仮面のピエロ
今日も舞台で僕は踊る。
道化師のピエロ――それが僕だ。
ピエロは周りを笑顔にするのが仕事だ。僕が踊ればみんなが笑顔になる。
それは、とても、幸せなこと。
ほら、僕を見て、みんなが笑顔になる。僕がみんなを幸せにする。だけど、その中で僕は笑っているだろうか。心の底から、そう言えるだろうか。
でも、みんなは嬉しそうだ。
なら、これでいいんだよ。
僕が笑ってなくても、みんなが笑ってくれるなら、それでいいじゃないか。そうだよ、そう。
さあ、今日も舞台立つ。
みんなが、僕を見るために――
大丈夫、僕なら上手くやれる。いつも、そうやってきたじゃないか。僕は、大丈夫だから。普段通りに演技すればいい、さあ、いつもの仮面を被って、心に蓋をして、ピエロになりきるんだ。
僕は舞台の上でポツンと立っていた。
お客は、どうしたのかと戸惑っていた。
動け、動け、動け、動け、動け!
僕の身体は、動かなかった。指も足も、糸が切れた人形のようにだらんとぶら下がり、言うことを聞かない。
どうしたんだ、僕。ほら、お客様が待っている。動け、いつもの演技をするんだ。
どうした! なぜ!?
気づけば、頬から涙が溢れ落ちる。
僕は、気づいていたんだ。ただ、それから目を逸らしていた。見ないフリを続けていただけだった。
ちがう、僕は、こんなことがしたいんじゃない。心の底から溢れてきた言葉だった。
僕はピエロでありながら、ピエロを演じることができなくなっていた。
そして、気づいたんだ。
僕は、誰の幸せも願っていないことを。
もう、辞めたい。僕は人間に戻りたい。自分の心を殺して、笑顔を振りまくピエロなんかやりたくない。この仮面を今すぐにでも脱ぎ捨てたい。
仲間のピエロが僕の周りに集まってくる。みんな、おなじ舞台の仲間、だけど、本当は好きじゃない。
僕に、さわるな!
僕は、この場から逃げ出したくなった。すべてを放り出して、自由になりたかった。だけど、僕には、その勇気がない。
僕は、この世界しか知らない。この世界の生き方しか知らないから、外の世界が怖いんだ。
だから、必死に我慢した。嫌なことも耐えてきた。心が擦り切れるまで、でも、そこに何の意味がある。
きっと、無駄な我慢だ。
暑いなら、涼しいところに行けばいい。寒いなら、温かい服を着れば、そんな単純なことが、どうしてできないのか。
理屈はわかっている。だけど、その一歩が重い。
その一歩は、自分の人生を大きく左右するものだから、だから、決断に迷い、その答えをいまだに出さずにいる。
僕は、ピエロだ。それと同時に人間でもある。恐るな、その一歩を踏み出せ。怖いのはみんな同じだ。
自分の未来は自分で切り開くしかないんだ。
わかってる。だけど、こわいなぁ。
こわいよ、泣き出したくなるくらい怖い。
でも、僕は逃げる気はない。
逃げたら負けだから。僕も決断をしよう、ピエロを続けるか、自分を信じて新しい道を踏み出すか。
まだ、迷ってはいる。
だけど、この仮面を捨てて、素直な自分になれたら、こんな僕でも、受け入れてくれる人たちに出会えたらいいな。
そのときは、きっと、偽りの笑顔じゃなくて、心の底から笑える自分に。
べつのやり方で、笑顔を届けよう。僕にできることは何だろう。物語を作ることくらいしか思いつかないな。
なら、たくさん本を書いて、いつか、あなたに届きますように。
なーんて、贅沢な願いですかね。
そうなれたら、いいな。