朝のできごと。
「何を読んでいるんだい?」
銀髪の少女が言う。目が大きく、星のように輝いている。
「これ……」
「ミステリー小説だね。ぼくも、何冊か読んだよ。ホームズの話なんか、とくにね」
「ネタバレ……する?」
「おいおい、どこで、そんな言葉を憶えてきたんだい? キミは、ぼくがいない間に、いろんな言葉を憶えるね。まあ、しないよ」
「うん?」
「子どもは、いいね。何も考えなくていいから」
「ナギも、子ども!」
おぼつかない言葉で言う。
「ぼくは、子どもじゃないよ。見た目は、ちんちくりんだけど、立派に成長した。ひとりの女性なんだ」
「ナギ、子ども、子ども!」
「やめてくれ。泣きそうになる」
「朝から、仲がいいね」
「そう見えるかい?」
長いフランスパンを持って、こちらを見ている少女はマナ。
ぼくの、幼馴染と、いったところだ。
「見えるも何も、見た目がそっくりだから」
「それは、遠回しに、ぼくを子ども扱いしていないかい? 見た目で、人を判断してはだめだよ。ぼくがいい例だ」
ない胸を、ここぞとばかりに張る。それが、すごく、子どもぽく見えるのか、マナはくすりと笑う。
なんだか、バカにされているような気がするのは、ぼくの気のせいではない。
「マナ。ぼくは、こう見えて豆腐のメンタルなんだ。ぼくをからかって楽しむつもりなら、他を当たってくれるかな」
「ナギは、朝からツンツンだね。ない胸まで張っちゃて。機嫌がいいのかな? うぷぷぷ!」
「よーし、そこから動くな」
冷凍庫から、カチカチのバナナを持ってくる。
「それでヤルつもり?」
「ああ、そうだよ。バナナは、後でぼくが食べるから、証拠は残らない。キミは、バナナでいけるんだ。ありがたく思いたまえ」
「なんか、ひわいー!」
「それは、キミの頭の中がピンクなだけだよ。ぼくは、純粋に」
「お腹すいた」
つぶらな瞳で、幼女が見つめる。
「そういえば。朝食が、まだだった……。マナ。美味しい、ご飯を作ってくれるなら、キミとの関係を、ふたたび、温めてなおしてやっても、いいと思うけど、どうかな? ここは一時休戦で」
「素直に、作って下さいって言えばいいのに」
「プライドが……邪魔をするんだよ」
「そんなの、捨てちゃえばいいのに」
「キミが、それを言うかい? プライドの塊みたいな、キミが……」
「なんか、言いました?」
「いいえ。なにも」
これ以上、マナの機嫌が損ねると、本当に作ってもらえないかもしれない。ここは、素直に、頭を下げるか。
「作って……くだしゃい」
「なにそれ。本気で、頼んでる?」
「はい。いちおう……」
「まあ、いいわ。そこが、ナギらしいし」
パッと、明るくなる。
机には、目玉焼きと、サラダ、フランスパンと、鴨のスープが並んでいる。
三人、手を組むように合わせる。
「さあ、神の恵みに感謝し、残さず、いただこうか」
二人は、うなずき、ご飯を食べた。
今日も、いい日に、なりそうだね。
ナギは、心の中で、そう思った。