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そうなる前に


 暗闇に溺れる私の手を握り、引き上げてくれたのは私が世界で一番愛する人の手だ。私はその手に引っ張られ、暗闇から光の中へと引き上げられ、意識を取り戻す事に成功した。


「──はぁ!」


 意識を取り戻し、大きく息を吸い込む。


「シズ!」


 意識を取り戻した私の顔を、リズが覗き込んでいた。

 気を失っていた私の頭を、リズが膝にのせてくれている。


 でもその膝の感触を楽しむ暇が私にはない。

 私の身体から、黒い瘴気のような物が溢れ出ている。瘴気は確実に私を蝕んでおり、意識を取り戻したとはいえ頭の中に響く黒王族達の声は止むことがない。


 そんな私の手を、リズが必死に握っていた。私の意識を引き上げてくれたのは、この手だ。リズの手を、私も握り返して縋りつくように意識を保ち続ける。


「ど、どうしたのですか、シズ。この黒いのは一体……!?」


 目に涙をためながら、リズがそう訴えかけてくる。

 ちゃんと、伝えないと。私の意識が残っている内に、手遅れになる前に……。


「り、リズ。私を、殺して、ください」

「な、何を言っているのですか……?」

「わ、私が、次の災厄になろうとしています。だから、そうなる前に殺してください」

「意味が分かりません!シズは災厄なんかじゃありません!」


 まぁ確かに、突然そんな事を言われたって意味が分からないよね。

 でもリズと話しているとどんどん嫌な考えが浮かんでくるので、とにかく早く私をなんとかしてほしい。本当は、リズともっとたっぷりとイチャイチャしてから死にたい所だけど、もうそんな事を考えている場合じゃないのだ。


 だって私は、世界一愛しい存在のはずのこの子を見て、この子をどうやって殺そうかと考えているんだよ。ありえない。我を失い、本当にそんな事をしでかす前にとにかく殺してほしい。


「ランちゃん!」

「なんだ」


 私が名を呼ぶと、私達の様子を見ていたランちゃんが反応した。


「わ、私を……殺してください!」


 リズには無理だと判断し、私はランちゃんにそう頼んだ。

 別にランちゃんが冷酷な性格をしているとか、そういう風に捉えているんじゃなくて、ランちゃんなら最善の選択をしてくれると思ったから選んだのだ。


「貴様を殺さなければ、どうなる」

「災厄が、復活します。この世界に不死の災厄が再び降臨して、そうなったらもう誰も止められなくなります!」

「貴様が、次の災厄になると言うのか」

「はい」

「……なるほど。ならば殺さなければならんな」


 ランちゃんが、ゆっくりとこちらに近づいて来る。


「や、やめてください!シズが災厄になんかなる訳がありません!何かの間違いです!」


 しかしリズが私に抱き着いて来て、ランちゃんから庇おうとしている。


「リズ。お願いです。手を離してください」

「嫌です!シズが殺してほしいなんてバカな事を言う限り、私はこの手を離しません!」

「そうしないと、私が災厄になってしまうんです。リズを……この世界の人達を、殺してしまうんです」

「嫌です!そんな事、絶対にありえません!シズは優しくて、可愛くて、災厄になんかなりません!もしなったとしても、私達を苦しめる事なんか絶対にしません!だから殺してほしいだなんて言わないでください!」


