天使と共に
日の光と共に、日の光とはまた別の光が私の横を通り過ぎた。
神々しい白き光で、それらは一直線に私達に向かって駆けだしていた黒王族達に降り注いだ。
白い光に当てられた黒王族達の身体が、突如として崩れた。まるで紙粘土がボロボロになって崩れるかのように、まずは足が崩れて地を這う事になり、次に身体と顔が崩れてただの黒い灰がその場に残るだけとなる。
黒王族達も何が起きたか分からないといった表情を浮かべて消えていったけど、私達も何がおきているのか分からない。
もしかしたら日の光が弱点だったとか?いや、それはないか。
「一体何が起きたんだ……?」
ルレイちゃんが呟くと、力が抜けたかのようにその場に膝をついた。
命を張って私達を守ろうとしてくれたけど、彼女自身も怪我をしている。とてもではないけど、まともに戦える状態ではなかったのだ。
「……ふはは。何が起こったか、か。それは振り返ればすぐに分かる事じゃ」
私の上に覆いかぶさっていたユリちゃんを、私が抱きながら上体をおこすとユリちゃんが私の後方を見ながら笑った。
眩しそうに目を細めながら、か細い声で笑う姿はちょっと痛々しい。でも、その笑顔はとても嬉しそうで、勝ち誇っているかのようにも見える。
ユリちゃんのその顔を見て、私は何となく悟った。
同時に誰かが私の後ろに立つ気配がして、その気配は私に安寧をもたらしてくれる。
「──シズ」
その人物は、私を背後から抱きしめて来た。私の名を呼ぶその声と、温もり。体の感触。紛れもなく、私にとってこの世界で一番尊く、大切で、愛しい存在がそこにいる。
「──リズ」
私も、彼女の名前を呼んだ。呼びながら、私の首に回されたその腕を抱きしめ、頬ずりをする。
「遅くなってすみません。こんなにたくさん怪我をして……痛いでしょう?」
「は、はい。でもリズが来てくれたから、かな。痛みが段々となくなって来て、むしろ心地良いです」
リズに抱きしめられた身体からは、不思議と痛みが少しずつ引いている。体が暖かくなって、むしろ体の底から力が湧いて出て来るようだ。
それは愛のパワーなのだと私は思う。今なら立ち上がって、また災厄と戦うことだって出来るだろう。
「ふふ。天使の抱擁」
いつのまにか、私は白い羽に包まれていた。白い光と、白い羽。それらが私と、私が抱いたままのユリちゃんを優しく包み込み、傷を癒やしてくれている事に気が付いた。
災厄から受けた傷がどんどん塞がっていき、血もとまり、そうなるともう痛みもない。
どうやら身体から痛みが消えていっていたのは、愛の力ではなくリズの魔法によるものだったみたい。勘違いでちょっと恥ずかしい。
それにしても、風穴があいていた場所がキレイに塞がってしまうとか、一体どういう魔法なんだ。前にもリズに回復の魔法をかけてもらった事があるけど、その時は傷が塞がるまでとはいかなかった。せいぜい少し痛みが引き、出血を押さえる事が出来る程度である。
「……凄い魔法じゃ。あれほどの傷を一瞬にして治療してしまうとは……どうやら妾達は、自分達が成すべきことをやり遂げたようじゃな」
傷が治ったユリちゃんが、私の手から離れて立ち上がった。その場でくるりと一回転してみせてくれたけど、もうユリちゃんの身体には傷が見当たらない。
「立てますか?」
「はい」
耳元でリズに囁かれ、私は即答して立ち上がった。
立ち上がると同時に振り返り、その姿を確認させてもらう。
と、そこには天使が立っていた。
背に白い翼をはやし、神々しい白き光に包まれ、美しく、聡明で、世界一可愛い美少女が目の前に立っている。
そして私の手を両手で握り、飛び切りの笑顔を見せてくれて、その顔が私に迫って来て唇が軽く重なった。
唇は、すぐに離れた。だけどその一瞬で私の心の全てを奪い、虜になってしまう。
「リズリーシャ。この魔法がそうなのじゃな?」
