自称エルフ最強
私の幼い頃の夢は、世界を救うヒーローになる事だった。
それを思い出したのは最近だ。
私の本当のお父さんとお母さんが、突然私の前から姿を消した事により、私は裏切られたと思い込んで過去を思い出すのをやめた。新しい家族が私を歓迎してくれなかった事により、全ての『家族』という枠組みが嫌いになった。
でもこの世界に来てから、私を家族と言って大切に扱い、頭を撫でてくれて、美味しいご飯を作ってくれて、一緒に笑って、苦楽を共にする大切な人達が出来た。
おかげで私は過去を受け入れ、お父さんとお母さんとの大切な思い出を思い出す事が出来た。
あの時と世界は違うけど、私はこの世界でヒーローになろうと思う。世界を救う、英雄だ。災厄を倒せばそれは達成される。
「……」
私は息をのんで、手に握る刀に力を集中させる。
見据えた先には、この世界を破滅に導く災厄がいる。
「……オレが先に仕掛ける」
ルレイちゃんはそう言うと、風を纏う短剣を鞘から抜いた。
弓も構えると、災厄に向かって歩き出し、その歩みはやがて全力疾走へと変わった。
「まったく、一人で出しゃばって勝てる相手ではないでしょう」
ジルフォは溜息交じりに言うと、私の影の中に姿を消した。移動先は、たぶんルレイちゃんの影の中だ。
ルレイちゃんはそのまま災厄へと突っ込んでいくと、走りながら構えた弓から光の矢を放ち、攻撃を仕掛けた。矢は連射され、いくつかの矢が災厄へと襲い掛かる。そして全てのその矢は、ぐにゃぐにゃと曲がった軌道を見せて不規則に災厄に向かっていく。
曲がっているのはジルフォが魔法で援護しているからだ。ただ正面から向かい来るのではなく、不規則に曲がって襲い掛かる矢に対処するのは少し難しい。
災厄は、向かい来るルレイちゃんの矢に対し、微動だにせず待ち構える。しかし矢が眼前にまで迫った所で、突然ギアが入ったかのように動き出した。
まず1本目の矢は首を横に向けてかわした。背後から迫る2本目の矢は、身体を反らしてかわした。3本目は右手の刀を振って落とし、4本目は片足をあげて回避。5本目は狙いが外れたのか、災厄が回避行動をとらずに逸れて行った。
四方から襲い来る矢に対し、災厄は最小限の動きで全てを避け切って見せた。
でも攻撃はまだ終わっていない。今の矢はただの牽制だ。
「おらああぁぁぁぁ!」
矢についていくかのように災厄に迫っていったルレイちゃんが、短剣を災厄に向けて一直線に突っ込んでいく。
普段から風を纏っている不思議な短剣だけど、その一撃は普段よりも多くの風が巻き起こっている。あまりの風の強さに、ルレイちゃんが通り抜けた地面が削れていっているくらいだ。
災厄はその短剣を、刀の切っ先で受け止めた。
でも刀はルレイちゃんの短剣を通り抜けると、その姿を消した。
災厄に向かっていたと思われたルレイちゃんは、幻影だ。本体は災厄の背後から迫っている。
またも災厄の背後を取る事に成功したかのように見えたけど、災厄の髪である触手に魔力が集中しているのに私は気が付いた。
直後に、背後に向かって伸びた一本の触手の先端に黒く輝く紋章が出現すると、そこから魔法が放たれた。黒い塊を放つ魔法で、前に私達に放ってきたものと同じものだ。アレに触れたら跡形もなく消えてしまう。サリアさんの腕もあの魔法によって消し去られてしまった。
放たれた黒い塊は、人一人を軽く飲み込んでしまうくらいの大きさだ。
しかし、災厄に向かって突っ込んでいたルレイちゃんの前に突然現れた黒い塊を、ルレイちゃんは避ける事が出来るような態勢ではない。
短剣が黒い塊に触れる前、まずは風が黒い塊に触れた。前は風で飛ばす事が出来た黒い塊だけど、今回は質量が大きいのかその場から微動だにしない。
風は塊に飲まれて消え去り、やがて遅れて短剣の先端が突き刺さった。黒い塊は短剣を飲み込んでいき、次いで短剣を掴むルレイちゃんの手がその塊の中へと吸い込まれて行こうとする。
でもその直前で、突然ルレイちゃんが地面に引き込まれ、姿を消した。間一髪の所で、闇の塊には触れていない。
影から飛び出たジルフォの手が、ルレイちゃんの足を掴み取ってその影の中へと引きずり込んだのだ。
不思議そうにしている災厄をよそに、災厄に向けて駆け出していた私が災厄に向かって千切千鬼を横一閃に振り抜く。
しかしその刀は災厄の刀によっていとも簡単に防がれた。
こうなる事は分かってはいたので、もう驚きはしない。刀を引いてすぐに次の攻撃を仕掛けるも、その攻撃も防がれる。どんなにスピードをあげても、力をこめても、災厄に私の攻撃は届かない。
「ジルフォ!」
私が叫んだその瞬間、次の私の一撃が揺らいで、災厄の刀を避けた。
「──……!」
災厄は驚きの表情をみせたものの、私の刀はもう災厄の身体にめり込んでおり、災厄の身体を切り裂いた。災厄の左肩から入った千切千鬼だけど、しかし途中で止まる事となってしまった。
もう片方の手に持つ刀で、受け止められてしまったからだ。
