勝利
リズと2人で災厄を睨みつけると、災厄もこちらをじっと見据えて見返してきた。
一瞬にして黒王族を消し去ったリズを警戒しているようだ。向こうから近づいてこようとはせず、距離をとったままただ見つめて来ている。
「来ないのなら、行きましょうかシズ」
「は、はい」
私の力は、災厄に遠く及ばなかった。
でもリズにキスをして貰った時から、私には力が宿っているらしい。その言葉を信じて、私は災厄に向かって駆けだした。
駆け出してすぐに思った事は、身体が軽い。走るスピードもいつもの倍くらい出ている気がする。というか速すぎて災厄の横を通り過ぎそうになってしまった。
なんとか踏みとどまると、私はすぐ横にいる災厄に向かって千切千鬼を振り抜いた。
でもその攻撃は災厄の刀によって受け止められてしまう。受け止められはしたけど、その受け止めがとても軽く感じた。そのまま更に力を込めて振り抜くと、耐えきれなくなった災厄の身体が浮いて災厄は飛んでいく事になる。
逃がしはしないと、私は地を蹴って飛んだ災厄を追撃した。今度は加減して災厄を通り過ぎる事なく追いつき、その身体にめがけ、振り上げた千切千鬼を思い切り振り下ろした。
空中にいながらも器用に体を動かし、2本の刀で私の攻撃を受け止めようとした災厄だけど、その2本の刀は私の千切千鬼によって砕かれ、防ぐものがなくなった災厄の身体を両断する事に成功した。
縦に真っ二つになった災厄が、2方向に分かれて更に飛んでいく事となる。
なんだろう、この感覚は。本当に軽くて、力が溢れて止まらない。あの災厄にすら、いとも簡単に一太刀を浴びせ、真っ二つにする事にも成功してしまった。
「さすがですね、シズ。あの災厄を全く受け付けない強さ、惚れてしまいそうです。いえ、もう惚れていますけど……」
リズがそんな事を言っているけど、この強さは私の物ではない。明らかに、リズがくれた力のおかげだ。
「わ、私の台詞です。この力はリズのおかげで……わ、私の方こそ、リズの事がもっともっと好きになってしまいましたっ」
「シズ……」
褒めてくれたリズに駆け寄りながら私がそう返すと、頬を赤く染めたリズと見つめ合う事となる。たぶん、私の頬も赤くなっている。
このまま再びキスでもしそうな雰囲気となったけど、今は戦いの最中である。
飛んで行った災厄の2つの身体に変化が表れた事に気づき、私達は慌てて目を逸らしてそちらを向いた。
「また、ですか」
2つになった災厄の身体からは、黒い血が溢れ出ている。その血から、次々と黒王族が姿を現した。その数は、片方につき10人程で、合計20人となる。
現れた黒王族を見て、リズは溜息交じりに呟き、杖を向けた。
「──聖なる光よ。闇より蘇りし死者を在るべき場所へと戻す道筋を作り給え。光が照らす死者の道」
リズが構えた杖の先端から、強烈な白い光が放たれた。光は黒王族達へと向かっていき、白い光が彼等に襲い掛かる。
光を浴びた黒王族達は、やはりもろくも崩れ去ってその姿を消した。
リズの魔法を前に、災厄がどれだけ黒王族を生み出しても無駄のようだ。一瞬にして消し去られ、何も残らない。
「す、凄い、です」
「私が凄いのではなく、古代魔法が凄いのです。……さぁ、災厄よ。決着をつけましょう」
「──……」
「──……」
2つに分裂してしまった災厄が、何かを呟いた。すると片方の災厄がドロドロに溶けて黒い血となり、もう片方の災厄の身体が再生して元通りとなった。
『本当に凄いね。想像以上だ。ボクの導きがあったからとはいえ、古代魔法を理解してすぐにここまで自由に扱うとは、正しく天才と呼んで相違ない』
リズをそう褒めたたえたのはクシレンだ。頭の中に声が聞こえた。
リズが褒められて私も誇らしいけど、クシレンが導いたとはどういう意味だろうか。
「シズ。千切千鬼をこちらに向かってかざしてください」
「は、はい」
リズにそう促され、千切千鬼をリズに向かってかざす。
すると、リズが千切千鬼に触れながら魔力を開放した。いつも以上に暖かく、強力な魔力の流れを感じる。
「──世界を救いし英雄の剣。今こそ、その役目を果たすために体現せよ。英雄の剣」
リズが魔法を発動させた瞬間、真っ黒だった千切千鬼の刀身が真っ白になった上で、眩しくならない程度に光り輝き始めた。とてもキレイな白い光で、目を奪われてしまう。
「きれい……」
「邪を払い退ける魔法をかけました。さすがに刀身が白くなるとは思ってもいませんでしたが、それで千切千鬼の力もこれまでよりも強くなったはずです。決着をつけましょう」
「……はい」
身体を強化された上に、刀まで強化されて災厄を睨みつける。
