に向かって矢が飛んできて、地面に突き刺さった。矢は光を放っており、私の影を消す事によってジルフォの出口を無くした。
「……どういうつもりや、ルレイ」
矢を放ったルレイちゃんが、サリアさんに睨みつけられる事になる。
しかしルレイちゃんは負けじとサリアさんを睨み返しながら、頭を掻きむしって何だかよく分からないと言った様子を見せている。
「リズリーシャが落ち着けって言ってんだ!少し落ち着こうぜ!」
「そ、そうじゃな。リズリーシャは頭が良い。シズが死なずに済む案が、何かあるのではないか?」
ルレイちゃんとユリちゃんが、リズに期待を寄せてくれている。
「その通りです。シズを殺さずに済む方法があります」
「な、なんだそれは。それなら、もっと早く言わぬか。我は危うくシズを……」
「ホンマやね。なら、はやくしい。でも失敗したらタダじゃおかんよ」
サリアさんは待つと言ってくれはしたものの、相変わらず迫力のある顔でリズを睨みつけている。
「……今から、シズと黒王族の角を分離させます。そうする事によってシズから黒王族としての力が失われ、シズが災厄に変化する事もなくなるはずです」
リズは、どういった経緯で私が災厄に成り代わろうとしているのか、理解しているかのような口ぶりだ。私は何も言っていないのに、どうして知っているのだろう。
「角さえなくなれば、シズは災厄にはならんの?」
「はい。今シズは黒王族の王という存在になっています。その立場が黒王族の魂が入り込む器となっており、入り込んだ魂達が集まる事によって災厄が生まれるのです。角がなくなればシズは黒王族ではなくなり、災厄にはなりえません」
「どうしてあんさんがそんな事を知ってるん?」
「……先程シズと唇を重ねた時、誰かがそう教えてくれたのです。その声が誰の物なのかは分かりませんが、私はその声が教えてくれた事にかけてみたいと思います」
声?私もよく頭の中にクシレンの声が聞こえるけど、それと同じような物だろうか。
「なら、うちがへし折ったるわ」
「シズの角を折れば、シズは死んでしまいます。角は黒王族にとって命の源のような物ですから」
「結果はシズの死と変わらんという訳か?」
「いえ。シズの肉体と角を分離させるのです。シズは元々、召喚魔法によってこの世界に連れて来られた人間です。異世界から来た人間をこの世界に定着させるには、この世界の物を身に宿す必要があり、その役割を果たしていたのが黒王族の角なのです。召喚時に肉体がこの世界に構築されている間に定着させられた角を、今度は元の世界に還している間に外すのです。そうすれば安全に角を外す事が出来ます」
「よう分からんけど、とにかく安全に角を外す事が出来るというやね。でも元の世界に還すという事は、シズとはここでお別れという事になるん?」
「……はい」
それを聞いて、驚いた。
私は残りの一生をこの世界で過ごすつもりでいた。この場で死なずに済めばの話だ。元の世界に未練はないし、むしろこの世界の方が私にとっては居心地が良い。
還りたくない。
けどここに残ればこの世界の人々を苦しめる存在となってしまう。仮にここで命を落とす事になったとしても、私を殺す事によって誰かの心が傷つくだろう。先程のランちゃんの表情を思い出すだけで心が痛い。
……ならば選択の余地はない。
「り、リズ……!」
頭に響く声を押しのけ、私はその名を呼んだ。今にもこの愛しい存在を傷つけてしまいそうで、私は怖い。だから早く、私を還してほしい。
「はい。すぐに終わります」
そう言って、リズが私に抱き着いて来た。すると私の身体が輝きだし、体中から何か大切な物が喪失されていく感覚に陥る。
やがて視界がボヤけ始め、自分がこの世界に存在しているのかさえ分からなくなってきた。
「リズ。また私を呼んでください。リズが私を必要としてくれたように、私もリズを必要としています。リズがいない世界でなんて、生きていたくないです。だから──」
「絶対にまた、呼びます。シズがいない世界で生きる意味なんて、私にもありません。だから──」
「「また会いましょう」」
気づけば、周囲の皆が私に手を振っている。何か喋っているようだけど、リズ以外の声は聞こえてこない。オマケにボヤけていて、どれが誰なのかも分かりにくい。
お別れの挨拶としては少し寂しいけど、でもきっとまた会える。リズがまた呼んでくれる。
やがて私は、突如として出現した穴の中に落ち始めた。どこまでも、深く深く……落ち続ける。
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