命の恩人
ルレイちゃんと協力し、2対1で災厄と戦う事になった。
勝とうとは思わなくていい。だけどやっぱり、災厄という強大な敵と対峙するにはあまりにも心もとない戦力だ。
「もう、ジルフォの魔法には頼れねぇ。オレも短剣をやられた今、接近戦はできねぇ」
「わ、分かってます。ルレイちゃんは、私の援護をお願いします」
「任せろ……って言いたいけど、大丈夫なのか?」
「はい」
「……よしっ。んじゃ、援護は任せとけ!」
私はルレイちゃんと頷き合うと、災厄へ向けて駆け出した。
駆け出した私の横を、後方からルレイちゃんが放った光の矢が通って先に災厄へと到達する。しかし当然のように災厄によってぶった切られて、光の矢は斬撃に飲まれて散った。
次いで私が災厄を間合いに捉えると、千切千鬼を横に振り払う。
しかしその攻撃もまた、災厄の刀に受け止められて簡単に止められてしまった。その上で、もう片方の刀で反撃される事になってしまう。
けどその攻撃は身体を反らしてなんとか避け……いや、肩を掠めて血が出ている。軽傷だ。問題ない。
「──……」
災厄が、こちらをじっと見つめている。そして何かを言っている。
『もうおしまいだ。お前達では私に勝てない』
なんとなく、そう言っている気がした。その瞬間、背筋がゾッとした。まるで自分の命が脅かされているような、いいようのない感覚。それは目の前の災厄から与えられており、今すぐ逃げなくてはいけないという衝動にかられる。
どこから、攻撃が来る?片方の刀は私の身体を掠め、今振り上げられている。もう片方は私の刀を受け止めたままだ。
となると……災厄の髪の毛みたいな触手か。見ると、やはり一本の触手に魔力が集まり、魔法を発動させようとしている。
あの黒い塊を放つ魔法をこの距離で発動されたら、死んでしまう。
そう思い、飛び退こうとした私のすぐ横を、光の矢が背後から飛んできて災厄に襲い掛かった。けど、先程と同じように災厄の刀によってその矢は消し去られた。
ルレイちゃんの攻撃は消し去られはしたものの、私は一瞬のスキをついて災厄から距離を取る事に成功する。これで災厄の黒い塊を放つ魔法に対処出来る。
直後に魔法が発動し、災厄の触手の先端に光り輝く紋様が出現。そこから黒い物が私に向かって放たれた。
でも放たれた物は、私が予想していなかったものだった。そこから放たれたのは、鈍い動きの黒い塊ではない。鋭く、真っすぐに向かってくる一本の線状の黒い塊だった。
それが私の心臓めがけて飛んできて、私を貫こうとしてくる。
完全に、スキを突かれた。いや、コレは完全に自分が油断した結果だ。どうしてこんな油断をしたんだと、自分に対して怒りがわいてくる。
……そうか。しばらく不死でいたせいで、危機管理能力が鈍っていたのか。今更そう気が付いた。
自分では元の自分に戻っただけだなんて思っていたけど、やはり一度不死の期間を挟むと、どこかで驕りが生じてしまうようだ。
でもまだ終わってはいない。要は、心臓を刺されなければ良いのだ。私はスキを突かれながらも、本当に一瞬にしてそう判断すると、向かい来る黒い塊に対して身体をズラし、心臓から軌道を外させようと必死に動いた。
自分の身体の動きが鈍すぎて、イライラする。目では見えているのに、ついてこれない身体が憎らしい。
やがて、災厄が放った黒い塊が私の身体に達し、貫いた。
「ぐっ……うぅ!?」
左肩に、鋭い痛みが走る。どうにか心臓は貫かれなかった。だけど痛いし、血がたくさん飛び散ったし、その上でとても大きな黒王族の声が頭に響き、嫌になってくる。
でも、痛がったり声に耳を塞いでいる場合ではない。私はすぐに自分を突き刺した黒い線状のものを千切千鬼で切ってから、災厄に切っ先を向けた。
その災厄の姿が揺らいだ。一瞬その場から災厄が消えたのかと思ったけど、そうではない。災厄は素早く私の横に回り込んで、私に向けて刀を振り上げている。
何かを考えたりしている暇さえない。私は咄嗟に動いた腕に握る千切千鬼で、災厄の刀を受け止めた。と同時に身体は飛び退いておく。
無理な態勢で受け止めた災厄の刀は、すぐに私の刀を押し込んできて私が元居た場所に突き刺さった。
やや遅れてルレイちゃんの光の矢が災厄を襲った。けどその矢は災厄の横をすり抜けて、回避せずとも命中する事はなかった。
ルレイちゃんは、今の災厄の動きに付いてこれていない。私だって、ついていけていたのか怪しい。
偶然だ。今の攻撃を避ける事が出来たのは、偶然に過ぎない。
「はぁ、はぁ……!」
今気づいたけど、今の一連の流れの中で私は息をしていなかった。あまり長い時間ではなかったけど、苦しくなって気づき、慌てて大きく息を吸って吐く。
でも災厄は、私に息を整える時間さえ与えてはくれない。次の攻撃が私に向かって真正面から仕掛けられた。
