笑い声
私の攻撃により、災厄が消え去った。
まるで悪霊が聖なる光によって浄化されるかのように、一片も残らずに消え去った災厄。再び復活してくる気配もなく、戦う相手を失った私達は静まり返る事となる。
「災厄を、倒した……?」
私は疑問符付きで呟くと、リズがやってきて私の腕に抱き着いてきた。そして一緒に周囲を見渡し、改めて災厄が復活してこないか警戒する。
けど、やはり災厄は復活して来ない。
次に皆が私達に注目している事に気が付いた。黒王族と戦っていた人族や、エルフ族、サリアさんにランちゃんに、ユリちゃんとルレイちゃん。皆がこちらを見ている。
「──……災厄は、シズが倒しました。私達の勝利です」
リズがそう勝利宣言をすると、更なる沈黙が辺りを支配する。皆互いに顔を見合い、信じられないと言った様子で目を丸くし、しかし実感がわいて来たのかその表情が笑顔になり、またはくしゃくしゃに歪み、手を突き上げて声を張り上げる。
「うおおおおおおぉぉぉぉ!」
大地が割れんばかりの歓声が、誰が合図した訳でもなく一斉に沸き上がった。
私達は、災厄に勝利したのだ。それは同時に、世界を救った事になる。もう、災厄に怯えて暮らす必要はない。災厄から逃れるために住処を離れる必要もない。
「ふぅー……」
私の腕に抱き着いているリズが、大きく息を吐いてその足がフラついた。私は彼女が倒れないよう、強く抱きしめて身体が密着する事となる。
「り、リズ!?」
「すみません、シズ。少し疲れてしまって……それと、災厄を倒したと思うとなんだか力が抜けてしまって……」
リズは、ずっと災厄を倒す事を夢見て来た。その目標が達成されて力が抜けてしまったのかもしれない。それだけじゃなくて、古代魔法を完成させるために不眠で研究していた反動も来たのだ。よく見れば顔色が悪い。
「だ、大丈夫、です。ゆっくり休んでください」
「……ありがとうございます。少しだけ、甘えさせてください」
そう言うと、リズは私に甘えるように抱きしめ返し、私の胸に頬ずりをして来た。
少し恥ずかしいけど、リズが可愛くて、愛おしくて、リズの頭を軽く撫でてあげる。
「ぐすっ」
すると、リズが私の胸の中ですすり泣く声が聞こえて来た。
「あ、ああ、え、えとっ……!」
私は、私が撫でたせいで泣いてしまったと思い、狼狽した。
慌てて頭から手を離すも、リズは私に抱き着いたままで離そうとはしない。撫でたせいではない事は、すぐに察する事が出来た。
「ありがとうございます、シズ。シズのおかげで、災厄を倒す事が出来ました。シズにとっては異世界だというのに、危険を顧みずに命懸けで戦ってくれて……本当に感謝しています。いえ、感謝してもしきれません」
「……私の方こそ、感謝しています。私、前の世界では皆で頑張って何かをやり遂げるとかなくて……こんなに大きな事を、こんなに大勢と一緒に成し遂げる事が出来て、今すっごく幸せですっ。それに私の夢っ……リズは私の夢も叶えてくれました」
「夢?」
「は、はい。小さな頃の夢……世界を救う英雄になりたいっていう夢です。あ、あれ?」
突然、私の目からも涙が溢れ出て来た。色んな感情。災厄を倒したという達成感。しかしここに至るまでに失った物を想って悲しみもある。
溢れ出た涙はとどまる事を知らず、次々と私の目から溢れ出ていく。
「……シズ」
リズが顔をあげ、涙を流す私の顔を見つめて来た。そんなリズの目からも涙が出ている。2人で泣き合い、でも自然と互いの顔を近づけてオデコをくっつけ、泣きながら笑い合った。
「シズー!」
「わっ!」
ルレイちゃんが私の下へと駆け付けた。そして私とリズの2人を抱きしめて来て、だけど駆け付けて来た時の勢いそのままだったので、3人で転んでしまう事になった。
「リズリーシャも!オレ達、ついにやったんだよな!災厄を倒したんだよな!」
目を輝かせ、私達にそう尋ねて来るルレイちゃんは興奮気味だ。怪我をしているというのにそんな事を忘れているかのようである
「その通りです。私達は災厄に勝ち、この世界を救いました。皆さんのおかげです」
「ああ、そうだな。そうだよな!オレ達、勝ったんだよな!もう……災厄に怯えなくてもいんだよな!」
ルレイちゃんも想いが爆発したのか、顔は喜び笑顔を浮かべているんだけど、やはりその目からは涙が溢れ出て来た。
「怪我をしているというのに、元気な奴じゃ……」
そこへ、落ち着いた様子でユリちゃんがやって来た。
倒れている私達を覗き込み、柔らかな笑顔を見せている。
「ユリちゃん……」
