第8話 悪徳貴族来襲
アレン様が遊びに来てくれてから1週間。私はいつものような生活に戻っていたわ。
夜に一人でベッドで泣きながら眠ることも減ったわ。心の傷は、少しずつ癒されているのよね。
その日も、私は畑を耕して、午後はルイちゃんと遊んでいたの。
彼女は、私の話す冒険者の物語が大好きみたい。
私も、王都で読んでいた本をそのまま話しているんだけどね。
「ルーナお姉さんすごい!! いっぱい楽しい話を知っているのね!」
「昔は、たくさん本を読んでいたからね。ルイに教えたいお話がたくさんあるのよ?」
「わーい、いっぱい聞きたいな。明日も続きのお話をしてくれる?」
「もちろんよ。そうだ、よかったら、今度、字の読み方も教えてあげるわ」
「いいの!?」
「ルイは、私に畑のことを教えてくれるでしょう? だから、私は、そのお返しに字を教えてあげるわ!」
「わーい!!」
イブール王国の識字率は、3割くらい。貴族たちと裕福な平民層くらいしか勉強することができないのよね……
隣国の大国たちの識字率を考えると、本当にゆゆしき問題よね。
だけど、平民階級に勉強させないのは、貴族の搾取のためでもある。下手に知識を持たせると、支配下に収まらなくなるんじゃないかという恐怖もあるというわ。
知識がない人たちの方が、理不尽な目にあっても、それが理不尽かどうかも、わからないのよね。それに、どうやって抵抗していいのかもわからない。
横暴な貴族の話は、王都ではよく聞くのよ。
その話を聞くだけで気持ちが重くなるわ。
ここの領主のアレン様は公平な方だからそんなことはないと思うけど……
「大変だー、ナジン様が来たぞー!」
男の人の大声が聞こえた。
ナジン様? アレン様の代官かしら?
※
「皆の者、ご苦労。この度は、王都での国王陛下即位30周年記念式典において、私が特産品を献上することになった。よって、この村の特産品でもある絹を臨時的に税を徴収することになった。1か月後までに、いつもの2倍の絹を私に献上するように!!」
私たちが村の広場に行くと、ナジンという人がエラそうな態度で、臨時増税の説明をしていたわ。
おかしいわ。この前、アレン様が来た時に何も言っていなかったもの……
「どうして、突然?」
「いくらなんでも、1か月でこんなに絹を用意することなんてできねぇよ」
「でも、陛下に対する献上品なんだろ? 拒否したら、不敬罪で処刑されちまう」
村の人たちも動揺しながら悲鳴のような声になっていたわ。
「ねぇ、ルイちゃん? ナジン様って、どんな人なの?」
「えーっとね、アレン様の代わりに税を集める人だよ?」
「そうなんだ。ありがとうね」
それにしても、変だわ。アレン様が忙しくて、代理の者を立てるのはよくあることだけど……
この時期に税の徴収?
それも、国王陛下の即位記念?
だって、国王陛下の即位は王国歴700年のはず……
30周年ではなく、20周年よね?
それももうすぐ、先代の陛下の命日のはず。そんな時期に記念式典の準備?
つじつまが合わなすぎるわ。
「申し訳ございません。ナジン様。その徴収許可証を見せていただくことはできませんか?」
私は思わず声を上げてしまった。
「なんだ、お前は? お前のような平民が、この徴収許可証を読むことができるわけがないだろう。ばかな奴め。まあ、いいだろう。読め、読むことができるならばな!」
ひどい言い方ね。
でも、私だって、元貴族の娘。
徴収許可証くらいは簡単に読むことができるわよ。
「……」
私は黙読する。
これはひどいわ。財務大臣のサインも似せてあるけど、微妙に間違っている。
さらに、徴収許可の場所もマルト村じゃなくて、近くの男爵領の地名が書かれているもの。
まったくの偽造文章よ。みんな文字が読めないからって、それっぽい文章を作って、詐欺を働こうとしているのね。
この人たちの言うことのどこまで本当なのかしら。アレン様の代官というのも怪しいし……
護衛の兵士らしき3人の男は、槍や剣で武装しているから、抵抗したら村の人たちを襲いかねないわね。なら、ここはあえて文字を読めないように演技して、あとで別の方法で対処した方がいいわ。
「ありがとうございます! 本物ですね。赤い印もあるし!」
できる限り無垢な女を装うわ。怪しまれないように……
「ハンコで判断しているのか! まったく、文字も読めないくせに、見栄を張りおって。まぁ、いいわ。では、絹を用意しておけよ! 以上だ」
怪しい男は勝ち誇ったような顔で太った体を揺らす。
私は、落ち込んだように見せるために、顔を下げたわ。
これで私が本当に文字を読めるとは思っていないはず。
まだ、1か月もあるから、みんなで協力して、なんとか悪党を退治しなくちゃね!
