怪奇
ねえ。知っているかしら? ……あの噂。
え? なに、なに?
**高校で肝試ししていた女子高生が、突然、行方不明になったって話。
なぜ、それがわかったの?
行方不明になった女子高生のケータイが、そのまま廊下に落ちていたの。で、中を開くと……一通のメールが入っていた。
メール?
そう……メール。
その、内容は……。
わからないわ。
わからない? どういうこと。だって、今の話しの流れだと、そのメールの内容に肝試しのことが、書かれてたんじゃないの。だったら、この話し自体が……うそ?
そう結論づけるのは、少し早いと思うわ。
勿体ぶらないで、教えてよ。
わかったわかった。実話ね、その文章が、『怪異文字』になっていたの。
怪異文字?
こちらの世界では、そう呼ぶんだけど。そうね。わかりやすく言うと『文字化け?』かしら。
それなら、わかるわ。文字が、変に羅列されているやつでしょ?
そうよ。
だから、内容がわからなかったのか……。
ええ。
でも、ちょっと待って。それだと、メールの内容は誰にも読めないわ。どうして、内容を読むことができたのかしら。
この世、ならざるものじゃない。この世には、見えるヒトと、ミエナイ人が、いるから……。
ああ。なるほど、いるね。そういう無作法なやつら。ああいうヤツらを見ていると、イライラする。だから、つい……。
ええ、この世にはルールというものがある。それを平気で破るような奴らは、竜の逆鱗に触れるのと、同じ意味を持つわ。その境界線は決して超えてはならない。でないと……。
「……ねえ」
ナニカシラ?
「さっきから……私に話しかけてくる、あなた達は。いったい……だれ?」
ふっふふふ、ふふふ、あひゃあひゃあひゃあひゃあひゃあひゃあひゃあひゃあひゃあひゃあ!!!!
「ひっィ!」
やっぱり、噂は、本当だったんだ。
私は、それを甘く見ていた。
だから、こんな目に。
背後から、不気味な笑い声が聞こえてくる。これが幻聴なら、どれほどよかっただろう。これは現実。現に、私は走っている。距離十二、一三メートルを保ちながら、心臓が押し潰されそうなくらい、全力で走っている。だけど、なにか、変だ。走っても走っても、出口が見えない。出口は――どこ?
薄明かりに照らされて、それが浮かび上がる。もう、夜明けが近いのかもしれない。太陽が、東から、少しづつ昇ってきているのが、窓から確認することができた。
と、同時に。
その恐ろしい姿が、窓から反射し、鏡のように映り込む。
「あれは……人じゃない」
人の形をした、バケモノ。
口は裂け、そこから大きな牙が見える。女性だ。はっきりと見えたわけじゃない。だけどわかる。さっき聞こえていた声もそうだが、薄っすらと、灯に照らし出されたその姿は、私と同じぐらいの年齢に見えた。もしかしたら、一つ、上の学年かもしれない。私の通う**高校のものと、同じ制服を着ていた。
だから、このバケモノが――女性であると、わかったのかもしれない。
太陽に照らされて、隠されていた校舎の陰から、玄関ホールが見えてくる。
カギは、右ポケットに入っている。ここに侵入したときに、使ったものだ。ここが、本当に私の知る**高校なら、このカギで開くはず。
なぜか、開くという自信があった。なぜかは、わからない。直感的なものかもしれない。
追いかけっこも、いよいよ、終わりが近い。
玄関ホールに着き、鍵穴にカギをはめ、左に回す。
カチッという、確かな手ごたえと同時に、扉を開いた。
取っ手を掴み、勢いよく飛び出す。
ちょっと、待って。なんか、おかしい。
記憶が、フラッシュバックする。
私の記憶が正しければ、声は、もう一つ聞こえていたはずだ。背後から、追いかけてくるバケモノは、一匹。……じゃあ、もう、一匹は。
目の前にいた。黄色いレインコートを着た、少女。私と同じ制服を着ている。
動き出した身体は止まらない。時間がコマ送りのように進み、鋭利な刃物が、ゆっくりと身体に刺さっていく。痛みは、まだない。だが、この数秒後には、イヤっていうほど、それを全身で、味わうことになるだろう。
口から血を吐き、のたうち回る。
二匹の獣が、私を見下ろす。
ああ、おわった。
これが、私の見た最後。
……潤くん。ごめん。
人は産まれながら一人だ。
そして、死ぬときもひとり。
誰も助けちゃくれない。
さらば、オレの人生。アデュー!