ワクワクとした様子で、ユリちゃんがリズに向かって尋ねた。
「はい。フォーミュラさんと共に古代魔法の魔術回路を読み解き、現代の魔法に応用したものです。まだまだ分からない事はたくさんありますが、必要な事だけは解読できたつもりです」
「やはりそうか!では憎き災厄をさっさと討伐してくれ!災厄が生み出す黒王族が中々に厄介でな。母上を含んで皆苦戦しているようで、早くなんとかせねばいかんのだ」
周囲では、皆が災厄から生み出された黒王族と戦っている。
中でもランちゃんとサリアさんが相手している黒王族がやはり別格で、周囲に激しい爆発をおこしながらまるでバトル漫画のような戦いを繰り広げている。
あの2人の事だから負ける事はないだろうけど、他の皆は苦戦中だ。早く災厄を倒して黒王族をなんとかしないとキツイ。
「あの黒い人達は、やはり黒王族なんですね……。分かりました。なるべく早く終わらせます。シズも手伝ってくれますか?」
「は、はい」
リズに指名されると、私はようやく我に返って来た。
先程のキスから若干心ここにあらずで、意識が遠のきかけていたんだけどその意識を戻してくれたのもまたリズだ。
どうしよう。今のリズになら、私何をされても抵抗できないと思う。ピンチに駆け付けてくれたリズが、カッコよくて、愛しくて、愛しくて愛しくてたまらない。
「天使が授ける至宝の力。私の魔法で、今シズの身体には強化が施されています」
「強化?」
「はい。先程の私のキスを介して、シズの身体に魔法をかけました。今までよりも強力な力を出せるし、速く動けて、身体も頑丈になっているはずです。でも、無理は禁物ですよ?魔法で傷は治りましたが、あくまで魔法によって身体に回復を促しただけなので、負荷はかかっているはずですから。どこか変だったら、言ってください」
さ、さっきのキス、魔法だったんだ。
キスが嬉しくて、同時にリズが愛しすぎて全く気付かなかった。
そう言われて自分の身体を動かして具合を確かめてみるものの、よく分からない。リズが来てから力は湧き出ているし、怪我は治っているのでいつも通りだ。
「邪魔して悪いが、呑気に話してる暇なんてないぜ」
話し込んでしまっていた私達に、ルレイちゃんがそう警告した。
ルレイちゃんは力が抜けたように座り込んでしまっていたものの、私達が話し込んでいる間も災厄に向けて弓を構えて警戒してくれていた。
「そ、その通りですっ。さっさとあの化け物を倒してください。……時に、フォーミュラ様は?古代魔法が完成したのなら、貴女と共に来るはずでは?」
そんなルレイちゃんの影の中から、ジルフォが顔を出すとフォーミュラについて尋ねた。
それは私も少し気になっていた事だ。
「フォーミュラさんは……古代魔法を試し打ちしようとして、全ての魔力を消費してしまい倒れてしまいました。今は母上が看病しているはずです」
「そ、そんなっ……」
なんともマヌケな話だ。せっかく魔法が完成したというのに、それで来てくれたのはリズだけだったという訳か。
ショックを受けるジルフォだけど、私としては問題ない。リズさえいてくれれば百人力だから。
「問題ありません。フォーミュラさんの分も、私が働きますので」
「ああ。任せたぜ、リズリーシャ。オレは少し、休ませてもらう」
「ルレイさんにも、治療の魔法を──」
「いらねぇよ。これくらいの怪我、シズやユリエスティが受けた傷と比べれば大した事ねぇ。その力は災厄用にとっておけ」
「……」
そう言い放ったルレイちゃんに、リズに傷を治してもらったユリちゃんがそっと寄り添ってその身体を支えた。
ルレイちゃんはそんなユリちゃんの肩を遠慮なく借りると、歩いてこの場から去っていく。
「こっちは任せておけ。お主は災厄を倒すのじゃ」
「……はい。では、行きましょうか、シズ」
私とリズは並んで、ルレイちゃんの代わりに災厄を睨んだ。