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コンビニで

 翌日の学校の昼休み、鈴はいつものように『ほのちゃん』こと倉下帆紀と一緒に居た。

 そして、大樹にはいつものように『雨宮』と言ってほしそうにしてるに違いない。

 だから大樹は高校に入ってからずっと変わらないトーンで彼女の名前を呼んだ。

「雨宮」

「はい!」

 何だ、これ。

 昨日の夜の鈴とは打って変わって、どきまぎしていた。

 緊張している。

 何を言われるか、それ次第ではどうなるか……こちらまで見て取れる行動の予想が付いてふっと笑ってしまった。

「あ……ごめん」

「いえいえ、全然」

 全くこの可愛さは何だろう? ギャップ萌えとはこの事だろうか? 臆病で大人しい彼女は何とも可愛らしく微笑ましい。

 そう言って、家でぶっちゃければきっと怒るから黙っているけれど、この楽しみを知っているのは自分だけだ……と思って悦に入りつつ、大樹は鈴に言う。

「これ、雨宮のだろう? 落ちてた」

 大樹が鈴に手渡したのは名前の書かれていない普通の使いかけの消しゴムだった。

「あ、ありがとう……でも、どこに?」

「あそこの床の所」

「あ、そうなんだ……ありがとうございます」

 急に敬語になった。

 周りにはほのちゃんしか居ないのに、そこまでするには何か訳があるのだろうか。

「でも、よく分かったね。落としたの鈴ちゃんだけだったのかな?」

 鋭いほのちゃん! と大樹は心の中で思ったが、口には出さなかった。

 何故なら、それは鈴をずっと見ていたと悟られてしまうからだ。

 そんな危険犯したくない。

 大樹はすっとそこから去った。

 鈴もその話でこれから盛り上がるのだろう。

 良いネタ提供になって良かった……と思いながら、前の授業で大樹よりも前方に座る鈴がそわそわしていて気になったというのは内緒にしておこう。

 何をしているんだ? と思えば、筆箱の中を必死に探したり見たり、黒板を見つつも辺りをきょろきょろと見回したり……でもこれはきっと皆が気付かないやつで、とんでもなく鈴を観察してなければ分からないくらいの動きであったが、その原因を大樹は目敏く見つけた。

 何かが鈴がずかずか行けそうにない奴らの足元の方にあった。

 消しゴム! と思ったは良いが、彼女はその間、消しゴムがなくて困ったりしなかっただろうか……。

 帰りに鈴が困らないようにもう一つの消しゴムを買ってやろう。

 それがその日の大樹の目標になった。

 昼休みが終わり、午後の授業も終わり、部活も終わって、大樹は消しゴムを買いに学校から一番近いコンビニに入った。

 消しゴム、消しゴム……と手を伸ばせば、よく知る顔が目に入った。

 阿土向彩あずちひいろだ。

 鈴の肩までの長さの髪とは違い、それ以上に長く真っ直ぐな黒髪は艶々とクラスの優等生美人はこれから塾にでも行くのかまだ制服姿だった。

 ここで声を掛けても何が起こるわけでもない。

 昨日、鈴が勝てないと言っていた中に入ってたな……と思いながら、黙って行こうとした。

 そしたら、向こうは偶然にも見つけたかのように言って来た。

「あら、日村くん。消しゴムなんて買うの?」

「ああ、悪いか?」

 こんな言葉遣いでも阿土向彩は気にしなかった。

「消しゴムは何個あっても困らないわよね」

「そうか? 邪魔になるだろう……」

 でも、今日の鈴を思い出すともう一つくらいは持っておけ……と思えて来る。

「鉛筆に付いてる消しゴムも邪魔だと言うのかしら?」

「それは……まあ、あった方が良いんじゃないか。一応消せるのだし」

「そうよね」

 そう言うと彼女は鮮やかに笑った。

 これに見惚れ、彼女にぞっこんになる者も多いという。

 そんな笑みを見られて嬉しいというより、複雑な気分になりながら会計を済ませるとまだ向彩はコンビニに一人で居た。

「阿土、塾か何かでここに居るのか?」

「そう、よく分かったわね。始まるまでの時間潰しよ」

「そうか。やっぱり、塾って行くもんなんだな……」

「どういうことかしら? 日村くんは塾には行かないの?」

「ああ、部活で疲れるし、そういうのに行かなくても授業をちゃんと聞いてれば出来るから。あとはまあ、参考書とか買って来て、自分で勉強かな……。分からない所は近所に居る兄ちゃん的存在の頭良い人に教えてもらえるし」