と、災厄が手を空に向けてあげた。その手から赤い光が空に伸びていき、空を赤く染め上げていく。
これは、災厄の殺戮だ。
「──大きな災いが訪れる。世界は暗闇に包まれ、救いの光の差し込む事のない地獄が始まる。救いが欲しいか。尋ねられて肯定しても救いは訪れない。救いは己が力で掴み取るのだ。術者たる我は救いを求め、魔の力を解放する。我が魔力は救いの力となる。我が魔力は救いの光として降臨し、暗闇を明るく照らす」
光を前に、リズが魔法の詠唱を開始した。この魔法の詠唱は過去にも聞いたことがある。確か、出会って間もない頃に巻き込まれた災厄の殺戮から、皆を守るために発動させたリズの防御魔法だ。
結局は災厄の殺戮を防ぐ事は出来ず、私が命懸けでその盾を押さえて皆を守ったんだよね。
リズが詠唱を開始した隙に、私は災厄との距離を詰めた。
いつもの倍以上に素早く動ける私に対し、災厄はギリギリついてきている。お互いのスピードは、今同じくらいだろう。
攻撃を仕掛けた私に対し、災厄は片手をあげたままもう片方の手を構える。すると、その手にいつもの黒い刀が出現した。
スピードは同じでも、今の私と災厄とではパワーが違う。オマケに武器まで強化された状態で私の攻撃を防げる訳がない。
災厄の刀も全力を出すかのように、大きく、禍々しい黒い光を放っているけど、私の白くなった千切千鬼と触れ合ったその瞬間、黒い光は霧散して消え去った。いつも通りの形になった災厄の刀も砕け散ると、そのまま通り抜けて千切千鬼が災厄の身体を真っ二つに切り裂いた。
真っ二つに切り裂いた災厄の内、天に向かって手を伸ばしていた方の災厄が、黒い血となって赤い光の中に飲み込まれて行く。その瞬間、赤い光は黒い光に侵食されて、天が真っ黒に染まっていった。
何か、良くない事が起きようとしている。
その予感を抱いたのは私だけではない。戦いを繰り広げていた皆が天を見上げ、戦いを中断した上で背筋がゾッとするようなその光景を見守っている。
『正念場だ。コレを防げなければ、世界が終わる』
頭の中でクシレンがそう呟くように言った。
でも、大丈夫。私達にはリズがいるのだから。私は何の心配もせず、詠唱を続けるリズを見守る。
「──術者たる我が望むは絶対なる盾。世界を終わらせようとする邪悪な力を弾き返す防御を望む。その盾は人知を超えた神たる力の証拠。神の力をもって今こそこの世に具現化し、我を守れ。守って見せろ。聖なる防御円」
リズの魔法が発動した。その瞬間、地面から白い光が出現して私達を囲んでいく。私達というのは、この場にいる仲間達全ての事だ。白い光はカーブを描き、私達を囲んで円を作り出した。
次の瞬間、空を覆っていた黒い光が落下を始めた。私達の命を奪うべく、私達を飲み込もうとしている。
だけどその黒い光に、リズが作り出した白い光がぶつかっていってせめぎ合い、落下を防ぎ始めた。白い光はどんどん光の強さを増していき、落下しようとする黒い光とぶつかり合う事で凄まじい風を巻き起こす。周囲では竜巻のような物も発生し、雷のような閃光も見えるようになった。
まるで、この世の終わりのような光景だ。でもここで終わりはしない。
リズの魔法が黒い光を消し去り、空を白く染め上げていく。キレイな白い光はとどまる事を知らず、白い光が描いた円の中にいる黒王族達にも攻撃を開始し、光に当てられた黒王族達が次々と消え去っていく。
やがて黒い光はその場から無くなり、平穏が訪れた。
「……シズ。お願いします」
リズがそう言うと、白い光が私の白くなった千切千鬼に集中して更に光り輝いた。
この刀で、災厄にトドメをさせと促しているらしい。
私はリズに向かって強く頷くと、先程真っ二つに切り裂いた災厄に向かって駆けだした。
災厄は既に再生していて、元通りの人の形となっている。接近してくる私に対して、口を大きく開いて怒りの感情を露わにするかのように威嚇し、武器を構えている。
初めて見る災厄の表情に私は怯みもせず、千切千鬼を振り上げる。すると、刀を覆う白い光が強くなった。とてつもない力を感じつつ、私はその刀を災厄へと向けて振り下ろす。
大きな白い光が斬撃となり、災厄に襲い掛かった。光は災厄を飲み込み、災厄が構えた武器を砕き、災厄の怒りの表情を浮かべた顔面を吹き飛ばし、身体を浄化して消し飛ばしていく。
『何も心配する事もなかったね。おめでとう。君たちの勝利だ』
最後にクシレンの声が頭に響き、災厄は今この瞬間に消え去った。
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