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長生きは退屈


 頭の中に響くクシレンの声は、とても嬉しそうで歓喜に溢れていた。まるで舞台で喜びを表現する俳優のように、大袈裟に、観客に分かりやすくその喜びを伝えようとしているかのようだ。

 でも彼は演技をしている訳ではない。本当に、ただ単純に嬉しく笑っているだけ。


 いつの間には、私の周囲はかつてクシレンと出会った空間になっていた。その昔に黒王族達が殺し合いを繰り広げ、血で染まった大地に私は立っている。


「やぁ、シズ。約束通り、やってくれたね。君のおかげで災厄は死に、この世界は災厄という恐怖から解放された」


 目の前に、クシレンが立っている。

 相変わらず真っ黒な彼、あるいは彼女は、先程までの高笑いはもうしていない。ただ、嬉しそうに笑ってはいる。


「な、何が起こったんですか?この声……私は、災厄に──」


 私の声を遮るかのように、私に向かってクシレンが手をかざしてきた。


「順を追って説明しよう。まず君達が信じた予言──グレイジャの予言は、ボクが彼に見せたものだ」

「え……?」

「人が未来を視る?そんな領域に踏み入れるはずがないだろう。未来を視る事が出来る領域に入れるのは、神、あるいは神に近しい存在だけだ。災厄は神に近しく、つまり災厄たるボクは未来を視る事が出来た。その未来の可能性の中から災厄を倒せる道筋を辿り、その道筋を未来としてグレイジャという人間に視せた。それが君達が信じた予言の正体だ」

「く、クシレンは……災厄を倒したかった、んですよね?だから私達にその未来を伝えた……?」

「そうだね。災厄を倒したかった。だから君達にその未来を伝えた。でもどうして災厄を倒したかったと思う?」

「そ、それは……災厄が、この世界を人達を殺して、苦しめるから……」

「ふっ、あはは!違う、違うよ、シズ!」


 クシレンが、急にその顔を歪めて笑った。その笑いは邪悪さを秘めており、その笑いを見た瞬間私は嫌な予感がどっと押し寄せて来た。


「ボクは黒王族の王だよ。今を生きるこの時代の者達に興味などある訳がない。いいかい、シズ。ボクが君達を災厄討伐に導いたのは、自分のためだ。全てはボクがこの災厄という化け物から解放されるためだよ」

「……」


 ああ、そうか。


 私が災厄になろうとしているのは、そういう事なのか。


 私は今、黒王族の王となった。黒王族の王の下には、黒王族達の魂が流れ込んで来る。クシレンはそうして災厄となった。それと同じことが、私に起ころうとしている。


 だからクシレンは、私を黒王族の王にしたのだ。不死の力を失った災厄を倒し、災厄から解き放たれた黒王族の怨念たちが、黒王族の王の下に集結して今再び災厄として蘇ろうとしている。


 王ではなくなったクシレンは災厄から解放され、代わりに新しく王になった私が災厄になって囚われる。そのためにクシレンは災厄討伐の道筋を私達に示したのだ。

 そこにはこの世界の人々のためとか、そういう考えは微塵もない。


「未来視は古代魔法の技術も入っているんだけど、やはり災厄という膨大な力を蓄えた神に近しい存在でなければ、さすがに未来視は再現する事も出来なかったよ。本当に古代魔法は恐ろしい。下民どもからの邪魔が入りながらこの空間で研究、解析を繰り返し、ようやく再現できてからも長かった。なにせ災厄を倒し、ボクも災厄から解放されるという未来は細く長くてね。しかもボクが視た未来とは微妙に道が違くて、ヒヤヒヤした場面もあった」

「……私は、利用された、んですか?」

「察しが良くて助かるよ。その通り、君はボクが災厄から解放されるために頑張っていたにすぎない。そのための仮初の王だ。ここには君を慕う民はいないし、むしろ君を永遠に閉じ込めて、災厄という化け物に変えようとしている」

「私達は……ようやく災厄を倒したんです。この世界の人々は私が来るずっと前から、災厄のいない世界を目指していました。せっかくその夢が叶おうとしているのに、また復活なんて……そんなの酷すぎます……!」

「自分が災厄になる心配よりも、この世界に再び災厄が君臨する事を心配するのか。……君は優しいね、シズ」


 クシレンが、私に優しく微笑みかけて来た。


「──なら、君が全てをぶち壊してやればいいじゃないか。皆を恐怖から解放するため、殺して解放してあげるんだ。一匹残らず殺して、ボク達と同じ死者としよう。この世界は死者と災厄の世となり、誰もが幸せに暮らせる世界となる」