振り上げられた、災厄の刀。その刀に黒い光が集中していき、不気味に輝く。この攻撃はただの攻撃ではない。普通に受け止める事は出来ないだろう。かといって、避けるのも難しそうだ。
この一瞬、感じたのは、確かな死だ。自分の身体が吹き飛ぶところまでイメージが出来た。
けど自分が死ぬ事はないと、これまたその一瞬の中で理解している。
『ガアアアァァァァァ!』
咆哮したのは、金色の竜。ランちゃんよりは小さな竜で、でもとてもキレイな竜だ。爪や牙が長く、トゲのついた尻尾が特徴の竜で、それがユリちゃんが竜の姿になった時の特徴である。
空から降り注いだその巨体が、災厄に体当たりをしかけた。
体当たりにより、災厄が飛ばされて行く。さすがにすぐ近くにいた私にもユリちゃんの身体が当たり、飛ばされてしまった。
痛い。かなり痛い。でも大丈夫。倒れて動けなくなる程ではない。災厄によって斬られるよりはかなりマシな衝撃だ。というか、命を助けられた。
「シズ!大丈夫か!?」
「私は大丈夫だから、ユリちゃんの援護を……!」
私を心配して駆け寄って来たルレイちゃんに対し、私もすぐに起き上がりながらそう訴えかけた。
そして吹き飛んで行ったはずの2人の方を見ると、ユリちゃんの姿があった。
ユリちゃんは地面スレスレの所で不自然に止まっており、よく見ればユリちゃんの角が災厄の片手に掴まれている。災厄がユリちゃんを受け止め、片手でその巨体を静止させているのだ。
「おらあぁぁ!」
災厄に向けて、ルレイちゃんが矢を放った。風を巻き起こしながら、矢が真っすぐに災厄に向かっていく。
その矢に対し、災厄が、手にしたユリちゃんを動かして迫り来る矢の軌道上に置いた。
『くっ……!?』
ルレイちゃんの光の矢が、ユリちゃんに突き刺さってしまった。矢はユリちゃんの表面の鱗を吹き飛ばしながらめり込んでいってしまう。
「このやろ……!」
私はすぐに駆け出すと、ユリちゃんに突き刺さったルレイちゃんの光の矢を切り捨てて、消し去った。
それからユリちゃんの角を掴み取っている災厄に斬りかかる。
でも、近づこうと下私に対し、災厄はユリちゃんを振り回して妨害してきた。慌てて飛び退いてユリちゃんとの衝突を回避するも、これじゃあ近づけない。
「ユリちゃんを……離せぇ!」
まるでユリちゃんを武器として扱うかのような行動に、私は腹が立った。
災厄に向かって怒鳴りながら、どうにかしてユリちゃんをかいくぐって災厄に向かおうとするも、難しそうだ。
でも、再びどうにかして近づこうとした私に合わせるかのように、ユリちゃんの身体が光り輝いてどんどん小さくなっていく。どうやら人の姿になろうとしているようで、私はその隙に災厄に斬りかかった。
しかし小さくなったユリちゃんを、もう武器としての価値がないと判断されたのか、ユリちゃんが私に向かって勢いよく放り投げられて、私は人の姿となったユリちゃんを反射的に受け止めた。
受け止めたのはいいものの、災厄がついてきていた。ユリちゃんを抱く私に向けて、剣を突き出して突っ込んできている。
このままではユリちゃんもろともくし刺しだ。
私はユリちゃんごしに、どうにか千切千鬼を構えて突っ込んで来た災厄の刀の切っ先に、千切千鬼の切っ先を向けて受け止めた。
情けないけど、私一人の力ではとてもではないけど受け止めきれない。このままではすぐに力負けしてくし刺しだ。
そこで、ユリちゃんが私に抱かれたまま尻尾を振り回し、災厄に向かって振り抜いた。
だけどもうそこに災厄はいなくて、私の横に回り込んできていた。その動きを予測していた私は、移動してきた災厄に対して蹴りを繰り出す。
でも呆気なく片手で受け止められると、災厄はまるで私の真似をするかのように蹴りを繰り出して来た。私はその動きに対し、ユリちゃんを庇って受け止めた。
「がっ、はっ……!」
たかが蹴り。だけど災厄の蹴りは威力が桁違いだった。
災厄の蹴りは私の脇腹の当たりに命中し、息が止まった。私の中で何かが砕ける音がした。体が浮いて、ユリちゃんを抱いたまま吹き飛ばされて行く。
吹き飛ばされながらもユリちゃんが地面に尻尾を突き刺し、吹き飛ばしの威力は弱まった。私はユリちゃんとともに地面に降り立ち、どうにかして一連の攻撃を防ぎきる事が出来た。
「はぁ、はぁ……」
脇腹が痛い。
息が乱れているのは、怪我の痛みと体力の消耗の両方から来ている。
それでも災厄からは目を逸らさないように、すぐに刀を構えてファイティングポーズをとった。
「大丈夫か、シズ?」
「は、はい。来てくれて、ありがとうございます」
「あまり役にはたてなかったがな……」
「い、命の恩人、です。ユリちゃんが来てくれなかったら、きっと私は死んでいました」
「そうか。そう言ってもらえると嬉しいが、妾も庇われたからお互い様じゃな」
ユリちゃんが笑い、私も笑う。だけど身体は順調に傷ついており、体力的にも余裕はなくなってきている。




