もう少し
日が暮れて、代わりに周囲はやけに明るい月明かりによって照らされ、私達の状況を映し出している。
「う……くそっ……」
私の傍で、ルレイちゃんが倒れて呻いている。あちこちから出血しており、かなりのダメージを受けている。
それでも弓を地面について、どうにか立ち上がった。でもフラフラで、今にも倒れてしまいそう。
「……難儀じゃな」
同じようにユリちゃんもボロボロで、こちらは地面に膝をついたままで立ち上がる事が出来ていない。
私も似たような状態だ。でも2人よりはだいぶマシだと思う。
不死の力は失っているけど、黒王族の身体の治癒能力までは失われていない。大した怪我ではなければ、少し時間が経過すれば気づけば治っている。
ただ、折られた骨や刺されて貫通した所は治るまで時間がかかりそうだ。痛い。
災厄から直接攻撃を受けると、頭に響く声も2人に影響をもたらしている。
私が念じると暴走は止める事は出来るけど、声まではかき消せる訳ではない。2人は頭の中に響く声に悩まされ、頭を抱えている。
ボロボロだ。もうこれ以上、戦えるような状態ではない。
周囲を見渡せば、皆も同じような状況だった。
災厄が生み出した黒王族と戦っていたサリアさんとランちゃんは、どうにかして黒王族に勝利を収めたものの、すぐに災厄が別の黒王族を生み出して連戦となっている。
2人が最初に戦いを繰り広げた黒王族は、やはり別格の強さを誇っていた。その黒王族との戦いでかなりの体力を消耗した上で、別の黒王族が次々と襲い掛かって来て2人の体力はかなり削られている。
怪我もしていて、あちらもこれ以上戦いが長引けば、負けてしまう。
サンちゃんとハルエッキも、それぞれの相手に苦戦して死闘を繰り広げている。グヴェイルとグラサイも、何体かの黒王族を倒したものの連戦となってボロボロだ。
ウルエラさんや、他のガランド・ムーンの仲間達に、エルフ達に竜族達も、襲い掛かって来る黒王族を皆で撃退しようとしているけど、一騎当千の力を見せる黒王族に苦戦している。
ジルフォも、最初こそ調子良さそうに攻撃を仕掛けていたものの、今では逃げ回るばかりで追い込まれている。
あちらも、時間の問題だ。元々そのつもりで災厄に挑みに来てはいるものの、私達は圧倒されている。
今、どれくらいの時間が経過したのだろうか。あとどれくらい時間稼ぎをすればいいのだろうか。
時間感覚が麻痺していているけど、少なくとも今は昼から夜になっている。戦いが始まってから数時間くらいは経過したのだろうか。
「……リズ」
私は誰の耳にも届かないよう、静かにその名を呟いた。
リズはこの世界で、私に生きる意味を教えてくれた。私の幼い頃の夢を叶える、チャンスを与えてくれた。彼女のためなら、死んでもいい。だけど今死ぬのは彼女のためにはならない。
今死んだりしたら、それこそ無駄死にだ。
ここだけの話、戦いが終わったら私はリズに思い切り甘えるつもりである。今までにないくらい褒めてもらい、今までに経験した事のないような熱い時間を過ごす。そのためには災厄を倒して、生きて、彼女の下へ帰る必要がある。
リズはきっと今頃、必死に魔法の研究をしているはず。私達も必死だけど、リズもきっと同じように必死のはず。
だけど私達はかなり追い込まれている。このままでは、もう一時間ももたないだろう。
『……もう少しだ。もう少しで魔法は完成する』
もう少しって、どれくらい?
