第87話 変人
私は面接会場に赴いた。今回の採用者の人が起立して、私を迎えてくれる。
一応は、最終面接と言うことになっているけど実際は地方庁幹部と教師の人たちの顔合わせの意味合いの方が強いわ。ここではよほどの問題がなければ、不合格になることはない。
特に、目の前の受験生たちは、すでに筆記試験で優秀な成績を修めている。面接や経歴にも問題がなく、模擬授業のほうも評判がよかったわ。
「それでは、最終面接を始めたいと思います。1番の方から名前と志望動機を教えてください」
私が笑顔でうなずくと、1番の男性がしゃべりはじめた。
40代くらいの小太りの男性ね。優しそうな笑顔が特徴の人ね。
「1番、ウーゴ=ド=ルイと申します。私は前職は商人でした。今は引退しております。家業は息子に譲っておりまして――いまは悠々自適の引退生活を送っている身です。私は商業で財を築きました。その分野では、もうそれ以上の栄華は望めません。ですので、今度はより社会貢献をしたく志望しました。商売で培った実践的な知識を教えていければと思っています。子供たちに、魚を釣って与えるのではなく、魚の釣り方を教えて一生食べることができる大人に育てるのが、我々の使命だと思っています」
さすがは、前評判が最も高いウーゴさんね。ほとんどの試験で2位に占めていた正統派。志が高く、前歴も申し分もない。
貧しい家に生まれながら、奉公先の商家でかわいがられて、夜間に独学で勉強して叩きあがった努力家よ。息子さんに譲った会社は、輸入品の取り扱いで依然として急成長を続けている。
人を大事にする経営に定評があって、不法な行為もせずに成り上がった怪物。
彼には、外国語や社会の仕組みについての授業をお願いしたいと考えているわ。
実地経験もあり、実績も十分。
問題なく合格ね。彼には、新しく作る学び舎の学校長になってもらおうと思っているの。
そして、問題は……
「2番、レオ=トルス。俺は、この国を変えるために、今回の応募に志願した」
そうこの人よ。まだ、20代の地方貴族の3男。ぶっきらぼうで、不愛想。
でもね……
筆記試験と模擬授業で主席を取り続けている異能。
いつもこんな態度なのに、模擬授業は言葉に触れていない子供たちを想定してまるで豹変したかのように、丁寧な教え方とわかりやすい独自アプローチをしていたらしい。
担当職員が言うには、「彼は劇薬すぎて、私たちには判断できません。知事に、採用を一任します」ということらしい。
彼はまるで私を試すように、目で笑っていた。
※
「この国を変える?」
私は大事な部分を聞き返した。彼を最終合格に入れるかどうかはこの返答にかかっているわ。シニカルな笑みを浮かべて、レオは「そのとおりです」と頷いた。彼の短い金髪が優雅に泳いだ。
まるで、糸のように美しく細い髪の動きに私は見とれていた。
「そうです。もし、よろしければルーナ知事閣下と1対1でお話しさせて欲しい。俺の考えはある意味では、革新すぎて突いていけない人も多いからな」
その慇懃無礼な言い方に、他の試験官は反発した顔になっていた。普通の試験なら、これで不合格よ。でも、私たちがやることは普通じゃない。なら……
私よりも早くロヨラさんが口を開いた。
「それはできないよ。警備の問題だってある」
白髪のベテラン政治家は、常識的な発言をする。
しかし、その発言にレオは、露骨に不満そうな顔になったわ。眉間にしわまでできていた。
「なら、もう話すことはない。知事なら、同志になれると思ったんだがな。どうやら、俺の見当違いだったようだ。時間を無駄にした。不合格にしてもらって構わない」
「なっ!?」
副知事は、その物言いに震えていた。
「私なら構いません。ロヨラ副知事、彼の扱いは私に任せてください」
ロヨラ副知事はその発言に驚くものの、しかたないとわかったのかため息をついて「わかりました」と短くその場を収めた。
「さすがは、森の聖女様だ。話が分かる」
「ただし、他の受験生の方もいらっしゃいます。今回の面接試験後に、時間を取りましょう」
「感謝します、知事閣下」
※
そして、夕焼けが差し込む部屋に、私たちは取り残された。
これなら私達だけで本音が話せる。
おそらく、彼は私と同類だ。
「知事、俺がどうやって教育でこの国を変えるかわかりますか?」
「まるで、面接官と受験生が逆になったみたいね。でも、いいわ。教育とは、国家の基本です。国家とは、人間の集まりです。その人間の知性が国家の知性になります」
「……」
私をなめていたようね。私は、髪の毛を整えながら続けた。
「国の力を底上げするには、教育は不可欠です。教育とは将来、豊かになるための投資であり、未来に与える影響力は現代に生きる政治家などよりも教師の方が大きくなる可能性もある。だから、あなたは国を変えるために、教師になりたいんでしょう?」
「じゃあ、どうして俺が国を変えたいのか、わかるか?」
「おそらく、復讐でしょう? トルス家は、地方貴族。嫡子以外は、あくまでもスペアに過ぎない。どんなに優秀でも、飼い殺される。個人の幸せすらも追求できない。家を守るという大義名分のもと、あなたの幸せは殺される。そんな閉塞された社会を変えたいのでしょう? 違いますか?」
彼の眼からはすべてに絶望しているようなオーラが出ていた。
昔の私と同じ。彼は、私とは違って助けてくれる仲間もいない。
「さすがだな。あんた、かわいい顔をして悪魔のようにすべてを見通しているんだな」
「悪魔? なら、悪魔らしくあなたにささやいてあげるわ。私とともにこちらに来なさい。望み通りこの国を変えるチャンスをあげるわ」
私はゆっくりと、手を差し出した。