おぼえていなさい、詐欺師集団!!
私は、決意を固めた。
※
「あの女やっぱり文字なんて読めませんでしたね! ちょっとヒヤヒヤしましたよ~」
「ああ、あんなちんけな村に、文字を読めるインテリがいるわけがねえよ」
「これで美味しい蜜をまた吸えますね」
「そうだな。あの領土は、領主が騎士団の重役だから、めったに戻ってこないし、こっちで不正し放題だぜ!」
「これだから、バカな平民をいじめるのはたまらねぇぜ!」
「ちょろまかした絹は、王子様にワイロですか? まったく、ご主人様も悪い人ですね!」
「あまり褒めるなよ!! ハハハハ」
※
詐欺グループが帰った後、私は密かに村長さんと話し合いをするために、彼の家に向かったわ。
私が事情を話した後、村長さんは苦々しい顔になっていたわ。
「まさか、ナジンたちが、物資をだまし取っていたとは……」
「あまり、気を落とさないでください。悪いのはすべて、あの男たちです」
「いえ、私もしっかり確認するべきでした。アレン様の代官だと勝手に信用してしまい、守るべき村人たちも守れなかった」
「あの人たちが、アレン様の代官というのは全くの嘘だと思います。アレン様は、誠実な方ですから」
「では、またあいつらが来たら、どうしたらいいでしょうか? 村の男たちであいつらと戦いますか?」
「それは危険すぎます。あの人たちは武器を持っていました。農具で戦うには危険すぎます」
「……」
村長さんは、怒りに震えている。
「ルーナ殿。私たちは、しょせん取るに足らないような存在なのでしょうね。力を持つ理不尽な貴族たちの食い物にされ、ぞうきんのように搾り取られて一生を終える。たとえ、これを表沙汰にしようとしても、力あるものたちがもみ消すのは簡単でしょうね。私たちは、もう誰も信用できない。もしかしたら、アレン様の差し金ではないかと疑う気持ちが強まってしまうのです」
もう誰も信用できないということね。もし村人の誰かが暴発してしまえば、あいつらは武器を持って、私たちを襲うでしょうね。
この事実を知っている村人を皆殺しにしてしまえば、簡単に口封じできてしまうもの……
私は、あの集団がこの近くの貴族の一派だと思っているの。私腹をこらすために、領主が忙しい領地に勝手に入って好きかってするという噂を聞いたことがあるわ。
でも、税の違法徴収は重罪。領地の没収だけでは済まないわ。ことが漏洩したら、主犯は死刑。だからこそ、あのひとたちもばれたら、必死になって証拠隠滅に動く。
たとえ、女子供でも容赦なく口封じするはず。
そんなことになれば、ルイちゃんたちだって……
そんな結末はいやだ。
この村の人たちは身寄りもない私にあんなに優しくしてくれたんだもね。
みんなを守らずにして、どうやって恩を返すのよ!!
「村長さん、なら、私にすべてを任せてはくれませんか?」
「何を言っているんですか? いくらあなたが聖女様とは言え、あいつらは武装しているんですよ」
「大丈夫です。私に考えがありますから」
悪党たちを捕まえて、村の人たちがアレン様に不信を抱かないようにしなくちゃいけないわ。
大丈夫。私はみんなを信じている。
この村を、私が守るのよ!!
みんなを助けるためなら、私は手段を選ばない。
※
あの人たちが来るまで、あと1ヶ月。その間にいろんな準備をしておかなくちゃいけないわ。
問題は、あの人たちが具体的にどの法律に違反しているかを調べないことにははじまらない。
でも、この村には本すらないのよね~
さすがに、学園でも細かい法律を教えてもらってはいないし、条文も暗記しなくちゃいけないのに……
どうにかして、本を読まなくちゃ! 法律の条文が必要!!