「何だ。これは、言い訳があるなら。聞いてやらんこともないぞ」
ドンと、一枚の紙切れがオレの目の前に置かれた。
視線が痛い。
刺すような痛みだ。
これを例えるなら、帰りに買っておいたハーゲンダッツを、冷蔵庫から取り出し、るんるん気分でスキップしていると、机の角に小指をぶつけ、思わず、顔をうずくまってしまうぐらいの痛さだ。(わかりづらい例えですまん)
「はあ。香澄先生。どうして人は、人に優劣をつけたがるですかね」
香澄先生は、複雑な表情を浮かべた。
「知るかっ……!」
おいおい、教師がそれを言ったら、おしまいだろ。
心の中で、ツッコミを入れておく。
現実で言うと、間違いなく、腕ひしぎ十字固めをくらい、そくKOだ。
「なあ、犬井。私は、お前のクソつまらない話を聞くために、わざわざ有限ある私の貴重な財産。その時間を割いてまで、お前と、こうして、面と向かって話しを聞いてやっているんだ。そういうのは、将来、大人になってから、キャバ嬢にでも聞いてもらえ」
おいおい、その言い方だと、オレには将来、話しお聞いてくれる嫁さんはおろか、彼女すらできないという、前提になるのだが。
今日も、オレの心に、しっかりと傷跡を残す、毒舌っぷりだ。
香澄先生は、じっとオレを見て。
「そういうのはいい。質問にだけ答えろ。これは、いったい、何のつもりだ」
再び、どぎつい、視線に耐える。
ものは考えようだ。オレはべつに、そう言った趣味はないが。これは一種の、そういうプレイだと思えば……うむ。意外と悪くない。
これは、これで、アリなような気がしてきた。開けてはいけない扉を、一つ開けてしまったかのような、解放感すらある。
「痛って、」
「なぁーに、変な妄想を膨らませているんだ、あん?」
……エスパーかよ。
「次、変なことを考えたら……犬井。お前を、即、退学にしてやる」
教師の言うことじゃねぇ。
二年三組の担任、香澄サク(ちゃんと先生をつけましょう)は、オレの担任教師だ。
ここで、さくっと、プロフィールを紹介しようと思う。
年齢、29歳
独身、彼氏随時募集中。
趣味、料理。
禁句ワード。
(結婚のご予定は? と、訊くと、ぐーパンチが飛んでくる)
以上、簡単な説明。これで(婚活の)履歴書も、バッチリだな!
オレは笑いながら。
「出来るわけないでしょ? いくら担任教師とはいえ。先生の独断で、いち、生徒を、退学にするようなまね……」
一番上から、シャツのボタンを外し、そのまま、大胆に着崩した。
それはもう、誰かに無理やり、そうされたかのような、(コイツが乙女だったら間違いなくしなかったであろう)恥じらいもない姿になり。息を荒くして「大声で叫んでやる」と、まで言いきりやがった。そこに、殺意がこもっていた。
「はい。すいません。全部、オレが悪かったです。だから、それだけはやめて下さい」
教室でふたり、この状況で、こんな哀れもない、教師の姿を見たら。誰だって、オレを疑う。オレだって、オレを疑う。賭けてもいいね。そしてオレは……この教師の思惑どおり、退学処分になるのであった。
くっそう。その教師。間違いなく、腹の中が真っ黒だ。女の武器を、よく、心得ていらっしゃる。
香澄先生(悪女)は、足を組み。
「話を戻そうか。お前と話していると、キリがない。だから質問にだけ答えろ。いいな、YESなら縦に頷く、NOなら首を横に振れ。それ以外は認めん。少しでも変な気を起こせば、お前をすぐに、暴漢男として、立派に祭り上げてやる。よかったな。明日から有名人になれるぞ」
どうやら。オレに拒否権はないようだ。黙って頷くこと以外に、選択の余地がない。
質問。もとい、オレへの尋問が始まる。
「犬井、これは、お前が書いたもので間違いないな?」
縦に頷く。
「ここには、本来。何を書くのか、知らなかったわけじゃないよな?」
縦に頷く。
「じゃあ、これは何だ?」
沈黙。
「答えろ」
有無を言わせない、視線が、そう、訴えかけている。
口を開き、「これが、オレの****だからです」先生は黙った。
「もういい。今日は帰れ、犬井と話していやると、頭が痛くなる」
先生は、机に肘をつき、頭を抱えていた。
