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日村と雨宮と影嶋と

 いつもは通らない道を走っていた。

 それは勘で、この道を通れば早く家に着くんじゃないか? という思いからだったが――。

 横切ろうとした道、その少し先にあった公園、そこにずっと見慣れた子が居るのが分かった。

 それはブレザーの制服を着た『鈴』で、一人ではなかった。

 あの噂の相手である影嶋冴功と一緒だ。

(何でこんな所に……)

 大樹の足は止まっていた。

 その二人の様子を無言で見てしまっていた。

 鈴は影嶋をベンチに座らせ、自分は屈んで影嶋しか見えなくなった。

(何やってんだ?!)

 それはある種の不安からだったろう。

 だから、足は勝手にそこに向かっていた。

 おい! と言って良いのだろうか? この状況で……。

「お前ら、ここで何やってんだ?」

「あ、日村君!」

 彼女はぱっと大樹の声がした方を向いて、反応した。

 それに比べてずっと俯いたままの影嶋は右側のブレザー制服のズボンを膝まであげて、大袈裟に転んで血がかなり出ているのを示していた。

 どんくさい奴なのか……。

「雨宮、お前は何がしたい?」

「え? どうしようかなって悩んでた所……。私、前まで保健委員だったし! 見てしまったら、どうにかしてあげたいって思ってしまうでしょ?」

 彼女のその正義は正しい。

 けれど、彼女はその保健委員だったにしても、すぐにどうにかできるような物を持っていないというのはすぐに大樹には予想ができた。

「はぁ……雨宮、これ持ってて」

「うん……」

 大樹は自分の通学カバンを鈴に渡すとその中から膝用の絆創膏を取り出した。

「すごいね! 日村君って、何でも持ってるね!」

「ああ……まあ……、サッカー部だし……」

 実の所、こうなりそうな感じのするお前の為にいつも持ってるんだよ! とはさすがに鈴には言えず、濁してそんな事を適当に言いながら大樹は影嶋の傷の手当をした。

「まあ、これでとりあえずは良いだろう」

「あ、ありがとう……」

 おずおずと影嶋が礼を言って来た。

「いや、お前に礼は言われたくない」

 本当にそう思った。

 言われるなら影嶋からではなく、鈴からが良いし、この後のご予定は? なんて二人に訊けず、大樹は鈴から通学カバンを受け取ると帰ろうとした。

「もう歩ける?」

 そんな確かめるような元保健委員としての鈴の声が聞こえて来た。

「ああ、ありがとう」

(何だよ、これ……俺の時とは違って、鈴には心から言うんだな、こいつ……)

 それがショックだった。

 ちらっと影嶋の今の顔を見れば、明るく朗らかなものになっていた。

 それが気に入らない。

「じゃあな……」

 そう言って本当にこの場を後にしようとしたのに。

「あ、待って!」

 鈴に呼び止められたから大樹は立ち止まった。

「何?」

「あの、ありがとう。私もお礼を言いたい」

 どうしてだ? と大樹は鈴の目を見た。

「あ、あの……私も帰るね?! 影嶋君、一人で帰れるよね? こないだみたいにフラフラじゃないもんね、もう」

「ああ、大丈夫。本当ありがと」

 そう言って彼は帰って行ったが、この場に残った鈴はこちらを見てはいるが話す事もなさそうで大樹が何かするのを待っている。

「帰らないのか? 帰るんだろう?」

「うん。でも、ほら……日村君と一緒に帰るとさ、モテモテ度が下がっちゃうかもしれないから」

「ばーか、別に良いんだよ、そんな事は」

 軽い口調で言ったのに。

「でも、日村君は学年一モテるんだよ? 知ってる?」

 知ってる……と言いたいが言わないでおこう。

 真剣な鈴はずっとこの調子だ。

 はぁ、嫌になる。

「雨宮は俺の家の隣の隣の町内に住んでるんだから、一緒の帰り道になるのは偶然じゃなくて必然で、別に怪しいことじゃない。家変わったのか?」

「ううん、ずっと同じ。知ってるよね、それくらい」

 当たり前か……と彼女は苦笑した。

 長年、お互いの家を行き来しているのは今も変わらず続いているのだから変じゃない。

「今日は部活ないんだね?」

「ああ……」

「最近、週三くらいのバイトから週五くらいのレジ打ちバイトになったでしょ、夕渚ゆなのおばさん」

「ああ」

「だから、夕渚のおばさんに『会えないの寂しい』とかって連絡来て……」

「それで、うちの母さんの事は良いから俺の家に来る?」

「何で?! いや、行かないよ! だって、今日、夕渚のおばさん、バイトの日でしょ? 夜ばかりになっちゃうって言ってたし、おじさんだって今日、うちのお父さんと飲むらしいじゃない。だから、行かない」