『少しは少しだよ』
曖昧だ……。
頭の中に聞こえて来た声に、私は抗議する。
でも、そっか。あと少しでいいのか。
クシレンのその言葉を希望にし、私は少しだけ元気が出た。
「どうする、シズ。皆もうボロボロだぞ」
「も、もう少し……もう少しで、リズの魔法が完成します。だから、もうちょっとだけ頑張ってください」
「……ああ。勿論、死ぬまでは頑張るつもりだぜ」
そう言うと、ルレイちゃんが笑いながら起き上がった。
「そうじゃな。元より命を懸けるつもりだったのじゃ。竜族の誇りにかけて、命ある限り戦い抜いてみせるぞ」
ユリちゃんも、苦し気ながらも立ち上がった。
だけど、無理して強大な敵に立ち向かうのにも限度というものがある。
ルレイちゃんが放った弓は精彩を欠いており、威力も、命中精度も低い。そんな攻撃が災厄に通じる訳もなく、災厄は矢を回避しながらルレイちゃんとの間合いを詰めて来た。
ユリちゃんがルレイちゃんの攻撃と同時に竜の姿に変身しており、迫り来る災厄に対して口から炎を吐いた。
けど、こちらも炎の威力が弱い。災厄は炎を刀で防ぎながら突き進んで来る。
炎を超えて来た所で、私が災厄を迎え撃つ。
千切千鬼で斬りかかると、災厄は刀で私の攻撃を受け止めて来た。
「くっ」
腕に、力が入らない。私の攻撃はあまりにも呆気なく弾き返され、勢いそのままに飛ばされた私は後方にいるユリちゃんの胸に足をついて着地。
そこに、災厄の髪の先端から魔法が放たれ、私に向かって複数の黒いトゲが飛んできた。
避けるには、避けられる。けどここで避けたらユリちゃんが刺される事となってしまう。
私は千切千鬼による一撃を、ユリちゃんの胸の上で踏ん張りながら迫り来るトゲに向かって放った。
一本のトゲが、私の刀によって砕かれる。ついでにもう一本のトゲも、砕く事が出来た。
でも残りは防ぐことが出来ず、私の傍を通り過ぎてユリちゃんの身体に突き刺さっていってしまう。
『っ……!』
苦し気な、ユリちゃんの息遣いが聞こえる。
見なくとも、ユリちゃんの身体がトゲによってくし刺しにされてしまった事が分かる。
一体どこを刺されてしまったのだろうか。刺され方によっては大変な事になってしまう。心配だ。
でも振り返る余裕がない。
「──……」
魔法の発動を終えた災厄が、こちらに向かってジャンプして来ている。振り上げられた災厄の刀は不気味に黒く光り輝いており、それがただの一撃ではない事を物語っている。
先程は、ユリちゃんの体当たりによって避ける事に成功した、あの一撃をこの場で放とうとしているのだ。
止めなければ、ユリちゃんもろとも死んでしまう。
私は千切千鬼を振りかぶりながらユリちゃんの胸を蹴り、迫り来る災厄に向かってジャンプしてその一撃を受け止めた。
「くぅ……!」
ぶつかった瞬間、災厄の刀から黒い光が爆ぜて周囲を襲った。どうにか受け止めはしたものの、その黒い光は私を飲み込もうとどんどん広がって私を飲み込んでいく。
ダメだ。全力で千切千鬼を掴み、全力で振りかぶっても災厄のその一撃には歯がたたない。
そりゃそうか。先程は私に命の危険を感じさせた一撃だ。先程よりも体力を消耗している今、受け止めきれる訳がない。
それでもどうにかしてユリちゃんだけは守りたい。
「ユリちゃん、逃げ──!」
言い終わる前に、黒い光が私を飲み込んだ。
光は周囲を滅茶苦茶に飲み込んでいき、右も左も上も下も分からなくなってしまう。全身が引きちぎられそうな痛みが遅い、実際本当に引きちぎられているのかもしれないけど、今は状況がよく分からない。
『君に死なれたら困るんだ。そう言ったよね』
頭の中に響いたクシレンの声が、私にそう文句を言って来た。
そんな事を言われても仕方がないじゃないか。私と災厄との実力差は、開きがありすぎる。
というかやっぱり私は死んでしまったの?
『いや、生きてるよ。ボクが災厄の腕を操り攻撃を少しだけそらして、直撃しないようにしたからね。頼むから、もう死なないようにしてくれよ。ボクの援護だって限度があるんだから』
だから、文句を言われても困る。
でも、そっか。私生きてるんだ。ユリちゃんに助けられ、次はクシレンにも助けられてしまった。
この短い間で、二度も死線をくぐっている。そう思うと背筋がぞっとした。
でも、生きているのならまだ戦える。リズが来るまで、もっと頑張らないと。