「失礼しました」と、教室の扉を閉める。ポケットからケータイを取りだし、メールを開いた。
『わ・*C○78×さ〆|>°Co'M+€で』
玲香からのメール。ほとんど、文字化けして、何と書かれているのか、わからない。
玲香が居なくなって、もう、三日が過ぎだ。何か大きな事件に巻き込まれていなければいいが。
ケータイを強く握りしめる。
「どこ行ったんだよ。あの、バカ」
玲香とは幼馴染だ。
家が近所で、よく二人で遊んでいた。
玲香は、昔っからそそっかしくて、落ち着きがないやつだった。気になることがあると、何でもかんでも、首を突っ込んでいくようなタイプ。
ふと、玲香が言っていたことを思い出した。
「ねえ。ねえ。潤くん。私面白いもの、見つけたんだ!」
玲香が、目をキラキラさせながら言った。きっと、またロクでもないことに、首を突っ込もうとしているに違いない。
「で? 何だよ。面白いものって」
玲香は、ケータイを開き、メールを見せてくる。ディスプレイには、変な文字が羅列されていた。
「何だ、これ?」
「ね! 面白いでしょ!」
玲香が、顔を近づけてくる。まつ毛がとても長く、卵型のような綺麗な顔立ちをしている。玲香の顔を見ると、カーッと暑くなる。慌てて距離をとった。
「なんで離れるのよ!」
「知るか!」
オレが、それを一番聞きたい。
玲香は、あきらめず、オレにくっ付いてくる。これでは身動きが取れない。
「見て」
どこをだよ。胸でも見たらいいのか? 玲香の胸は小さいからなぁ、見応えがない。
「……変態」
軽蔑な目で見られた。
すまん。
「話を戻すけど、これどう思う?」
「どうって、文字化けしているな」
「そうなの! これには、きっと、何か重大な秘密が隠されていると思うの!」
「根拠は?」
「私の勘!」
玲香は、立ち上がり、自信満々に言った。
「きっと、まだ見ぬ世界の秘密が、この中に隠されているに違いないわ!」
「それも、勘か?」
「そうよ! 私の勘は、なんたって当たるんだから!」
あれが、玲香を見た、最後の姿だった。
それ以降、電話も、メールも繋がらない。
……もしかしたら。玲香は、本当に、世界の秘密を知ってしまったのか。
だから、消されて……。
悪い妄想を、振り払う。
そんなはずはない。玲香は、きっと、誰かの家に泊まっているのだろう。
前にも、一度こういうことがあったし、そうだ。そうだよ。……きっと。そうだ。
ケータイが震える。玲香からの電話だ。
「もしもし……」
ジュ、ンく、ん……た、……け、て……
「おい! 玲香! おい! クッソっ!」
ここからじゃ、電波が悪い、どこか、繋がりやすい場所は――
「待ってろ、玲香! オレが必ず――」
電話が途切れた。
慌てて掛け直そうとしたが、手が止まる。
「なんだよ……これ。いったい、なんなんだよ――っ!」
一通のメールが届いていた。
中を開くと、丸いボールのようなものが写っている。それ以外は暗く、最初ソレが何なのか、わからなかった。
だが、次第に、ソレが頭であり、かつて幼馴染だったものに気づいたとき――オレは叫んでいた。
玲香が死んだ。
死んだ。
死んだ。
見間違えるわけがない、卵型の綺麗な顔立ち、意志が強い瞳、長くカールしたまつ毛、薄いピンクの唇……。その全てが濡れたようにドス黒く、頭から下が、なかった。
カラダガ……ナカッタ。
机の上に乗せられ、死んだように目を閉じ、耳にケータイを当てていた。
その場で、吐きそうになる。だが、無理やり止めた。
自制心で、止めた。
涙が頬をつたい、冗談であってほしいと、本気で願った。
こんなの、あんまりだろ。
こんなのって、ないだろ。
これが、玲香との最後の別れになるなんって。
それからの記憶が曖昧だ。葬儀に参列する。今にも雨が降りそうなぐらい曇り空で、世界は、白く、灰色だった。
玲香がいない世界。
オレは、玲香がいない世界で、生きていかないといけないのか。
そう、か。
オレは、玲香が……好きだったんだ。
いまさら、そんなことに、気づくなんて。
もう、終わりにしよう。
こんな世界に、生きる価値なんてない。
オレは、道路に飛び出した。
彼女の後を追うように。
そして、目が覚める。
そこにはきっと、彼女の笑顔が待っているはずだから。