 こんなにも私を信じてくれているリズを、私は裏切ろうとしている。胸が痛い。

 でも今だけは裏切らないと、取り返しのつかない事になってしまう。


 だから私は、リズを押しのけて立ち上がった。


「っ!?」

「うお!?」


 その際力が入りすぎて、リズが後方に飛んで行ってしまう事になる。

 しかし飛んで行ってしまったリズは、ルレイちゃんが受け止めてくれた。


 私を庇う人がいなくなり、ランちゃんが更に近づいて来る。


「シズ!」


 しかしリズは依然として私を庇おうとしていて、こちらに来ようとしている。


「ルレイ!リズを止めるんや!」

「う……!」


 サリアさんがそう叫び、ルレイちゃんは嫌そうにリズに抱き着いて、その動きを止めてくれた。


「シズ!本当に、本当にあんさんは災厄になってしまうんやね?」

「……」


 サリアさんに頷いて応えると、サリアさんはとても悲し気な表情を浮かべた。浮かべてくれた。


「な、ならさっさと殺しましょう!ランギヴェロン様、やってしまってください!」


 大きな声でそういったのは、ジルフォだ。慌てた様子でランちゃんにそうお願いしている。

 そうしてくれと頼んだのは私だけど、いざ目の前でそんな事を言われると少し傷ついてしまう。


「黙れ」

「ひっ……」


 しかしジルフォはランちゃんに睨みつけられ、手で自分の口を塞いで本当に黙り込んだ。


「本当に、これしか手がないのか?貴様が災厄にならずに済む道は、ないのか?」

「……私はクシレンに利用されていました。クシレンは自分が災厄から解放されるために、代わりの生贄として私を黒王族達に差し出したんです。クシレンによってしたくもない争いを繰り広げさせられた黒王族達の叫びは、未だに消えず魂として私の中に宿っています。今はまだ理性がありますが、もう消えそうです。消えたらまた、私が災厄となって皆を殺してしまいます。不死の力も復活してしまうはずです。だからその前に……お願いします」

「良いのか?」

「はい」


 せっかく皆で達成した、災厄討伐。それを無下にするなんて、出来ない。


 だから私はランちゃんに、即答して頷いた。


 後悔がないと言えば嘘になる。もっともっと、リズとイチャイチャしたかった。ルレイちゃんと、もっと遊びたかった。サリアさんには村長さんとの昔話を聞かせてもらいたかった。サンちゃんとハルエッキの行く末を見ていたかった。ランちゃんとユリちゃん親子がもっと親子らしく仲良くする姿を見てみたかった。おじさんやウォーレンと、もう一度旅をしてみたかった。災厄のいなくなった世界を、皆と堪能したかった。


 やりたい事は山ほどある。だけど、私にはもう何も出来ない。


「……すまない。出来る事なら代わってやりたいが、出来ぬ事だ」


 ランちゃんが、私の眼前に立つと黄金の剣を振り上げた。


 ランちゃんのその表情はとても悲し気で、こんな事、本当はしたくないと表情が物語っている。

 そんな顔をさせてごめんない。私は心の中で彼女に謝り、この汚れ役を全うしようとしてくれている事に感謝する。


「や、やめてください、母上!」


 そこへユリちゃんの悲痛な叫びが聞こえて来た。

 ユリちゃんに叫ばた事により、ランちゃんの決心が鈍ったのか振り上げた剣がピクリと揺れた。


「黙って見ていろ、ユリエスティ!皆を率いる者として、時には非情な選択をせねばならん事はある!」

「しかしシズは妾の友で……シズが災厄になってしまうのも、シズを母上が殺してしまうのも、どっちも嫌じゃ……!」

「……サリア!ユリエスティを押さえていろ!」

「母上ぇ……!」


 ユリちゃんが涙を零しながら訴えるも、ランちゃんはサリアさんにユリちゃんを押さえるように言い放ち、その決心は鈍らない。

 ユリちゃんはサリアさんに背後から抱き着かれる形で押さえられ、そこから動けなくなった。


 私のために、リズとユリちゃんが叫んで止めようとしてくれている。他の皆も、本当はこんな事をしたくないと思ってくれている。


 この世界に来たおかげで、手に入れる事の出来たかけがいのない仲間達。嬉しい。だからこそ、私は皆を守るためにここで死ななければいけない。


「シズ。貴様は我の友だ。この世界を救った英雄、シズという人物を一生忘れん事を誓う」


 意を決したように、ランちゃんが振り上げた黄金の剣を私に向かって振り下ろした。

 その手は少し震えていて、剣を握る手に変に力が入っているように見える。だけど力は十分だ。その剣は私を殺すに十分すぎる力を持っている。


 私は目を閉じて、一瞬後にやってくるであろうその時を待つ事にした。


「──シズ!」


 最期に、私の耳に入って来たのはリズの声だ。他にも私を心配する声がある中で、その声がハッキリと聞こえた。


 こうして、私の人生はここで終わりを告げるのであった。


読んでいただきありがとうございました!

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