第90話 休日
朝日がまぶしい。今日は久しぶりのお休みの日。ずっと働き詰めだったから、いつもよりも多く惰眠をむさぼっているわ。
バルセロク地方知事には、公邸が用意されているわ。連休が取れたら村の家に帰ることの方が多いけど、今日は1日だけのお休み。だから、公邸に泊まった。
「ルーナ、おはよう。よく眠れたかい?」
アレンは軍隊の時の習慣でとても早起きだ。今日は朝食を準備してくれたみたい。いいにおいがする。
「ありがとう、アレン。おかげさまで」
「知事なのにお手伝いさんも雇わずに、ずいぶん質素な暮らしぶりだよね。本当に」
「いちおう、地方庁の予算から出してもらえるそうなんだけどね。別にお姫様じゃないから……自分のことは自分でできるし、それにここはただの仮眠室みたいなものだし」
実際、食事はほとんど庁舎の食堂を使って済ませている。アレンが一緒の時はこちらに帰ってきてふたりで夕食をとるようにしているけど、元老院などの仕事でバルセロクにいないときは公邸はほとんど仮眠室のようなものなのよ。
「元・お姫様のルーナが言うとなんだかおもしろいね。珍しくふたりの休みがあったんだ。今日はゆっくりしよう。ルーナみたいに手の込んだ料理はできないけどね。よかったら食べてくれるかな?」
彼はおどけたように笑った。
「最高ですよ。アレンの料理は楽しみなの」
食卓には、ライ麦パンの上にレタスとチーズとベーコンが載っていた。
あとは、オニオンスープね。
「軍隊式のお手軽男の料理で悪いんだけど」
「私のために作ってくれた温かい朝ご飯なんて最高ですよ」
私は、スープを口に含んだ。
オニオンを炒めてベーコンの塩気で味付けした優しい味ね。
パンのほうも素材の美味しさを活かしていて、美味しかった。
軍隊のほうでも食事は重要な要素だから、簡単な調理法はおぼえるらしい。
保存食を美味しく食べるために、かなり工夫したと前に笑っていたわ。
「美味しい。本当に優しい味ですね」
まるで、あなたのようにという言葉は恥ずかしくて言えなかった。
「それはよかった。でも、なんだか照れくさいね」
私たちはこうして楽しい休日の朝を迎えた。
「今日はショッピングでも行こうか? ゆっくり外を散歩するだけも、息抜きになるから」
「そうですね。ふたりで遊ぶなんてチャンス、あんまりないですから。エスコートしてくださいますか?」
私の軽口にアレンは笑いながら答える。
「もちろんだよ」
こうして、私たちの休日が始まる。
※
私たちは、ご飯を食べて外に出かけた。
実は、デートに来て行ける服がなくて、ひとりで焦っていたわ。
仕事着ばかりでかわいい服なんてあんまり持っていないのよね。婚約破棄の時にもともと持っていたものは全部失ってしまったし。
私が悩んでいたら……
「そんなことだと思って、いくつか服を用意しておいたよ。これはプレゼント」
アレン様がもってきてくれたかわいい洋服を着てやっとデートに来ることができた。
※
「この服、本当にかわいいですね」
「よかった。ルーナに似合うと思って用意しておいたんだよ。ルーナは、仕事だけしか考えてないと思ってね」
「うう」
人としての大事なことを捨ててしまった気がしてなんだか後ろめたい。
「そういう風にしている時は本当に女の子だ。いつもはすごいオーラをまとった政治家なのにね」
「あんまりからかわないでください」
「たまには、婚約者のかわいらしいところをみたいんだけどな」
「そういうところですよ」
私は、わざと大げさに頭を振ると、彼は苦笑いしていた。そして、優しく私の手を握った。
彼は優しいからこれで終わりね。
私は気分を変えて、不思議に思っていたことを確認する。
「そういえば、よく私の服のサイズわかりましたね」
「ああ、前にドレスを作った時の服屋さんに作ってもらったからね」
太ってなくてよかった。着れなかったら恥ずかしいもの。
※
普段着を服屋さんで買って、私たちはお昼を食べるためにレストランに入った。
私はシーフードパスタを注文した。アレンはアクアパッツァね。
幸せな香りに包まれながら、私たちは時間を共有する。
「ショッピングにつきあってくれてありがとうございます」
「荷物持ちくらいならいくらでもやるさ。そのために、体を鍛えているんだから」
宰相閣下直属の特殊部隊の指揮官に荷物を持ってもらうなんて贅沢すぎるわね。
※
食事が一区切りついて、食後のお茶を飲んでいる時にアレンはゆっくりと口を開いた。
「ルーナ、すまない。少しだけ仕事の話をしようか」
「ええ、大丈夫ですよ」
「キミのやっている教育改革は、中央でもかなり評価されている」
「はい」
「キミを次期文部大臣に推す声もたくさんある」
「えっ!?」
野党の私を、なぜ閣内に?
「宰相閣下も、ルーナのことを高く評価している。キミなら野党所属でも大臣にしたいという風におっしゃっていたよ」
「ですが、私の考える平民学校はまだまだ数が足りません。大臣になれば知事を辞めなくてはいけないじゃないですか。それはまだ、中途半端で嫌です」
「ルーナならそう言うと思っていたよ。わかった。閣下には、自分の方からやんわりと伝えておく」
「ありがとうございます」
「でも、キミに話があるのは宰相閣下だけじゃない」
「フリオ閣下ですね」
「うん。ここまで結果を残しているルーナにも3役に匹敵する役職について欲しいらしい」
「3役に匹敵する?」
「単刀直入に言えば、自由党の"副総裁"だ」