胸下あたりまで斬った所で止められてしまい、非常に中途半端な状態である。斬られた場所からボタボタと黒い血が溢れ出て、地面を黒く染めていく。けど、大した量ではない。コレが人相手だったら、もっと血が噴き出て当然致命傷だ。
「ぷはぁ!」
「はぁ!げほっ、げほっ!」
地上でそうなっている所に、私の影の中からルレイちゃんとジルフォが飛び出て、2人して大きく息を吸って苦し気な表情を見せている。
「か、影の中に他人を引きずり込むのは大変なんですよ……!その上でゼシアミラージュを使わせるとか、無茶ぶりがすぎます!」
開口一番、ジルフォが私に対して文句を言って来た。
なんかよく分からないけど、大変だったらしい。
「──……」
ふと気づくと、災厄がジルフォを見ていた。
そしてジルフォに向かって刀を振り上げ、攻撃を仕掛けて来た。
私は彼を庇って慌てて千切千鬼を災厄から抜き、災厄の攻撃を受け止める。しかし刀は押され、踏ん張った足が地面にめり込んで力が逃げてしまった。
「くぅっ!」
でも、どうにか攻撃を逸らす事には成功した。
「ひぃ!?」
逸れた災厄の刀は、ジルフォのすぐ横の地面に突き刺さって地面を破壊する。けど、ジルフォはギリギリ無事だ。
彼は短い悲鳴をあげると、災厄に尻を向けて四つん這いで離れていき、その後二足歩行に戻って駆けて行った。
「……余所見してんじゃねぇぞ!」
ジルフォに攻撃を仕掛けた災厄に対し、ルレイちゃんが至近距離で弓を構えていた。
光の矢が至近距離で放たれるものの、災厄は矢を身体を反らして回避し、そのままバク転して私達から少し距離をとった。
「だ、大丈夫、ですか?」
「ああ。でも短剣がやられた。大切な短剣だったんだが……仕方ねぇ」
ルレイちゃんの短剣は、刀身がほとんど消えてなくなっていた。纏っていた風もなくなっており、力を失っている。
ルレイちゃんはその短剣を、大切そうに腰に付けたポシェットの中へとしまい込んだ。
「て、おいおい……!」
しまい終わったルレイちゃんが、驚きの声をあげた。
その視線の先では先程災厄から溢れて、地面を黒く染めた血の塊がある。その塊の中から、先程影から出て来たルレイちゃんとジルフォと同じように、黒い人が出て来た。
片手に剣を携え、頭に2本の直角の角を生やした黒王族だ。
私とルレイちゃんは慌てて血から離れて構えるも、出て来た黒王族は私達には興味がないと言った様子で駆け出した。彼が向かった先は、ジルフォだ。
「行ったぞ、ジルフォ!」
「はい!?」
突然狙いをつけられたジルフォが、慌てて何かの魔法を呟いた。
すると、斬りかかって来た黒王族の前に光の壁が出現し、黒王族の攻撃を弾き飛ばす。しかしすぐに2回目の攻撃が飛んできて、光の壁は壊された。
防ぐ物がなくなり、黒王族の剣がジルフォに注ぎ、そしてジルフォの身体を頭から真っ二つに切り裂いた。目を覆いたくなるような悲惨な光景だけど、真っ二つになったジルフォの身体が揺らいだと思ったら、その場から消え去った。
1回目の攻撃を防いだ隙に、ジルフォは幻影とすり替わり、影の中へと退避したのだ。そして本体のジルフォが黒王族の影の中から姿を現すと、黒王族の背中に手を添えた。
「──深き森。深き霧。禁断の地にその花は眠る」
ジルフォの手に、魔力が集中していく。リズと同じように、詠唱を始めたのだ。
しかし長い詠唱をのんびりとやっている場合ではない。黒王族はすぐに振り返ると、ジルフォに対して剣を横一閃に振り抜いた。
しかしまたもやそのジルフォは幻影で、剣が空と斬ると、またもや黒王族の背後にジルフォが現れた。
「咲き誇れ、人ならざる者を食らう最凶の華。ロイグラデシュ」
詠唱の続きをしつつ、再び黒王族の背中にジルフォの手が触れた。すると、魔法が発動した。
突如として黒王族の身体の中から植物のツタが飛び出すと、黒王族の身体に巻き付いて拘束し、動けないようにしてしまう。ツタは黒王族の身体を突き破り、次々と出て来る。最後に口から飛び出たツボミがパカリと開くと、中から大量の青い花びらが姿を現した。ドーム状に無数の青い花びらを携えた花は、見た事がないくらい大きく、キレイな華だ。
でも、黒王族の口から生える事で美しさの中にも不気味さも持っている。
「華に食われて死ぬなんて、美しい最期だと思うだろう?」
ジルフォがそう言いながら、黒王族から生えた花から一枚の花弁を取り、匂いを嗅いでから空に捨てた。
自称エルフ最強を名乗るだけあって、やはり彼も相当な実力者だ。私達に対する援護だけではなく、ちゃんと戦える。
だから、放っておいても大丈夫そうだ。
「ん?おおおぅ!?」
身体を突き破られ、口から花を出す黒王族が拘束をとくと、動き出してジルフォに斬りかかった。ジルフォは飛び退く事でなんとかその攻撃を回避したけど、追撃して私達から離れていってしまう。
黒王族は身体の一部がなくなり、口から花を出してはいるけど剣を握る手は健在だ。そんな状態でも生きていて、まだ2人の戦いは終わっていない。
カッコつけている場合ではなく、トドメをさすべきだったのだ。後悔しても、もう遅い。