透明な壁の向こう
わたしの世界は狭い。
その境界線も。
この白い箱の世界が、わたしの全てだった。
生まれながら身体が弱く、ひとりで歩くこともできない。
がっこうは……もう、だいぶいってない。
べんきょうは、好きだった。
ともだちと遊ぶのも好きだった。
きゅうしょくに、あこがれていた。
わたしのがっこうは、お弁当だった。おかあさんが、わたしのためにお弁当をつくってくれる。
でも、ぜんぶ食べれなくて……いっぱい、残した。
ごめんなさい。
おかあさんは笑いながら。
「いいのよ。さっちゃんの為なら、お母さん、毎日、お弁当作るから」
そのことばが、わたしには、とてもつらかった。
がっこうには、車椅子で通っていた。
毎日、おとうさんが車で、送り迎えしてくれる。
「ありがとう」
「いいんだ。今日も、いっぱい、楽しんでおいで」
とても……つらかった。
おとうさんも、おかあさんも、わたしに、とても優しい。
だけど、その優しさが、わたしを苦しめる。
ほんとうは……知ってるんだ。わたし、もう、がっこうに通えないんでしょ?
自分の身体のことくらい、自分が一番よく知っている。
たがら、その優しさが、よけいに、わたしを苦しめる。
小学2ねんの、三学期。わたしは、がっこうに通えなくなった。
ベッドから起き上がることもできない。
誰かの手を借りないと、ひとりで何も出来ない体になってしまった。
生きるのが、しんどい。
また迷惑をかける。
わたしは、おとうさんと、おかあさんの、お荷物でしかない。
わたしの生きる意味は、なんだろう。何のために生まれてきたのだろう。
ひとに迷惑をかけるために、生まれてきたのかなぁ。
しろくて四角い部屋に、おおきな機械がならんでいる。
ここがわたしの全て、わたしの世界。透明なガラスの壁が、わたしと世界を区切っている。
わたしは、この小さな箱の中で生活するようになった。
ある日、男の子が迷い込んできた。
透明なガラスの外から、わたしを覗いている。
わたしと目が合うと、男の子は出ていってしまった。
次の日、また男の子がわたしの部屋に現れた。
手に、けん玉を持っている。
男の子は、わたしに向けて、けん玉を披露する。
一通り終わると、男の子とは、むすっとした顔で出ていってしまった。
また、次の日。
今度は、あやとりだった。
男の子は、橋を作ったり、むずかしい技を、わたしに見せてくれる。
そしてまた、むすっとして、部屋を出ていく。
その次の日。
今度は、画用紙に黒く塗りつぶしたクレヨンの絵をわたしに見せる。
画用紙は真っ黒で、まるで、わたしの心のように、黒く先が見えないように思えた。
男の子は、爪楊枝をとりだり、黒い絵に何か描いていく。
星だ。
黒い夜空に、満点の星があらわれた。
黒く塗りつぶした画用紙には、あらかじめ、クレヨンで別の色を塗っていたらしく、爪楊枝で描いた部分から鮮やかな色が表れ、本物の、星空のように綺麗だった。
わたしは自然と、涙を流していた。
そして、
「ありがとう」
「やっと、笑った」
そう言って、男の子は嬉しそうに笑った。