第95話 子供たち
学校が始まってから約半年後。私は知事の視察権限を使い、バルセロク第一学校にやってきたわ。
ここは地方庁が保有していた旧庁舎をそのまま学校に転用している。適度に広い上に、そのほうがコストが低くてすぐに使えたからね。
まずは、この学校にバルセロクに住む6歳から12歳以下の子どもたちを集めたわ。その子達が、私達の改革の一期生ね。
本当は6歳から入学して一つずつ学年を上げていくのが理想だけど、そうなると一期生の子どもたちに問題が生まれるの。この地方の識字率はだいたい30パーセントくらいだから。だいたいが、私立学校に通える貴族や大商人の子弟や聖職者たち特権階級の人たちね。だから、一期生の年齢はバラバラになってしまった。そこは、現場に難しいことを押し付けてしまったようで、私も引け目を感じている。
でも、彼らは本当によくやってくれているわ。
目標は10年後に50パーセントを超えるようにしたい。
「ルーナ知事、おまたせしました」
「忙しいのにありがとう、学園長」
元叩き上げの大商人は、もう優しい学園長の顔になっていた。
「地元や親御さんの説得で大活躍してくれてありがとうございました」
そう、親たちが子供に勉強をさせることに不平も強かったのよ。子供を労働力として考える親にとっては……
学園長は、学校開設当初、そういう親たちを念入りに説得してくれた。彼の経歴が強い説得力を与えてくれたのは間違いない。
「なに、職業柄、交渉は得意ですからな。シロウトに私が交渉で負けるわけがないでしょう?」
「とても心強いです。今日は、国語の授業を見学させてもらいますね」
「どうぞ、教師はもちろん彼です」
「なら、安心ですね。楽しみです」
問題児の実力を拝見できるわね。
※
学校の黒板には今日の授業の説明が書いてあった。おぼえた文字で、文章を書いてみる。勉強をはじめて半年で、文字をおぼえたのね。もともとみんな話すことはできる。あとは、文字と発音を一致させることで、学習効率は格段に早まるのね?
「それでは、みんなには文章を書いてもらう。テーマは昨日、夕食に何を食べたかだ。まだ、文章を書くのには慣れていないと思うが、失敗をおそれなくていい。文字なんて、何度も練習すれば誰にでも書ける。失敗をすればするほど、成功に近づける。バンバン間違えろよ!」
まるで、慈母のような表情で、問題児はみんなに説明している。教壇に立てば、性格がまるで変わるとは聞いていたけど、ここまで変わるとはね?
「はーい!」
生徒たちは、いかにも学ぶのが楽しいように、どんどん課題にチャレンジしていく。
なるべく、生徒の自習性を尊重し、自分で正解を導けるように、要所要所でアシストしている。さすがね。
私はこの教室の光景に、この国の希望を見出す。歴史は着実に前に進んている。
※
レオ=トルスの授業を見学させてもらった後、私たちは学園長室で談笑をしていた。私と学園長とレオ、そしてアレンの4人でね。
「どうでした、レオの授業は?」
お茶を飲みながら、感想を求められた私は大きく頷いた。
「最高でした。私が目指した教育の希望が詰まっていたと思います」
「そうでしょう、そうでしょう。レオは、仲間内でも評価が高いですからね。日常生活でももう少し柔らかいとさらにいいのですがね」
「おい!」
レオは学園長の言葉に不満そうだ。そういうところだと思うんだけどな。仕事中の彼は、本当に丁寧に仕事をしていた。いつもの彼を知っている身としては、信じられないほどに……
「まあ、褒めてもらって悪い気はしねえな。ありがとうよ、ルーナ知事」
不良教師は、照れながら笑っていた。
「これで、第2陣もうまくいけばいいのだけど……」
「大丈夫だろう。俺たちもしっかり指導してやるからな」
「そうしてもらえると嬉しいわ」
彼は自信満々だけど、結果は残してくれる安心感がある。将来的には、教材研究部門に回ってもらってもおもしろいかもしれない。
「さてと、知事? ちょっと聞きたいことがあるんだ」
レオはいつになく厳しい顔になる。
「どうぞ?」
「答えられないなら、答えなくてもいい。あんたは、ある意味では俺の恩人だからな。家督を継ぐこともできず、ただ家に飼い殺されていた俺に夢をくれたんだ。だからこそ、できる限りあんたには協力したい」
「嬉しいわ。わたしもあなたたちのことはもう仲間だと思っている」
「それは嬉しい限りだよ。じゃあ、単刀直入に聞く。あんたの最終目標を教えてくれ。俺の予測なら、あんたはいつか中央に戻るつもりだろう? じゃなければ、自由党の副総裁になんかなるわけがない。あんたは中央にでて何をするんだ? 教育改革というのはあくまではじまりにすぎないだろう? 裏に何かすごいものを隠している気がする」
いつかは話さなくてはいけないことね。アレンは私も方向を見てゆっくりと首肯する。これはフリオ閣下とアレン、両副知事にしか話していないこと。でも、このふたりを信用して私は話す覚悟を固めた。
「わかりました。私は二人を仲間だと思っています。だから、同じビジョンを共有しておきたい。でも、勘違いしないでください。私は、この目的をふたりに強要はしません。教育改革はこれからも続きますから。ふたりはその改革にいなければならない人材です」
そして、ふたりは笑う。
わかったということね。
「私の最終目標は、貴族による貴族のためだけの政治を終わらせること。つまり、寡頭制の打破です」




