退魔士と災害
雨降って地固まるという言葉があるが、あれは誰が言った言葉だろう。
少なくとも、僕はそいつに文句を言ってやりたい。
空から雨が降っていた。だが、一向に止む気配はない。それどころか、僕の身体半分近く水に浸かっている。数分もすれば、僕はこのまま溺れ死んでしまうだろう。
助けは……来るはずないよな。
数分前のことである。僕は、赤羽鈴音という女――よくいえば同業者、幼馴染、あるいは、天敵とも言える窮地の中、恋人未満、友達以上関係、まあ何でもいいや。この「災害」を止めるため、のこのこと二人でやってきたとうのが話の流れである。
そして、僕は鈴音に――こう言った。
「今回は僕一人で何とかする。鈴音の出番はない。そこら辺の喫茶店にでも入って、アフタヌーンティーで飲んでこいよ。飲み終わった頃には、すべて片付いているからさ」
僕は、男らしく、胸を張ってそう言ってやった。
僕の漢気を見た鈴音は、まるで鼻持ちならない優等生が自分よりも低い相手を見下すように、今思い返せば……あれは小馬鹿にしたような言い方だったな。甘い吐息を吐いて、断崖絶壁ともいえる胸の前で腕組みをした。
やや痩せ型の、さらっとした体躯を見ると、もっと肉を受けろよ、といつも思う。これでも、僕なりに鈴音を気遣っているつもりだ。
だが、聡明な彼女のことだ。僕の気遣いなど見抜いているし、それを知った上で、なお僕に言う。
「無理しなくていいよ。そんな見栄張られても、ダサいだけだから」
これにはカチンときたね。
「いやいや見栄なんか張ってないぜ。今回は僕だけで充分だ。鈴音がいると、かえって邪魔になるくらいだ。そんな心配すんなって、これでも僕は一級の『退魔士』なんだぜ?」
「あきれた。べつに心配してないし、友がそこまで言うなら、そうね。今回は甘えようかな。紅茶じゃなくて、あまいパフェでも食べてくるよ」
「お、おう! そうしろそうしろ!」
10分前の僕――恨むぜ。
てるてる坊主を知っているかな。雨が降っているときに、テッシュを丸めて窓の近くに吊るして、晴れを願うという、日本の古い風習がある。
眼前にいる、てるてる坊主は、逆さに吊るされていた。体長はおよそ、三メートルといったくらいか、白い糸が天から伸びて吊るされている状態。
遠目から見たら、人が首吊り自殺しているように映るかもしれない、だが、この怪異は普通の人には見えない。僕みたいな、特別な血筋あるいは怪異に取り憑かれた人にしか見えないのだ。
そして、この怪異は、雨を降らせ続けている。今すぐどうにかしないと、このままでは、大災害が起きる。
ここ風間地区は、埋立地に建てられた都市である。それゆえに、地盤が緩いのだ。このままでば、ビル自体が自分の重さに耐えきれず、沈み続ける。そして、雨は川となって街全体を呑み込んでしまうだろう。
「と言っても、これは」
僕は考える。何かいいアイデアが思い浮かばないかと。
「やっぱり、こいつをどうにかするしかないよな」
僕は、てるてる坊主を見た。
正直、不気味であるが、僕は懐からお札を取り出した。
『退魔の護符』これを、てるてる坊主の額に押し付けてやれば、この災害は止まる。だが、強風と肌を刺すような雨のせいで近づけずにいた。
半分身体が水に沈んでだ状態で、僕は一歩前に進む、がすぐに押し戻させる。まるで、この雨が意志を持っているかのように、近づけば近づくほど、雨が身体を突き刺す。
「だから言ったのに」
振り返ると、丘の上に鈴音がいた。
手には傘を持っている。
「手を貸そうか?」
「何で戻ってきたんだよ。僕一人でも、どうにかできたんだ」
「はいはい、それより、これを着て」
と、鈴音は僕に向かって何か放り投げてきた。
「雨合羽?」
何と……文明的な。
「それと、これ貸し一つだから」
鈴音は、護符を懐から取り出して、水溜りの中に放り投げた。護符は弓矢のように真っ直ぐ飛ぶ。
片手で印を結んで、口の中で真言を唱える。
すると、水が急速に乾いていく。その中央では、黒い塊たちが文字通り水を飲み干していた。
水喰いだ。ダニくらいの大きさではあるが、信じられないほど、水を喰うスピードが速い。
「あとは任せた」
「おう。任せろ!」
僕は雨合羽を羽織り走り出した。手にした護符を、てるてる坊主の額に押し当てる。すると、青い炎に包まれて、てるてる坊主は消失した。
空は晴れて、雲の切れ間から、光の柱が差し込む。
「終わったか」
「あたしのおかげだね」
鈴音はにっこりと笑った。
僕は、どうもこの笑顔には勝てない。
だから、素っ気なく、
「そうだな」
と返した。
その後のことを少し書くと、僕は鈴音にパフェを奢らされた。しかも、五千円もするジャンボパフェを頼んでいたのには、驚いた。この細い身体のどこに入るのやら、やれやれ、僕にとってこれはかなりの痛手だ。おかげで僕の財布は一足先に冬を迎えそうである。
でも、まあ、鈴音が美味しいにパフェを食べている姿を見ると、まあいいかと思ってしまう僕がいた。
つくづく僕は――あまい男だ。