 しかし、優し気な笑みとは裏腹にそんな残酷な言葉を言い放ってきた。

 そんなの、幸せでもなんでもない。


 こんな事を平気で言えるこの人は、たぶん壊れてしまっている。それが元々なのか、災厄となる事によってこうなったのか、私には分からない。

 けど、もし後者だとすると、私もこんな風になってしまうのだろうか。それは嫌だな。


「き、きっと、リズが止めてくれます。私がそうなっても、リズなら……」

「古代魔法を現代に蘇らせた娘、リズリーシャか。……彼女は幼い頃に見た夢を本に書き残し、それが古代魔法を読み解くヒントとなった。その夢は誰が見せたと思う?」

「それも、貴方が……?」

「そう。どうやら災厄を倒すには、古代魔法が必須のようでね。しかしあの状態からたったの一日で読み解き、何より現実の物にして使用出来るようにしてしまうなんて、本当に彼女は天才だ。でも災厄は止められない。君が災厄となれば、災厄は自分の意志で自分を不死とし、誰にも殺す事が出来なくなってしまうから。仮に圧倒されるような力を前にしても、何度も蘇って同じことを繰り返す。果たして無尽蔵の体力を持つ災厄に対し、いつまでもつだろうか」

「……」


 リズなら、きっと止めてくれるはず。だけど確かに、不死の力を持つ災厄を相手にした時、リズはどれくらいもってくれるだろうか。

 自分がリズを追い詰めていき、そして手にかける。そんな想像をして、私は背筋が凍り付いた。


「──ほら、迎えが来たよ」

「っ!?」


 クシレンに声を掛けられ、顔をあげると私の周囲に頭に角が生えた人達が立っていた。皆顔に生気はなく、それが黒王族の死者だという事はすぐに分かった。

 同時に、頭の中に声が更に強く流れ込んで来る。


 皆を殺せ。


 血を流せ。


 世界を破滅させろ。


 生者を、死者に。


 そこで疑問に思ったんだけど、彼等はどうしてこんなに生者を嫌うのだろう。自分達が勝手に始めた戦いで死に、無念なのは分かるけど、それで生者を恨んだりするのは理不尽ではないか。

 そう訴えるかのように、私は彼等を睨みつけた。


「まぁそう睨んであげないでよ。彼等は自分の意志で戦って殺し合ったんじゃなくて、王たるボクの命令で戦い、命を落としてしまったのだから」

「え……?」

「いやぁ、世界が黒王族の物になったのはいいんだけど、黒王族の力が圧倒的すぎてつまらなくてね。それで数を減らす事にしたんだ。減らす事にしたんだけど……特に理由もなく見知らぬ者と斬り合い、自分を産んだ親を殺し、愛する者同士で理性を失い殺し合い、大地を血で染める姿……嗚呼、今思い出しても涙が出る……」


 クシレンはそう言って、柔らかな笑みを浮かべたまま涙を流した。


 前にクシレンと同じような空間で出会った時、死体の山の上で悲し気に涙を流していたクシレンと同じ姿だ。

 でも今はあの時と違い、私に狂気を感じさせている。


「皆が争って殺し合いを繰り広げたって……」

「嘘だよ」


 あまりにも呆気なく、嘘だと認められてしまった。


「……貴方が、皆を殺し合わせたんですか?」

「そうだよ。黒王族の理性を失わせ、戦わせたんだ。その姿があまりにも面白くて、面白すぎて、結局ボクを除いた最後の一人になるまで殺し合わせてしまった。その最後の一人はボクが愛した女性でね……黒王族の聖女と呼ばれた子なんだけど、最後までボクの命令に抗い、戦いを止めようとしていたけど止める事は出来ず、失意の内に自らの手でその命を絶った。丁重に弔ったんだけど、形見として角は切断して別でとっておいたんだ。その角は後世色んな商人の手を渡り歩き、最後は君の頭につく事になったんだよ。彼女は不思議な力を持っていてね。その力が、災厄に操られた者達の目を覚まさせたんだろう。もっとも、ここにいる黒王族達の理性は取り戻させる事は出来なかったけどね。彼等は未だに誰を愛したかも思い出せず、ただただ戦いと血を求める誇り高き黒王族だ。理性はなく、対話は出来ない」


 クシレンは周囲の黒王族達をあざ笑うように言いながら、彼らの肩を叩いた。


 彼等を殺し合わせ、死して尚もこの世界に縫い付ける事になった原因はクシレンなのに、それを平気で笑い、自分だけ解放されようとしている事に対して怒りがこみ上げて来た。


「クシレン……!」

「ボクを軽蔑するかい?君も長く生きてみれば分かるよ。長生きは退屈なんだ」


 退屈だから、なんだというのだ。愛する者同士を戦わせ、殺し合わせるなんてどうかしている。知り合いの愛する者同士が仲良くするシーンが頭に浮かび、また自らが愛する人の顔も浮かんで、こう思わずにはいられない。


 この人は、狂っている。


「さて、お話はそろそろ終わりとしよう。ボクは災厄から解放された訳だし、もう行くよ。君は新たな災厄として、頑張りたまえ」


 クシレンが話を切り上げた瞬間、周囲の黒王族達が私に群がって来た。四方八方から手が伸びて来て、私は抵抗する間もなく飲み込まれ、溺れていく。


 嫌だ。私は災厄になんてなりたくない。


 思いは届かず、深みにはまっていく。もう自分ではどうにもならいくらいの所にまで到達してしまい、私は意識を失いそうになる。


 だけど、そんな私の手を握り、引き上げてくれた人がいた。


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