でも、本は高級品。
誰かに借りるか、お金を稼がないと……
でも、農業は始めたばかりだし、収穫にも時間がかかる。
誰か頼れる人はいないかしら……
やっぱりこういう時は、人も物も集まる都会に行った方がいいわね。
この近くの大きな街はどこかしら。
明日、もう一度、村長さんに相談して、教えてもらおう。
お金は……
そうだ、アレン様が援助してくれたものがあるわ!!
そちらを使わせてもらうしかないわね。本当は、申し訳ないから、使わずに取っておこうと思ったんだけど、こういう時だからありがたく使わせてもらおう。
袋の中には金貨が何枚もあったわ。これって、相当な額よね?
金貨1枚で大人1人が半年は生きていけるというし……
とりあえず、軍資金はこれでめどがたったわ!!
がんばろう。
みんなを私のように絶望させるわけにはいかないわ。
※
―バルセロク市―
アレン様の領土は、王国の東側に位置している。なので、一番近くの大きな街は、ここバルセロク市だ。
いつもの村から馬車で1時間くらいの距離。私はルイちゃんと一緒に村長さんの馬車を借りてここまで来たの。
ここは元々は港で、王都に次ぐ発展を遂げている街よ。だから、たくさんのものであふれている。
外国の珍しいものや海産物、野菜などが市場に並んでいる。
すごいわ。見ているだけで楽しい。
「護衛もなしに、外を自由に歩けるのは自由ね」
私は思わず、本音を漏らす。
「えっ、護衛ってなに?」
一緒に来ていたルイちゃんは驚きながら、私に聞く。
「ううん、ひとりごとよ! 気にしないで!!」
危なかったわ。ルイちゃんじゃなかったら、ごまかせなかったもの。
「お姉ちゃん、あれがもしかして本屋かな?」
ルイちゃんが大きな声で叫んだ。
そして、私たちは、目当ての本屋を見つけたわ。
※
「本を売れないから、帰れってどういうことですか!?」
「だ~か~ら、うちは高級な本屋なの。いいか、あんたたちは、平民だろう。困るんだよな。平民が見栄を張って本屋に来るのさ。どうせ、文字も読めないし、冷やかしなんだろう? 冷やかしは、早く帰ってくれ」
男性の店主さんはめんどくさそうに私たちに応対する。
うっ、これが平民差別ってやつね。
「は~、めんどくさい。うちは、貴族様にしか本は売らないの! 平民なんかに本を売ったなんて、知られたらブランドが下がっちゃうよ」
あまりにひどい対応で頭にくるわ。
私、これでも学校の成績は良かったのよ?
目に物を見せてやるわ。
私は、本棚に飾られている『大憲章』を手に取ってページをめくった。
「大憲章第39条。偉大なるイブール王国政府は、大切な民を国家が定めた適切な法律によってのみ裁くことができる」
私は、目についた条文を音読した。
「おい、困るぞ。商品に手を触れる、な……おい、あんた、今なんて言ったんだ」
「大憲章を音読しただけですよ?」
「大憲章を音読!? あの難解な本を……それもこれは古語で書かれた本だぞ! じゃあ、ここは……ここは何と書いてある」
「大憲章45条。元老院は、国王陛下が招集した時は、速やかに会議を開かなくてはならない」
「完璧だ!!」
店主さんは、青ざめていく。
「あんた、人が悪いな。さては、貴族様がお忍びでいらしたんだな。それも、イブール古語が読めるなんて、法務官僚様か学者様か……」
「いえ、ただの平民ですよ。いつもは村で、イモを育てていますから。ね?」
「うん、お姉ちゃんはね、ひとりで勉強して本が読めるようになったんだよ~すごいでしょ!! それで今日から私に文字を教えてくれるんだ! 今日は勉強の教科書を買いに来たの!」
ルイちゃんが私に助け船を出してくれる。これで、平民差別なんてもうしないと考えを改めてくれるといいんだけど……
「天才だ。あんたは天才だ。農民が独学で古語を読めるようになった!? 聖女様だ。ここに聖女様がいる!!」
うん?
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