 一人っ子だ、お互い。そういうのも分かってる。

「でも、俺は来てほしい。言いたい事があるんだ」

 大樹は鈴の顔を見て言った。

「それって、ここじゃダメ?」

「ダメだ、俺の部屋で言いたい」

 何で? という顔を鈴はする。

 もし、誰かに聞かれたら嫌だろうし、鈴だって分かってくれるはず。

 彼女は自分の居るべき場所をよく分かって知っていて、それが当たり前のように振る舞うのだから。

「嫌な話をするから、お前が聞いたら絶対そうなる」

「分かった……。夕渚のおばさんに借りてたタッパ返さないといけないし、うちのお母さんも今日遅くなるみたいだから、それ取ってから行く」

「一緒に行くし、タッパもらうし」

「それだと私の家で良いことになるじゃん」

 そうだなと思った。

 でも、彼女は自分の部屋に大樹を入れないだろう。

 だから大樹は逃げないようにする為に付いて行きたかったのだ。

「まあ、良いじゃん。親が居ないから自由だろ、そこは」

「全然良くない! 全然分かってない! 日村君、そもそも!」

「ああ、分かった分かった。そういう文句も俺の部屋で聞くから。とりあえず、歩こう。ここは学校に近い」

 それは彼女を歩かせるに充分の理由だった。


 渋々歩く彼女は機嫌が悪いのか、大樹から少し離れて先を歩く。

 まあ、逃げる様子もないから良いが油断はできない。

 確実にそうなるように大樹は彼女の後ろを取って歩いた。

 数十分もすると鈴の家に着いた。

 鈴は家の鍵を出して、ドアを開けると待ってて! と言って、すぐにタッパを持って出て来て、はい! と大樹に渡して来た。

「ありがとう。で、行くよな?」

「え? 何で行かなきゃいけないの? ここじゃダメなの?」

 雨宮家の玄関先……それでも大樹的には良いが鈴が良い顔をするかどうか……悩ましい。

「うーん……来いよ、うちの母さんが食べさせたい物があるって、昨日冷蔵庫にお前の大好きなロールキャベツをいっぱい作って入れてたのを見た」

「え?! それ本当?」

「ああ」

 ちょろい……とは言えない。

 効果覿面こうかてきめんの魔法の言葉に釣られて、鈴は仕方なく大樹の家にやって来た。

 夕渚のおばさんのロールキャベツは世界一幸せな味と刷り込まれているからだろう。

「ほら……」

 嘘ではないと証明された大樹が温めたロールキャベツをたらふく食べ、満足すると大樹の部屋に行かないといけない理由を鈴は大樹に訊いて来た。

「何でなの? このリビングじゃ言えない事?」

「まあ、それは……母さんが帰って来たら、うるさいからだ」

「それだけの理由で?!」

 鈴はすごく驚いていたが、大樹の母の興奮状態を知っているからか大人しく大樹の指示に従うことにしたようで。

「分かった……。夕渚のおばさん、すごいもんね。私があんなに遠ざけてた日村君と一緒に食事をしたなんて知ったら」

「ああ……」

 全てを自分の母のせいにして、大樹は鈴を自分の部屋に連れ込むことに成功した。

 これで絶対逃げられないだろう。

 もうちょっとマシな理由で連れて来たかったが、それしかなかった。しょうがない。

「で、話って何?」

 鈴は幼馴染としてここに居るのか、とても気楽そうで学校の時とは違う雰囲気で話す。

 これが本来の彼女の喋り方なのだから大樹は異変にも思わなかった。

「影嶋と仲良くして家まで行ったそうだな? どうしてだ」

「あ……」

 唐突な本題に鈴は黙ってしまった。

 こんな事を言われるとは思っていなかったのだろう。

 だから言っただろう? と大樹は鈴を見た。

 どう答えて良いのか、鈴はまだ考えているようだった。

 やっと口にした時、鈴はもう大樹の顔を見ていなかった。

「あの……それは……たまたま目の前で……、今日みたいに影嶋君が具合悪くなっちゃって……」

 嘘のような本当のような彼女の話はその噂話が出回る前まで遡っていた。

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