「お主らは誠に凄い奴らじゃ。お主らを信じてついてきて、今この場にいられた事は妾の一生の誇りとなるであろう。本当に、ありがとう。この世界を救った英雄に、妾は最大限の感謝の意を示す」
「何を言っているんですか。ユリ様も、この世界を救った一員で、英雄です。ユリ様だけでなく、この場にいる皆が……いえ、例えこの場にいなくとも、私達と共に戦った皆が英雄なのですよ」
リズがさしているのは、前の災厄との戦いで命を落としてしまった人たちの事だ。その中には当然村長さんも含まれている。同じように、この戦いで命を落としてしまった人たちも英雄だ。
彼らがいてくれたから、私達は災厄に勝つ事が出来た。その事を忘れてはならない。
「ああ……そうであったな。ならば妾も、英雄と名乗るとしようかのう」
ユリちゃんが悪戯っぽく笑いながら言うと、私達もつられて笑った。
「うおおおおお!」
続いて、雄たけびを上げながらグラサイがやって来た。やってきたグラサイは顔をくしゃくしゃに歪め、目から……というか顔中から色んな液体をまき散らしている。
「少し落ち着き、グラサイ。気持ちは分かるけど、シズが引いとるで」
サリアさんの言う通り、私はその顔を見て引いていた。
そんなサリアさんはグラサイの影の中から現れたんだけど、あちこちに擦り傷が出来ている。グラサイも、ただでさえ怪我をしていてボロボロだったのに、更にボロボロになっている。
2人とも、かなり頑張っていたからね。災厄が生み出した黒王族は、それだけ強力な相手だったという訳だ。
特にサリアさんが相手していた黒王族は、戦わなくても私がタダ者ではないと感じる程の実力者だった。
「……コレで全てが終わったのだな」
「母上!」
そこへ、トボトボと歩いて来たランちゃんが呟くように言った。
その姿は幼げな少女に戻っており、本気モードは解除されているようだ。けど、身体はボロボロだ。サリアさんと同じように、黒王族の中でも実力者を相手して激しい戦いを繰り広げていたので、その傷跡がくっきりと残っている。
彼女は災厄に勝利したというのに、ボロボロの身体で少しだけ寂し気に空を見上げている。その異変に、駆け寄ったユリちゃんも気が付いた。
ランちゃんは今、失われた竜族達を悼んでいるのだ。
戦いには勝利したけど、多くの命が失われた。仲間の死に、喜びよりも悲しみが先に来て泣き叫んでいる者も私達の中にはいる。
勝利はしたけど、失った物はあまりにも大きく、取り返しがつかない。
「魔族の嬢ちゃん!」
「おーい、リズリーシャ様!」
おじさんと、ウォーレンも私達の下へとやって来た。
「ついに、やったんだな!あの災厄を、倒したんだな!?やっぱりお前はすげぇよ!これで村長も報われたってもんだ!アンタのおかげで、仇がうてたんだ!礼を言う……!ありがとう!」
おじさんが、私に向かって深々と頭を下げて来た。
でもそれはちょっと違くて、先程もリズが言った通り、コレは皆で手に入れた勝利だ。
「み、皆が頑張ったから、だから……」
「いや、オレはアンタがいなけりゃどうにもならなかったと思う。村長が死んで、沈んでたオレ達に前を向かせてくれたのは、紛れもなくアンタだ。だから……ありがとう」
改めてお礼を言われ、私はちょっと困ってしまう。
それは違うだろうと、先程は皆の勝利だと宣言したリズを見ると、私の方を見てそうだと賛同するように笑いかけている。他の皆も同じようにしていた。
「そんじょう……!オレ達、勝ったからな!災厄を倒して、仇をうったからな!うおおおおおん!」
ウォーレンは空を見上げ、村長さんに向けるかのように叫び、泣いている。そんなウォーレンの肩にそっと手をおいておじさんが慰めようとすると、我慢できなくなったウォーレンがおじさんの胸の中に飛び込み、抱き着いて離れなくなってしまった。困惑するおじさんだけど、引きはがすにはがせなくて、諦めたようにため息をついて抱き返した。
本当に良かった。コレでこの世界は災厄から救われたから、今度は私が
ミンナヲコロスンダ。
は?私は今、何を思った?
自分でも信じられない事を考えて、直後に異変がおこった。私の中に、大量の人の声が入り込んで来たのだ。私の思考は次々と入り込んで来る人の声に飲み込まれ、溺れ、沈んでいく。
自分が自分ではない、何かに変化していくのを──
ああ、そうか。
今私は、災厄になろうとしているのか。そう理解した瞬間、頭の中にクシレンの笑い声が響き渡った。
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