 そういう新社会人として生活している従兄の存在はありがたかった。鈴にもそういう存在が必要じゃないかと思って、自分がそうなる! と決めて、大樹は密かに勉強をコツコツ頑張って来た所があったが、鈴は勉強よりも家事が忙しいとなかなか勉強をしない。

 そんなのは自分の母に任せれば良いのに……と思っても、その母は共働き。

 だからこそ、大樹の母は出しゃばって、雨宮家もお世話すると言い出し、それはダメだと鈴の母と喧嘩になった事が甦って来る。

 あの時、鈴のお母さん怖かったんだよな……うちの母親に絶交よ! とか強く言えるの、やっぱり幼馴染の特権というか……そんな思い出に浸りながら、向彩の顔色が良くないことに大樹は気付いた。

「阿土、顔色良くないけど平気か?」

「ええ、大丈夫よ。ただ日村くんはそんな事で私よりも上を行くんだな……って思っただけ」

 そう言うと読んでいた雑誌をパタンと閉じてコンビニを出て行ってしまった。

 気に障ったのだろうか。

 でも、それで追い掛けるこちらではない。

 大樹は家に帰る為、コンビニを出た。

 いや、鈴に何て言って渡そうかと考える。

 家は今、どちらに居るだろうか――。

 そういう事を考える時間が楽しいと気付いた時、鈴の家に着いていた。

「鈴? ちょっと出て来てくれないか?」

 何で? と言う彼女に電話とか……何か嬉しい。

 何だ? これ……連絡が出来ることがこんなにも嬉しいと思える相手、鈴が私服姿で出て来た。

「大ちゃん、まだ制服? 何かあったの?」

「ああ、今日消しゴムで大変そうだったから買って来た」

「え? 見てたの?」

 彼女は大樹の手にある消しゴムを見て驚き、ドキドキしているようだった。

 何て事はないのだが、見られていて恥ずかしい……という所か。

「恥ずかしがる事はない。誰にでもある事だろ? たまたま見ちゃったから、モヤモヤしてた。ない間、どうしてた?」

「どうにか書き間違いがないように頑張ってた」

 健気。

 それしか感想が出て来なかった。

「ねえ、でも何で大ちゃん、私の事見ちゃったの? 大ちゃんの席から私の席、あんまり視界に入らないでしょ?」

 ギュッとなる。

 何故、彼女がそう言えるのかというと席替えが起こる前まではその席ら辺に居たからだ。

「それは……まあ、気になっちゃうんだよ! 鈴が目に入る率は圧倒的だからな」

「それ、ここで言わないで! 恥ずかしい……中に入って、言って!」

「じゃあ、遠慮なく」

「まあ、今日はお母さん達居るから昨日みたいにならないでしょ。ご飯食べてく?」

「あるのか? ご飯」

「え、うん……余り物ならね。消しゴムのお礼……しなきゃだし?」

 もじもじとしている。

 何故だろう?

「鈴、何かあったのか?」

「……あ、ありがとうって言いたくて……!」

 顔が真っ赤になりながら一生懸命に言う鈴は正直本当に可愛くて、あの優等生美人である阿土向彩の笑顔よりも大樹の心に突き刺さった。

「ほんと可愛いよな、お前は……」

「ばっ! なっ、な何を言ってるの?!」

 混乱している。

 人の感想をそんな風に足蹴に出来るのも幼馴染故か。

「今日のご飯は何なんだ?」

「え? 大ちゃんの嫌いな人参スープとドリア」

「それ、古い情報な、今はニンジン平気だから」

「へぇ~そうなんだ。初めて知った」

「うちの母さん、そういう話はしないんだな」

「大ちゃんの事、でも言う時あるよ……」

 どういう時だよ? と訊けば、秘密。と言われた。

 その内容を教えてくれ! と思う。

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