第74話 政治家と理想家
「反・保守党をまとめあげれば勝算は確かにあります」
「そうね、そこは知事の言う通りね」
「なら……」
「でもね、私たちがやるのは政治よ?」
「どういうことですか」
「知事、現在のバルセロク地方議会の議席割合はご存じ?」
「もちろんです。最大政党の保守党は50議席中22席。あとは副議長のバルセロク地方党の11を筆頭に反主流派が28議席を持っています」
「ご名答。たしかに理論上は、反保守党がまとまれば決定権は握れるわ」
「はい。保守党も1枚岩ではありません。保守党の革新派も切り崩せば勝てない戦いじゃ……」
「残念。それが甘いわ。あなたたちは保守党の中枢に危険視されているの」
「……否定はしません。ですが、保守党でも穏健派は私たちにも一定の理解を……」
「残念ながら、保守党は中央よりも地方の方が保守に凝り固まっている。さらに、保守党の支持層はお金持ちや有力者が多い。資金力も豊富」
「ですが、私はその保守党との直接対決を制して、知事になりました」
「それは特筆すべき結果よ。普通ならありえない。あなたは時流を味方にした。民衆はあなたに魅力されて投票した。でも、今回相手にするのは政治家よ。政治家はより実利を重視する。資金力が豊富な保守党の切り崩し工作をあなたたちが退けることは難しい」
「……」
「いい、ルーナ知事? この世界では裏切りなんてよくあること。対立する陣営、どちらにもいい顔をしておいて与えられるエサの大きい方になびくなんてよく聞く話よ。戦勝会で勝利の美酒を飲み、そのまま残念会に出るくらいの面の厚さが必要なのよ、この職業は……あなたの純真さはとても魅力的だけど、それだけで勝てるほどこの世界は甘くない」
「……」
何も言い返せないほどすごみがある口調だった。
「もし、私を味方にしたければ、あなたたちだけで保守党を切り崩して見せなさい。この世界は実績が一番大事だからね。そうすれば味方になってあげるわ」
「私たちの能力をまだ信用できないということですね」
「いえ、あなたたちの行政能力は高く評価しているわ。でもね、議会運営能力は行政能力とは別物なのよ? だから、議会運営能力を示して欲しいわ。あなたたちが議会と言う海で、大船なのか? それとも泥船なのかを見せて頂戴」
「わかりました。具体的な交渉は、私たちの実力を見せてからということですね」
「そうなるわ。どんなにカタログでは優れていても、実際の戦いでは使えない張子の虎では意味がないもの」
※
あまりにも忙しい日々が続く。だから、今日は1日だけお休みを取ったわ。
スタッフのひとたちにも無理をさせていたから……
私はクリス男爵に職務の代理を任せて、村の家にアレンと一緒に戻った。
「あっ、ルーナ様だ!!」
村の人たちは久しぶりの私を見て喜んで出迎えてくれる。
「ルーナ様アアアァァァァァアアアアア」
ルイちゃんは小さい体なのに一番大きな声で飛び込むように私に抱きついた。私の新しい人生でできた初めてのお友達は少しだけ背が伸びたように見える。
「ルイちゃん。久しぶり。元気に勉強していた?」
「はい。今はルーナ様の『クロニカル叙事詩』を読んでいるんだよ!」
「そうなの? すごいわね。おもしろい?」
「うん、お姫様をずっと想像しているんだ。どんなドレスを着てるのかなって」
「きっと素敵なドレスよ」
「私もお勉強を頑張って、いつか素敵なドレスを着れるように頑張るの! 今日は村で泊まっていくの?」
「ええ、そうする予定。1日だけお休みを取ったのよ」
「なら、お母さんのご飯を持っていくね!」
「いいの?」
「うん!!」
「ありがとう。お母さんにもよろしく伝えてね」
ずっと難しい仕事をしていたから村に帰ってくるとまるで故郷に帰ってきたかのような安心感に包まれる。
※
「みんなたくさんのご飯を持ってきてくれましたね」
「ふたりじゃ食べきれないな」
困ったように私たちは笑いだす。こういう人の善意は本当に温かい。
「しかし、バルセロク地方党の協力は保留なんだね」
「ええ。残念ながら……中央は、元老院はどうですか?」
「自由党に対しては、かなり注目が集まっているよ。ルーナの活躍のおかげだ。保守党の既得権益を打破し、港湾改革を推し進めるキミの実行力は脅威だと思われているみたいだ」
「それが今回は逆に作用してしまったんですけどね」
「ああ、保守党は、新しいライバル誕生に団結力を強めている。なかなか切り崩すのは難しいかもしれないね」
「難しいですね。かなり手詰まり」
「何を言っているんだい? ルーナはずっと不可能を可能にしてきたじゃないか。知事選、海賊騒動。今回は失敗しても命は取られないから、キミらしく大胆にやればいいよ」
「ありがとうございます」
「それに今日は休暇だ。少しくらいは恋人に甘えてくれていいんだよ?」
「えっ??」
アレンは私の横に座ると肩を抱き寄せてくれる。
「僕はキミを信じている。ルーナに越えることができない壁なんてないんだよ?」
そのまま私たちはキスをした。




